魂の所在~今あること。そして未来へ

プロフィール
ぺくさんさん
どうも。
ちょっと年はいってますが、
年取ってますます元気です!!

ふるさとへUターンして、ようやく調子を取り戻しました。

都市生活で疲弊していた身体が、長良川と森の精霊によってリライブしています。

このかけがえのない地域を未来の子供達に残していくために、まだまだがんばる所存です。

流域のみなさんよろしく!!!



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ともし火が消える前に、
1930年代は日本が関東大震災から世界と日本の大恐慌を契機に、資源争奪の世界戦争へ突入していく時代の過渡期であった。

その頃生まれた人々は、もはや80を超えた齢となっている。

それ以前の発展し豊かになっていく日本の姿を知らず、気が付いた頃には、軍国日本の少国民として育てられていた。

都市部においてさえそのような状況の中、周辺の山間地においては生存の苛烈な状況が生まれていたことは想像に難くない。

大変な辛苦な生活と悲劇を背負わされてきた世代である。

そんな世代が経験してきたこの国の変化はどんなものであったろうか?

ほぼ自力で、生活に必要な物資や食べ物を調達し少ない食べ物を分け合いながら、戦禍を何とか生き延びて戦後を迎え、焼け跡の戦後から出発し、家族と地域の生活を再建するために働きに働いた。

そして、高度成長による急激な生活の変化、大規模公共事業や工業化によって引き起こされる自然環境の破壊や公害、山村ではその過程でそれまで続いてきた地域コミュニティの絆が崩れ、都市型の個人主義が若者達を魅了していった。

その後に待っていたバブルの崩壊、日本経済の失速と同時に起こった阪神淡路大震災とオウムサリン事件。

21世紀を迎え、相次ぐ世界的混乱、局地戦争とテロ。そして3.11の想定外の地震と津波と原発放射能汚染。


生まれた頃の貧困と混乱と今の世の中を比較すること自体が無意味かもしれないが、この世代の人たちはどう思っているのだろうか?

そんな経験をしてきた世代の多くが、今私たちの目の前から静かに去ろうとしている。

私たちは彼らの話を大切に聞いてきただろうか?
彼らの想いを十分に受け止めただろうか?
心の豊かさを未来の子供たちに残せるのだろうか?

これから迎えるであろう、大変な時代の変化に対して戸惑う時「そういえばおじいちゃんがこんなこと言っていたな」と思い出す時がきっと来るだろう。

もはや残された時間はわずかだが、彼らの話をより多く心にとめたいと思う。




ムーミンという哲学
最近、なんとか細胞を発見したとして、日本人の若い女性研究者(リケジョというのか)が大変注目されているニュースを何度も見た。

その映像の中で、ピンク色の壁の研究室の中に置いてある冷蔵庫だか研究機材の扉にムーミンのシールが貼ってあり、おばあちゃん譲りの割烹着を身に着けた理科系らしからぬその姿が映し出されていた。

その映像を何度か見て私が気になったのは「なぜムーミンか?」ということだった。

アニメムーミン第一世代としては、それは世代違いの感があるからだ。

とても気になった私は、wikipediaでさっそく調べてみたら、アニメの放映は近年まで何回かあったことが分かった。

私たちが見ていたのは、
1969年10月 - 1970年12月に放送されたムーミン第一作と、
1972年1月 - 1972年12月に放送されたムーミン第二作というものだった。
ともにカルピスまんが劇場という枠で放送されており、前者を(旧)ムーミン後者を(新)ムーミンと呼び分けられているそうだ。

その後、テレビ東京により、
「楽しいムーミン一家」が1990年4月-1991年10月まで78話、
「楽しいムーミン一家 冒険一家」が1991年4月-1992年3月まで第26話、が放映されている。 この他劇場版などもあるようだ。

ということは、
リケジョ氏は90年代の作品を見た世代と考えられる。
もちろん前作ビデオもあり、再放送も何度もあるので、70年代作品を見た可能性も否定できない。
もちろん、原作者であるトーベ・ヤンソン氏の作品を読んだのかもしれない。

私はあいにく新旧ムーミンしか見ていない。

それ以降のムーミンアニメがどのような内容であったかは知らないし、原作も読んでいないが、久しぶりに思い出したムーミンアニメについて少し思うことを書く。


なぜかその頃(10歳前後か)自分の中で、どのアニメが一番好きなのかを子供ながら真面目に考えていた。

日本製のカラーアニメがテレビ番組で沢山作られていた頃、魅力的な作品が沢山あったにも関わらず、私が最も素晴らしいと思ったのがムーミンだった。

しかし、まだ子供だったせいでなぜその作品が素晴らしいのかについてロジカルに語る言葉を持ちあわせておらず、ただ"一番好き"と思うだけだった。

大人になってたまに思い出すのは、スナフキンのつま弾く哀愁のギターフレーズぐらいだったのだが、今改めてムーミン作品を見てみると、その作品の質の高さに驚かされた。

今のアニメに見られるような、子供に媚びた姿勢はみじんも感じられない、ある意味キャラクター一人一人が生々しい個性を持っていて、非妥協に自分らしさを追及している。

といってもそこは、先進国でも都会でもない、地球の果てのようなムーミン谷の田舎村、人として現されているのはごく僅かで村民はほぼ動物の姿だ。いや動物でさえもないニョロニョロのような生物さえ村民と位置付けられている。

ムーミンは当然主人公であるのだが、ヒーローとなる才能とはかけ離れた、意気地のないそれでいて強がるフツーの子供なのだ。

子供たちは(特にムーミンとミーは)よくケンカをするが、そのケンカがイカしている。散々相手を罵倒しておいて、別れ際には"さよなら"ときちんと挨拶をして別れる。

子供の頃にはミーを単なるいじわるな女の子と思っていたが、よく見るととても友達思いの優しい子であったりする。(これが女の子からもっとも共感を得られる存在だ)

ノンノンは都会から舞い戻ったマドンナ。だれもがその優しさに惹かれるが、ノンノンの夢はムーミンのお嫁さんになること。

その兄のスノークは、まさに都会かぶれのインテリ。西洋の都市の価値観から抜け切れない存在。妹を愛する優しき兄ではあるが、村民を見下しているところもある。

ムーミンのパパとママは理想的な家庭の象徴としてある。ムーミンの成長をある時は厳しくある時はやさしく見守る。
ママは毎日家事に忙しいが、パパは小説家と言っているが、まだ一枚も原稿が書けないでいる。

村民からは旅人として位置づけられているスナフキンは、この物語を見守るストーリーテラーのような存在。 「故郷は」とムーミンに問われたら「しいて言うならこの地球かな」と答える。 ムーミン谷で起こる様々な現象を、その本質的な問題として言葉に変える。予言者的な存在でもある。

「ムダじゃムダじゃ」が口癖のジャコウねずみさんは、毎日ハンモックに揺られ読書三昧。哲学者サルトルのような偏屈者。

多くの挿入歌は、井上ひさし氏が作詞作曲している。

バックミュージックは子供向けにしてはやたらシリアスで、緊張感を高める。

村境にある「おさびし山」は、中世コミュニティの結界のような峠の辻、この境から良い事(者)と悪い事(者)が村に入ってくる。

ある時は、鉄道を引くことをスノークが村に提案し、無理やり鉄道建設を進めたが、パパたちは鉄道によってもたらされる厄災を危惧して、列車の立ち入りを阻止しようとする。

ある時は、スノークの旧友がフランスからやってきて、ムーミンはノンノンがその男に惹かれていると勘違いし決闘を申し込む。

ムーミンという子供の目を通した、平和な世界(日常)が様々に表れる事件や混乱を経験しながら、村の人々とともに一喜一憂しながら日々が重ねられていく。

子供が大人になってゆくときに経験しなくてはならない、くやしさや恐れ、混乱やかなしみを経過し、勇気をもってそれらと立ち向かい、そして村で生きてゆく喜びを描いていたのだと、この年になってやっと説明することができるような気がする。