月の会・長良川

プロフィール
たちまちさん
「月の会・長良川」という小さなサークル活動を2008年からこの長良川流域で始めました。
この会の活動は、志賀勝氏が提唱する「月と暦を楽しむ暮らし」を基本として、近年まで日本人の生活の中にしっかりと根づいていた、月暦(旧暦)を改めて見直し、その豊かな文化性と風情を仲間といっしょに楽しむことを目的としています。
 
 2014年から代表者を交代し、よりパワーアップした活動を展開していく予定です。
ゆっくりとした豊かな時間をご一緒しませんか?

 お問い合わせ・事務局 前田
 hobojungles@gmail.com

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月暦カレンダーが入荷しました!!
来年の月暦(旧暦)カレンダーが届きました!!

来年の新年は、2016年2月8日から始まります。

なので、まだ3ヶ月近く前ですが、早く手に入れると楽しみも広がります。

今年のカレンダーは、江戸時代の絵画に描かれている月の光景と、万葉の歌に込められた月の風景、さらには現在月暦を利用されている地域の人々のエッセーが添えられた内容となっています。

日常生活において、旧暦のカレンダーがどんな意味があるの?と思われる人も多いでしょうが、季節や気候の変化に敏感な人や、昔の書き物や歌に興味がある人にとっては、旧暦の暦はなくてはならない存在です。

そもそも、一月の単位がなぜ月のサイクル(29.5日)なのかということが理解できないでしょうが、日本の文化芸能及び信仰はそのサイクルで出来上がっており、そのサイクルが理解できないと、その意味(意義)が全く分からないということになっていいます。

神社の月次祭もそもそも新月をスタートした一月単位の神事であり、その一年の半分の六月の大祓であり、その六ヶ月後が大晦日(おおつごもり)として一年のサイクルが完了します。

これが、新暦では、月のリズムとまったく連動しない日にちとなっていて、そもそもの意味が成り立ちません。

明治に西洋化が始まり、同時期に新暦を採用したということは、日本のそれまでの価値基準を放り出し、欧米の価値基準に乗り換えたという意味となり、すでにこの時点で日本は、日本の文化伝統を見捨てたといえるのではないでしょうか。

現在『素晴らしき日本文化と伝統』などとマスメディアを通じて盛んに喧伝されていますが、実態は既に喪失したものだということを忘れています。

日本人は過去のことを忘却しやすい民族だと海外から批判されますが、このことに関してはそれは正しい批判であるといえます。

失ってしまったことさえ忘れるという現象は、近代化以降繰り返しこの国で起きていることです。フクシマで生まれた事態はそのことを如実に顕しています。

しかし、夜空には月があります。 月だけは私達を見捨てないで輝いています。

月の向こうに見える、失われた景色だけが心を癒してくれる。

そんな風に日々感じています。








盆と正月




先日「月とお盆」をテーマとしたお話会を開きました。

お盆というのは、本来七月十五日前後の日の行事で、お盆の祭礼行事としては、満月であることが重要であったのです。

しかし、西暦への変更に伴い(明治5年)、その行事を一ヶ月後の8月15日に読み替えて(旧盆)として実施したことにより、本来の意味が分からなくなってしまいました。

今年で言えば、旧盆当日は、月のない新月の頃となり、旧暦の日にちでは、8月28日が本当の盆シーズンとなります。

「なぜそんなに月が大切なのか?」現代人には久しくわからなくなってしまてました。

そもそもの日本の一日は、日没とともに一日が始まり日の出から日が沈むまでを一日と考えてきました。

その日の月が出て始めて一日が始まり、祭事が執り行われるのです。

盆にはご先祖の精霊を迎える日であるので、家々では精霊が来る恵方に盆棚を作り、ご馳走を並べ精霊を迎え入れ、ご先祖を歓待するのです。

盆の踊りもそのような宴の一環として、精霊を踊りもてなす行事としてあったといわれています。

ご先祖達が自分の郷里の家を見つけるためにも空には明るい満月の月がなければならなかったのです。

盆行事の意味を考える時、正月行事のことをセットで考えなくてはなりません。

お盆は、一年が始まりその一年のちょうど半分の季節に位置づけられています。

大晦日に家の周りを大掃除して清潔にし、暮れる前にお風呂に入り身を清めるのも、新たな年神を向かえるための精進潔斎です。

年越しでリニューアルされた心身も半年もたてば、くたびれ気枯れてきます。
そのために病気になったり、活力を取り戻すために、夏越の祓いや、夏祭りがあり、お盆の時期に戻ってくる精霊に再開し、再び元気になるための儀式でも有るのです。

どんなに、時代が西洋化しても、盆と正月には、生まれた土地やふるさとに帰省することを止めないのは、無意識の中に、その土地やその土地の人々に触れ、その土地の景色の中に身をおくことによって、心身の再生と魂の気枯れを再生することが出来るからなのです。

この文化は日本のみならずアジア全体ある宇宙観、生死観といえるかもしれません。
新月茶法イベント『お盆と月と月暦』
毎月、新月の日にお寺で、お経と抹茶とお話を楽しむ会『新月茶法』を続けていますが、今回はその特別企画として、月と月暦(旧暦)のスペシャリストである志賀勝さん(月の会東京主宰)をお招きして久しぶりにたっぷりと月と暦のお話を聞くイベントを開催することになりました。

志賀さんは郡上にはとてもご縁が合って、東京の月の会に出入りしていた頃「郡上の盆踊りは夜を徹して踊るんですよ」という話から興味を持っていただき、なんと東京から35名ものツアーを仕立てて、お盆に遊びに来てくれました。

それからも、何度か郡上に来て、月のお話をしてくれることになりました。

毎年、旧暦正月からスタートする、月暦カレンダーのファンも全国に沢山います。

今回は再びお盆シーズンの郡上にお呼びすることになりました。

前回お盆に来ていただいた理由は、その日がちょうど月暦(旧暦)の七月十五夜に重なっていたからですが、今回はお盆がちょうど七月一日の新月にあたる8月14日です。

お盆がもともとどういう日だったのかを、月の暦(旧暦)からひもとき、盆踊りの意味をお話していただく予定です。

盆踊りシティーである郡上市民としては、やはり盆踊りの深い意味も知らなくてはなりませんね!!

是非みなさんお話を聞きに来て下さい。

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日時 2015年8月14日(金) 午後2時会場、2時半スタート

場所 郡上八幡 願蓮寺 本堂

お話 月の会東京主宰 志賀 勝さん (月と季節の暦制作室代表)

お話のテーマ 『お盆と月と月暦(つきごよみ)』

参加費 当 日   2500円
      予約割り 2000円
      早割り  1800円(7月15日までに参加費をお支払いいただいた方)

参加規模 35名まで

問い合わせ先 maeda.masaya@gmail.com

備   考  当日は、お茶(抹茶)とお菓子が付きます。
        お話は、90分程度、後は質問タイム。
        夕方の食事交流会も予定しています(3500円位)
月暦・旧暦カレンダーあります
2015年はスタートしたばかりですが、旧暦(太陰太陽暦)では新年は2月19日(木)が元日となります。

現在の太陽暦(グレゴリオ暦)では太陽の一年(約365日)を一年間としていますが、旧暦は一月が月のサイクルに固定されているため、29日か30日のいずれかとなり、12ヶ月ではおよそ11日程度少なくなります。

そのため、三年に一度程度閏月(うるう月)を一ヶ月足し、一年を13ヶ月として太陽サイクルとの調整を図っています 。

しかも、旧暦の元日を定めるルールとしては「立春に最も近い朔日(新月の日)」 というように指定されているため、立春(2月4日頃)の日が十五夜以降であれば、元日は翌月の新月となり、短くて太陽暦元日から二週間程度、長い場合は今年のように2月19日頃となってとしまうのです。

太陽暦になれてしまった感覚では、旧暦のルールはややこしく感じるかも知れませんが、元来、一月(ひとつき)は月の新月から晦日月(新月の前の日)までの月のサイクルのことを意味していたので、そう考えると現代の太陽暦がその意味をややこしくしていると言えるかもしれません。

日本の多くの神事や祭事、年中行事はこの月のサイクルで行われていたため、太陽暦に変換された現代では、一ヶ月遅れでやったり(例えば旧盆)土日に祭事をあわせたりと、まったくその意味合いが分からなくなってきました。

自然のリズムに合わせて暮らしていた時代から、人間の都合に合わせた暮らしに代わっていったといえるかもしれません。

さて、今年も月暦(旧暦)カレンダーの季節となりました。

月の会長良川推奨の『月と季節の暦』が出来上がりました。

今年のカレンダーでは、五節供、お花見、夏祭り、月待ち、節分など、年間の節目節目を飾り心身を甦らせるための特集がされています。

定価2,000円ですが必要な方はお知らせください。

詳細情報は下記に
 http://tsukigoyomi.jp/index.html
朔旦冬至の日の出







19年に一度訪れるという、新月の冬至にあたる今年の12月22日に、日の出を見に行こうと伊勢に行ってきました。






伊勢は夏至の日に二見興玉神社から富士山の背後から登る太陽が見える場所があり、冬至には宇治橋の正面から太陽が昇ることが有名ですが、その起点となっているのは、伊勢の背後にある朝熊岳であり、伊勢では『お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片まいり』と古くから言われている勝峰山金剛證寺がある。

このお寺は南北朝時代までは、工房大師の開山による真言宗のお寺としてあったのが、以降は臨済宗のお寺として今日まである。本尊はそのまま虚空蔵仏が祀られている。

虚空蔵信仰といえば、郡上、美濃、関の山間部の山を巡る六社めぐりがあるが、この六社が虚空蔵信仰であり、その北にある石徹白の中居神社が虚空蔵仏である。

そもそも白山の別山はもともと虚空蔵信仰の山であったと言われるが、天台宗が三山を支配するようになってからは、聖観音が祀られるようになったようだ。

これらの祭祀跡は南北に一直線の位置にある。

どうも修験道系の土着信仰には、南北の位置付が重要というふうに考えられているようだ。

奈良東大寺の二月堂で有名な正月修二会のお水送りは、その真北にある若狭の遠敷川の鵜の瀬で行われる若狭彦神社の特殊神事お水送りの水が地下を通り送られる神事とされ、北から南へと水が送られることを意味している。

その意味では伊勢の真北に白山があるというのは、全く偶然に後付けされたのではないと考えられる。

そして、冬至と夏至の方角に関係施設が位置づけられているのもうなづける。

事実、冬至の太陽はまっすぐ金剛證寺の山門を照らしていた。(山頂にある八大竜王社はその真逆に冬至の太陽に向いていた)

本当ならだれか友人を誘っていこうと考えていたのだが、今年はあいにく誰も都合が合わないので、止めようと思っていたが、ふと一人で行こうと思い立ち、深夜に近い時間に車を出発させ、朝の4時前に朝熊山登山道の入り口に着いた。

あたりは真っ暗、駐車場には一台の車もない、ただそこにいるだけで不安になるような光景だが、ここまで来て引き返すわけにはいかないので、ヘッドライトを装着し、山道を歩いた。

山の中では木立を揺らす風の音以外は自分の足音だけだ。
歩いていると誰かが後をついてくるような音がするが、それは風よけのパンツがすれる音だった。しかしそう思っても気になる。

森の中には獣もいるだろう、確実に何かに見られているという感じがする。
クマよけの鈴の音が巡礼者の御鈴のように寂しく鳴る。

目の前の足元以外は真っ暗な闇の中を歩くというのは、もはやこの世かあの世かわからない。ふとあの世であってもかまわないという気になる。

恐怖心のためか、雪下ろし3日連続の疲れも、寝ていないことによる疲労も、痛風で痛い右足の痛みもさして気になることはなかった。

ようやく峠まで登ってきて、時計を見たら1時間程度だったのでペースが速いと思い、ゆっくり頂上へ歩いた。
途中にある経塚跡の方向から、何やら雅楽のような楽器音がする。本当に誰かが演奏しているのか、確かめる勇気もない。
地図を見ながら歩いていたはずが、道を間違えて鉄塔の行き止まりだった。

脇道を探していると、ライトが向こう側から近寄ってきた、少しビビりながら声をかけると、七十前後のご老人、金剛證寺への道を尋ねると、さっきの経塚から抜け道があるという。

時計を見たら、なんと7時になっていた!! 6時頃と思っていたのでビックリしながら後を追った。

その老人は歩きなれているのか、やたらと足が速い。痛めた右足を引きずりながら山道を下っていった。

金剛證寺の奥宮で老人と別れた頃には、夜はすっかり白み始めていたので、あわてて展望台へ向かった。

展望台に上る道の途中で、一台の軽ワゴンが私を見つけて止まり『展望台は寒いから気をつけて』と言った。どうやらスカイラインの管理者だったようだ。
まだ自動車道が開通していない時間だったのだ。(結局私のスマホ時計が1時間進んでいたことが後でわかった。しかいなぜか?)

展望台には当然ながら自動車は一台も無い。しかも、日の出を見るために登山した人も一人もいなかった。冬至の日の出を見ようと来る人がいるだろうと思っていたので少々興ざめした。

気を取り直して、一番見晴らしの良い所でカメラを構えた。
東の空はすでに明るいのだが、太陽はまだ出いてなかった。
夏至の方向を見ると、鳥羽の島々の向こうにぼんやりと富士山が見えた。

そうこうしていたら遠く広がる雲の層が輝きだした。
徐々に上部層が明るく広がりいよいよ朔旦冬至の太陽が顔を出したとたん、今まで白黒のようだった景色が急に色彩を帯び天然色に色づいた。

太陽の日を受けた途端に体の芯が暖かくなり、吹き付ける海風で冷え切っていた体に生命エネルギーが充満していくようだった。

あの明るい太陽の前に、月があると思うと、日輪月輪の広大無辺の宇宙のありがたさに自然と手を合わせた。

寒さで凍える手を自販機のコーヒーで温めた後、いよいよ疲れと筋肉痛でぽロボ゛になった体をストックで支えながらなんとか生きて下山することができた。















in the sadow of the moon.
邦題はTHE MOON という イギリスのドキュメンタリーです。

2007年に制作されたもので、アメリカのアポロ宇宙計画の宇宙飛行士のインタビューが中心です。

月に降り立った人間の自然な感情が現れています。

月から初めて肉眼で地球を見た人が感じるスピりチャリティーはとてもリアリティーがあります。

夏至の日の出礼拝ツアー
このブログでは、月暦や季節の祭事に関する様々なお知らせをしていますが、
月の暦は言うまでもなく太陽と月の天体運行を統合した太陰太陽暦です。

古来よりこの太陰太陽暦を基に日本の暦は作られてきました。

月のサイクルと太陽のサイクルがそれぞれの周期をもち、現在利用している太陽暦とは違う一年となるところがこの暦の特徴です。

大切なのは、月の周期を基本として太陽の公転に合わせていくことがとても重要な意味を持っています。

月の周期には、生物の成長に関わる生命のリズムが刻まれています。
これは、地球生命の発生以来ほぼ変わることのない関係に起因しています。

月と太陽が、同じ大きさに見えるという奇跡的な関係性が地球を生み出しているといっても過言ではありません。

そんな月と太陽の関係は、裏と表、陰と陽、生と死、この世とあの世という人類の基礎文化をも生み出しています。

そしてそこには、太陽祭祀は=月信仰という表裏の文化も生まれたのではないかと考えることができます。

伊勢のご神体である浅熊山は古来から、夏至の日の出を遥拝する場所として位置づけられてきました。夏至のその日、東北東の地平線から登る朝日は、富士山頂から上がることが知られています。

逆に言えば、夏至の太陽観測の場所であった日読みの地であったと言えます。
(現在は、伊勢の興玉神社の夏至祭りとして有名ですが)
そのことは逆に考えれば、冬至の月が富士から登る日でもあると言えるのです。

そんな神聖な場所である朝熊山の日の出を体験するツアーを実施したいと考えています。

今年の夏至は6月21(土)です。
その日の早朝3時頃から朝熊山に登ります。(登山時間1時間40分)
ちょっと過酷なツアーですが、参加できる方は是非。

伊勢での前泊を前提ですが、みなさんのご都合で深夜1時頃出発と変更も検討します。

ツアー概要
6月20(金)午後6時頃伊勢に向け出発、伊勢のゲストハウスで一泊
6月21日(土)午前3時に登山開始 ご来光4:40分  8時下山
        伊勢参拝・観光後 16時頃帰路 19時帰着 

  費用 素泊まり費3000円 車代割り勘(2000~4000円) 

 *可能な限り乗合で行きましょう。 (12名まで)

  参加希望の方は、コメントくださいこちらからご連絡します。


余談 世の中には、伊勢の二見が浦で日の出を見て、出雲の日の御崎で日没を参拝しようというスゴイ企画もあるようです。
http://now-events.net/jp/page/317457







新月茶法の会 お知らせハガキ





新月茶法の会が今年の旧暦元旦から始まり卯月一日の今日、4回目の開催となりました。

前回のブログでお知らせしたとおり、この会は新月(旧暦一日)の日に合わせ、お寺(願蓮寺)の庫裏で、季節に合わせた和菓子と目の前でお抹茶を立てていただきながら、月の初めの寿ぎと、月暦と季節にまつわる会話を楽しむ催しです。

もちろん、そこで終わればオシャレなお茶会ですが、最後にお寺の本堂へ移り正信偈(東本願寺)のお経をお勤めして閉会になるというユニークな会合です。

今回は会のメンバーのNさんが本業のスキルを活かして、会のお知らせハガキを作ってくれました!!

尋常じゃないセンスにみんな驚き「高級秘密クラブ」のような感じだねと笑いました。

名称の最後についた黒丸は、太陽と月が一直線となる新月の月をイメージ化されたものだそうです。

たった10名限定の会合なのにとてもエグゼクティブなイメージがします。
(10名限定なのは、お茶をきちんと立てたいという茶家の信念によります)

今回は私以外はすべて女性であったので、まさに高級クラブの様相を呈していました(笑)

今後は会合の季節に合わせデザインを変え案内状を手渡ししていくそうです。

京都のお茶屋さんと同じように、一見さんはご遠慮願うシステムなので、この招待状を受け取った機会は是非、ご参加ください。


新月作法と漢方のお話し
先日の3月31日は、弥生新月(三月一日)で、

月の会長良川のあらたな活動として始まった新月茶法(しんげつさほう)の会でした。

この取り組みを主催し施設の提供をしてくださるのは、蓮舟さんです。

内容は会の名称どおり「新月の日にお抹茶をいただき、法(念仏)を唱える」のです。

庫裏の落ち着いた空間で、お抹茶をいただきながら、新たな月を迎えた喜びを感じながら、季節の移ろいや日々の暮らし、世の中の事などたわいもない雑談に花を咲かせます。

昔は、月待ちといって、二十三日の月の出を待ちながら、集落のお堂などで女性たちがおしゃべりを楽しみながら過ごしたそうです。

最後には、本堂に移動しお経(正信偈)を唱えます。経本を手に無心で唱えているとなんとも言えない気持ちになります。

本堂にはお釈迦様から聖徳太子、親鸞から蓮如そしてお寺の祖先へとつながる長い長い歴史を感じることができます。 それは、自分の向こうに延々とつながっている人々(社会)の祈りそのものだと蓮舟さんは説明してくれました。


新月作法は新月の日午前中に開催しているので、平日であることが多いです。

お勤めなどされている人はなかなか参加できる時間帯ではありませんが、月に一度くらいは、人の都合ではなく、自然のリズムに身体を合わせることも大切だと思い、新月の日を開催日としています。

次回は4月29日(祝火)が新月です。





タグ: 新月茶法
小正月の行事
旧暦の一月十五日前後を、小正月といいます。

最近ではあまり使わなくなった呼び名ですが、

西暦以前には大切にされてきた節会です。

官の元旦に対して、昔はこの日が庶民にとっての元日でありお祝いの日でした。

特に女性にとっては一年で一番自由に楽しめる日(女正月ともいう)でした。

新年初めての満月であり、お盆の七月十五日に対応して一年を半分に分ける節目です。

今でも、小豆粥を食べたり、神社で正月飾りを燃やす、左義長やどんと焼きが続けられていますが。

以前は新春を迎えるための様々な予祝や追儺行事が行われていましたが、高度成長以降、農業が集落の主役でなくなっていく中で、それらの行事も途絶えていったようです。

現在もなお、小正月の行事として続けられている(現在は2月15日に毎年開催されている)福井県の池田町の田楽能があります。

世阿弥等の能が芸能化する前の猿楽や田楽の姿を今にとどめている舞が集落氏子により奉納されています。





















































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