魂の所在~今あること。そして未来へ

プロフィール
ぺくさんさん
どうも。
ちょっと年はいってますが、
年取ってますます元気です!!

ふるさとへUターンして、ようやく調子を取り戻しました。

都市生活で疲弊していた身体が、長良川と森の精霊によってリライブしています。

このかけがえのない地域を未来の子供達に残していくために、まだまだがんばる所存です。

流域のみなさんよろしく!!!



QRコード
アクセスカウンタ
Total:999391
Today:34
Yesterday:84
なんだか忙しくなってきた。




ので、なかなかリラックスしてブログを書く時間が持てず、長いブランクが出来てしまいました。

普通の人はきっとそんな感じで書いているんだろうけど、私がひますぎたのだと今にして理解できました。

さてそんなこんなで、今日は書評(感想文か?)を一つ。

"神去なあなあ日常"というおよそ本のタイトルとしては編集者に嫌われそうな名前をそのまま付けたような小説だが、これが今巷でロードショー中の映画『WOOD JOB』の原作だという。

原作者の三浦しをん については、以前レンタルで借りた『まほろ駅前多田便利軒』が思いのほか秀作だったので、その原作者を知った程度だから、ファンというレベルでは決してない。

なので、今回の映画『WOOD JOB』もまだ見ていないし、さらにはその原作となっているという"神去なあなあ日常"も読んでいないのだ。

読んでもいない、書評を書くという離れ業をするわけではないが、たまたま図書館で返却されたばかり棚みたいなものが目の前にあり、その中に聞いたことのある名前のタイトルの小説があったから手に取ったただそれだけだ。

家に持って帰りページを開いて見るまではそれを原作と思い込み、これを読んでから映画を見るかどうか決めようとおもってたのだが当てが外れた。

そのタイトルは似ているが"神去なあなあ夜話"という別物だった。

いやよく見ずともだいたい気が付いていたのだが、日常よりも夜話のほうが好きなたちなのでそのまま借りたのだ。

だって一緒に借りた本は三角 寛の"山窩奇談"だもの、だいたいがそっちだ。

だから、この本が前篇(日常)の後編的なものなのか、日常に対する非日常的なものなのか比較すらできない。


読み進めていくと、今っぽい小説(失礼)の雰囲気であることがすぐわかり、漫画のように読み進めることができた(決して批判的ではない)


しかし、一緒に借りた"サンカ本"は、小説としたらルポルタージュ奇談の類なのでそれなりにリアリティーがある。


そんな本を一緒に読むのも間違いと誰かに指摘されそうだが、それなりに面白い。

こんなに時代もジャンルも違うものなのにどこか共通性があるのだ。

それは、乱暴に非日常性といってしまってもかまわない。

近代社会や都市社会が排除してきた、マージナルな部分、境界の向こうというか、あの世というか、非定住という世界が小説の舞台になっているからだ。
(正確には山窩奇談は小説としては書かれていない、あくまでもジャーナリスティックな文体なのだがあまりにも物語的な要素が強いのだ)

昔、三重の山奥の村にいた竜神が去った神去村には、その奥山に熊野修験の大峰山系が続き、そこはこの世とあの世が連続している世界である。

WOOD JOBという今流行りの自然にやさしいお仕事は、実は大自然という荒ぶる神々を相手にするヤマト武尊のような修行に近い。

きっと映画でもそんな、リアリティーを背景として見せながら、今の若者達にも魅力的な映像に仕上げているのだろう。

実はまだ最後まで読んでいないので、どう考えても書評はかけないのだ。


















コメントエリア

まだこの記事のコメントはありません。

コメント投稿

コメント記入欄を表示するには、下記のボタンを押してください。
※新しくブラウザが別ウィンドウで開きます。

トラックバックエリア
この記事のトラックバックURL
http://www.musublog.jp/blog/trackback.php?id=22710