魂の所在~今あること。そして未来へ

プロフィール
ぺくさんさん
どうも。
ちょっと年はいってますが、
年取ってますます元気です!!

ふるさとへUターンして、ようやく調子を取り戻しました。

都市生活で疲弊していた身体が、長良川と森の精霊によってリライブしています。

このかけがえのない地域を未来の子供達に残していくために、まだまだがんばる所存です。

流域のみなさんよろしく!!!



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天使と青い鳥
週末に娘が結婚した。

25歳というのは、適齢期という年齢だろうか。

私にとっては「えっもう!?」という感じだった。

娘が、高校生となり、大学にまで行き、社会人となって3年も働いたことだけでも驚きだった。

娘は、小学校から中学の一年までは殆んど学校には通えなかった。

その理由は今考えても良く分からない。

理由となりそうなことは沢山あったが、なぜ学校に行けないのかは本人にも分からずじまいだった。

しかし、何かのきっかけにより、突然と学校に通いだし猛勉強を始め、希望する高校に入り、希望する大学に入り 、希望する就職先に入ることが出来た。

私は、娘が小学校3年頃家庭を離れ、別居生活に入った。だから殆んど娘の日常を知らない。

休みの日とかに、娘達が通って遊びに来るという生活だった。

今思い返せば、親という資格など無いに等しいのだが、娘と縁が切れることだけは避けたかった。

それが結果的に良かったかどうかは今も分からないが、結婚式で「お父さんありがとう」などといわれると申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

本当は、結婚式自体も出る資格さえないのではとずっと考えていたのだ。

結婚することを知らされてからは、なんともいえないカウントダウンの日々が重苦しかった。


娘が郷里で産まれ、娘を抱いた妻を東京駅に迎えにいったときには、何重にも産着に包まれている娘が天使のように見えた。

この世には天使がいるのだと始めて知った。

天使は大切な人を守るために地上に降りてきたのだ。

大切な人は二人の大人。

ずっとその二人を守るためにそばを離れないで見守っていた。

そのことに気がついたのは、下の娘が高校で不登校になってからだ。

天使は二人を守るために、自分を犠牲にするのだ。


そしていつの間にか結婚式を迎えた。

天使だと思っていた娘は、いつの間にか青い鳥となり、羽が生えそろったと思ったら飛び立った。

もう、役目が終わったといわんばかりに、賛美歌がこだまする教会の中を飛び立っていった。

やはり天使だったのだ。

目の前には、見守られる人となった娘が幸せそうに笑っていた。

賛美歌が鳥の歌声のように聞こえ。








 
1995年という年
ある意味、1995年は一つの時代の終焉を現していると言えるのではないだろうか
阪神淡路大震災とオウムサリン事件があった年である。

例えば、時代の流れを大きな振り子のようなものと考えたなら、1945年が一方の極点を示し、1995年が他方の極点を示しているという考えかただ。

その間は50年という年月が流れている。

50年という年月で、振り子が極点から極点へと振り切れ、今度は逆方向に振り子が向ってい行るという仮説である。

その仮説で言えば、それから20年が経過し今は振り子がその垂直の位地に至る手前にあるということになる。

もちろんこの仮説には、何の根拠もなく、恣意的な思い込みと言われればそれまでだ。

ただ、感覚的なイメージとして、敗戦により壊滅した一つの社会の在り方が、新たな方向に向かって速度を増し、極まった状態が1995年という時間であったのではないかという感じがするのだ。

この感覚を仮説と考えたとき、時間軸で考えれば現在から30年後に極点に至るということになるが、その時間感覚については精度はわからない。

では、2011年というエポックをどう考えるかという質問も出てきそうだが、私論では2011年に起こったことは、1995年に起きていてもおかしくない事象としてとらえることもできるのではないかと考える。

もちろん地震や津波という自然現象の発生の確率の話ではなく、人工的な社会現象という出来事としての意味でだ。

もはや「いつ起こってもおかしくない現象」として放射能汚染が2011年に広がったという意味だ。

だから、原発事故も"その時"起こってそれまでは大丈夫だったわけではなく、既にいつ起こってもおかしくない状況にあったという考え方だ。

話しを戻すと、果たして現在はどこに存在しているのだろうか?

垂直の状態になる手前ということは、加速度的には一番スピードが増した状態から反対側へ振れていく時になるということだ。

それがどのような現象に向っているのかを私は知らない。

その現象が30年後に現れるのかどうかもわからない。

このような仮設は、悲観主義であり、運命論的であると笑われればそれまでだが、私自身はそのような時代認識の中で、今ある場所をとらえていくことになるだろう。

30年後にその世界を見られるかどうかは別として、大変興味ある問題だ。