魂の所在~今あること。そして未来へ

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ぺくさんさん
どうも。
ちょっと年はいってますが、
年取ってますます元気です!!

ふるさとへUターンして、ようやく調子を取り戻しました。

都市生活で疲弊していた身体が、長良川と森の精霊によってリライブしています。

このかけがえのない地域を未来の子供達に残していくために、まだまだがんばる所存です。

流域のみなさんよろしく!!!



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苦悩と激痛の一週間
もう金曜日となった。

一週間前のこの日、会社に出勤し、さて仕事しようかと思い始めたころ、嫌な感じがよみがえる痛みが、腰と横腹付近に走った。

これは!!

そう、もはや疑いようもない。

前日から、違和感のあった腰の鈍痛の原因、もしかしてと思ってはいたのだが、深刻には考えていなかったことが悔やまれる。

"尿路結石"の症状だ。

初めてではないことだけが唯一の救いだ。

「尿路系に沈着する結晶の石のこと。もしくは、その石が詰まってしまうことにより起きる症状のこと。wikipedia」

初めてその痛みを経験したのが6年前。

山系のイベントに参加していた時の打ち上げで発症した。

酒を飲んでいたらドンドン腰が痛くなり、耐えられなくなってきたので、一人車に戻り車内で耐えた。

その痛みと言ったら尋常ではなく、声こそ何とか押し殺したが、誰もいないところだったら、大声で叫びたいくらいの痛みだ。

車内で、4時間程度苦痛と激闘し、少しだけ痛みが治まった頃、曲芸のような格好で車を運転して家まで帰ったことを昨日の事のように覚えている。

その後も一二度、軽い(と言っても結構痛いが)症状が発症していたので、経験者としては少し油断していた。

今回も、激痛になる前の事前診療などの対策は間に合わなかった。

結局、急いで家まで帰り、安静にしている他はないのだ。

もちろん。そのまま病院へ向かえば、その後の痛みとの対峙も軽い戦闘にすることもできたのだが、苦痛に歪む顔を晒し、病院で耐えるよりは、4時間一ラウンドを闘おうと決めたのだ。

その判断が甘かった。

もちろん夜までに激痛はいったん収縮し、その日は何とか寝ることもできたので、翌日医者に行き、鎮痛剤としてのモルヒネを処方してもらって、立て続けに1日4苞をのんだ。

痛みはそれとともに緩和し、もう大丈夫とタカをくくっていたら今度、その薬の副作用で腸がストライキをおこし、機能不全となり、全く便意がなくなった。

普段から内臓の強さを自負していたものには、脱糞ストライキ(ようは便秘ですが)がこれほど過酷なものとは想像だにしていなかった。

五日目になって、再び診療所で鎮痛剤と新たに下剤を処方してもらい、大量の下剤を飲んだが一向に便意らしい感じはない。腸が全く反応していない感じた。

これはもう緊急事態だと思い、内側からの攻撃がだめなら、出口からと大量の浣腸を買い込み、何年振りか覚えてはいないが、自分で注入してみた。

もちろん40ml一本で効くとは思っていないので、三四本立て続けに注入した。

そちらの嗜好があるわけではないので、楽しくはないが、とにかく出したいの一心だったが、結果は大腸には届かず、戦闘は不発に終わった。

結果的にほとんど眠れない状態に陥ったので、朝の三時に意を決して、ウォーキングを開始した。

もうこれは、強制的に大腸に刺激を与えるしかないと考えたからだ。

二時間歩いた。

歩くことは苦痛ではないが、祈るような気持ちであった。

家に戻り、できることはすべてやったという満足感で朝方少し横になっていたら結果はやってきた。

30分ほど横になっていたら、突然のゲリラ便意が起こり便所に駆け込んだ。

きわめて強固だった外壁が陥落し、汚水といえばこれほどの汚臭はあるかと思う程の、薬と未消化糞尿の混ざった汚物が1ℓほど排泄することができた。

これは、完全勝利のための勝鬨だった。

徐々に内臓機能が再開し、古錆びた機械が再び動き出した。

ここまで来るのに要した一週間は過酷だった。

まだ、石は排出された感じはしないのだが、痛みもほとんどないので、もう薬は一切飲まないで体調を戻すことに専念する。

齢をとるということは、こんな経験を様々繰り返すということでしょうね。





タグ: 尿路結石 便秘