魂の所在~今あること。そして未来へ

プロフィール
ぺくさんさん
どうも。
ちょっと年はいってますが、
年取ってますます元気です!!

ふるさとへUターンして、ようやく調子を取り戻しました。

都市生活で疲弊していた身体が、長良川と森の精霊によってリライブしています。

このかけがえのない地域を未来の子供達に残していくために、まだまだがんばる所存です。

流域のみなさんよろしく!!!



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長良川スタンドバイミー1950
というタイトルの小説をご存知だろうか、数年前に出版された時は知っていたのだが、最近まですっかり忘れていた。

新聞に著者である松田悠八氏の新作「円空流し」の広告が掲載されているのを目にとめ、前作である「長良川…」の作者である事を知って興味を持て書籍を購入した。

実は、勘違いしていて作者が昭和40年生まれと思い込み、世代的に若い人がどのような表現をするのだろうと思ったのだ。
小説の時代背景が親の世代であるので、若いのによくもこんなリアルに書けるなと感心していて、プロフィールをよく見てみたら1940年生まれということで納得した。

内容は、1950年前後の岐阜市の長良川周辺で過ごした子供時代の思い出を、東京の学校に進学した二十歳前の主人公が回想するスタイルとなっている。

読んでいただければわかると思うが、この中に描かれている長良川とその周辺の景色が、あまりに美しく、そして登場人物が語る岐阜弁にリアリティがあるので、その時代を経験していない者にも目の前の事実のように景色が見えてくる。
若い人たちはきっと「こんなにも美しい川だったのか」と驚かれる事だろう。

しかし、長良川周辺で子供時代を過ごした若者にはきっとその川の匂いや水の冷たさを想像することは容易いのではないだろうか。

たとえそれが50年前の思い出であっても、その時間を飛び越え想いを共有することができるこの川を我々はもっと大切にしなくてはならないと思う。

さて、
ネットで著作に関する資料を探していたら、この作品の映画化を進める取り組みが2008年から進められていることを知った。http://www.nagaragawa1950.com/

過ぎ去った長良川周辺の美しい景色を再現するのは難しいだろうなと思いつつも、その美しい光景を見てみたいとも思った。

下の動画は、実現のためのプロモーション用であるとのこと。
丸太コンロ
これは、知る人ぞ知るアウトドアグッズ「丸太コンロ」です。場所によっては「丸太ストーブ」ともいいます。

切った丸太に、チェンソーで米の字に切り込みを入れるだけという極めてシンプルな構造なのですが、びっくりするほど良く燃えて、安定した火力が得られます。

インターネットを見ていたら、面白そうだと思って家にあった直径23cmの杉丸太で加工して作ってみました。

丸太の中心部に何か燃焼物(固形燃料とか)を入れるだけで、1~2分で自力で燃え始めます。

切り口が底から10センチ程度まで切り込んであるため、
炎が上部から下部まで全体的に燃え、丸太の内部から同心円状に広がります。

外側からは風が吹き込みにくい構造になっているので、
かなりの大風でも大丈夫です。

だから写真のように上に、鍋や鉄板を引いて調理を楽しむ事ができます。

とはいっても、最後(1時間半から2時間位)には絶えられなくなって崩れますが、1時間あれば大概の料理は可能です。

暖かくなっていくこれからのシーズン、川原でバーベキューなんてときに一つ持っていると盛り上がる事間違いなしです。

鉄板焼き、ケイチャン、パエリア色々作って楽しんでみましょう。
うねる龍のごとく
週末まで確かに雨は振っていたものの、そんなに大雨が降ったとは感じていなかったが、

長良川の本流支流は川幅いっぱいの水量となり、翡翠色の水面は波頭をたて流れていた。

それはあたかも緑色の大きな龍の胴体がうねっいてるがごとく生命力に溢れていた。

山に蓄えられ閉ざされていた水の化身が、龍の精霊に変容し、春を迎え一気に山を駆け下りてきたかのような気がした。

まさに長良川はナーガ信仰(龍神伝説)の川であると思うし、ひとたび暴れだしたらすべてを破壊しつくすパワーと、それゆえに大地の再生を約束する恵みの神として古来より恐れられ、尊ばれてきた理由もわかると一人納得した。

この龍神の力により、枯れ果てた野山は一気に生気を取り戻し、春を迎えることとなる。


美濃・郡上という土地
「信長はなぜ美濃攻めにこだわったのか」というキャッチフレーズを、その時歴史は動いた風のモノローグでコマーシャルする雑誌の宣伝を最近やたらと目にする。

井沢元彦氏一流の歴史観がきっとかかれているに違いないが、詳細は分からない。

しかし、古代よりこの地域は一つの地政学上の要所であると語られることは多い。

日本国が歴史上初めて誕生したといわれる七世紀末におこった古代最大の内乱である壬申の乱では、天王継承権を放棄し吉野に出家した大海人皇子(後の天武天皇)は吉野から鈴鹿を抜け美濃まで出る間に多くの反乱軍を組織し、不破の関を封鎖して近江朝廷の軍を半年に及ぶ先頭で撃破し、王権をもぎ取った。

すでにこの時代、美濃周辺を根城とした地方豪族が多くあり、この戦いに参加し、大海人を助けたことが明らかになっている。

それ以来、都では関が原を超えた東の世界に対して過剰なほどの脅威を抱き、それは結果的に鎌倉時代まで続いた。


今では都が東に行ってしまったので、暮らしている人々の感覚には「東」の地域という感覚は残ってはいないが、信長が美濃を恐れ最優先に制圧の対象としたのはこのような歴史認識が前提にあったのかもしれない。

信長といえば、国家統一を目論み足利義昭を奉じて摂津の幕府軍三好氏に挙兵した折、突如狼煙をあげ攻撃を開始した一向宗本願寺の宗徒に「仰天」したとされる事件。石山合戦の導火線ともいえるこの時、本願寺宗主顕如はその十日ほど前に郡上の門徒衆に宛て「ことごとく一揆起こり候え」と記したた檄文を送ったと後世に残っている。

中世から近世へのきっかけとなったこの事件の当事者として郡上の門徒衆が絡んでいたことは知らなかったが、
「なぜ郡上なのか」ということはともかく、この地域は古代から中世の終わりにかけて極めて歴史の表舞台を賑わしていたことは史実である。

古い地層を掘り起こせば、次から次へと秘された歴史が埋まっていることに気付いている人は少ないのである。

水の不思議。
禊(みそぎ)という行為は、今では神事として、または修養行事として認識されていますが、

もともとはもっと生活に密着したものだったのではないでしょうか?

以前都会に居た頃、
長良川流域で生まれた若者達と話をしていたら、上流下流にかかわらず、長良川の思い出がみんな鮮明な記憶として身体化されているということに驚いたことがあります。

それは、あの流れに身をつけた皮膚感や流水の流れる音や水の匂いを鮮明に記憶しているという事です。

もしかしたら、人間の身体感覚の中に魚と同じような川の記憶が潜んでいるのかもしれません。

川に遊び「潜る」という行為は、禊の原型かもしれません。古事記にもイザナギが川(滝か?)で禊して三神を生んだという記述があります。

「水に潜る」という行為には再生とか活性という細胞的な変化があり、その結果リフレッシュした効果が現れるのではないでしょうか?

そのような意味では長良川はまさに再生の川であり、流域や平野部の大地、さらには海の豊穣までもたらす再生の神であるかもしれません。


たとえば旧暦。
今では古物あつかいの暦「旧暦」では、

まだ一月五日の松の内です。

ようやく気候も暖かくなる兆しが見え出すこの時期は、まさに新春といえます。

今では、雪がこれでもかと降り続けている時期を新しい春と呼ぶ事も違和感がなくなってしまっています。

慣れるということは、感性をも鈍らせる事なのですね。

なぜ明治政府は旧来の暦(正式には太陽太陰暦というらしい)を新暦(グレゴリオ暦と呼ぶそうな)に変えてしまったのでしょう。

龍馬伝をおさらいするまでもなく、時代が大きなシステムチェンジを必要としたためですね。

「時間を制するものは国を制する」そんな言葉があるかどうかは知りませんが、藩を県にし、大名を国会議員にし、通貨を円に切り替え、ちょんまげを散切り頭に切り替えて、神仏を切り離して日本はようやく近代という世界を手に入れたという事です。

そんなことは教科書に書いてあるとおりですが、社会経済の揺らぎが、その正当性をも揺るがしているのも事実です。

「それで人々は幸せを手に入れたの?」この問いは100
年をゆうに超えた現在さらに疑問が深まるばかりです。

もちろんそれは、日本に限った事ではなくグローバル化した多くの国に蔓延しているテーマです。

地球という有機物が「近代国家」というシステムに警笛を鳴らしているというのが実情です。


そうでした。テーマは暦。

日本とよばれるこの土地に古くから住んでいた人々は、
暦に表される季節の変化を敏感に読み取り、それを豊かさと知性の指標にしていました。

一月七日は七草粥。
それは、早春の野辺にさく草花の力をかりて身体を目覚めさせる行事だったのかもしれません。

セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ春の七草

日曜日にはきっと、七草のうちの四つか五つくらいは近所の土手で見つかるかもしれません。



硬いテーマはともかく
とても素敵なブログ(サイト?)に招待されました。
ありがとうございます。

「MUSUBLOG」

とてもキャッチーです。

ブログの持つ可能性をそのまま、ネーミングにしたところが秀逸です。

でも、ネットワークという、ともするとグローバリズムに直結してしまいそうな危うさを、意図的に乗り越えようという強い意志も感じられます。

私達がある今の生活はともすると、外界からの大きな波に飲み込まれてしまいそうです。

ほおっておけば世界の価値はより均一化し、人々の価値や生活を一方的に規定してしまいます。

しかし、私達が暮らすこの世界の意味や価値をそんなに簡単にスケーリングできるのでしょうか?

そうでもしないと、安心して暮らせないというのがこれまでの世界だったのかもしれません。

そんな不安を超えてこの大地とダイレクトに結び合える暮らしが求められ始めています。

難しい理屈ではなく、感性が第一です。

日々の暮らしの中に風を感じ、季節の足音を聞き、輝く月を愛で、朝日に感謝する生活はつい昨日までのこの地域で続けられてきた文化であり風土だったのです。

そんな日々をより多くの仲間と喜び楽しんでいける生活は、決して夢物語ではなく、また過ぎ去った思い出でもありません。

未来は私達の目の前まで来ています、あとは私達がその世界を想像できるか否かにかかっています。

このツールをきっかけとしてそのようなつながりが有機的に広がり、新たな流域世界が生み出せれば素敵です。


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