魂の所在~今あること。そして未来へ

プロフィール
ぺくさんさん
どうも。
ちょっと年はいってますが、
年取ってますます元気です!!

ふるさとへUターンして、ようやく調子を取り戻しました。

都市生活で疲弊していた身体が、長良川と森の精霊によってリライブしています。

このかけがえのない地域を未来の子供達に残していくために、まだまだがんばる所存です。

流域のみなさんよろしく!!!



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トリガーを外しました!!
長い間、かけたままであったトリガーをいよいよ外しました。

安全装置をかけたまま暮らしてゆこうとここ数年生きてきましたが、

ここ数年溜りにたまったものが暴発しないと限界となり自ら外しました。

こうなると自由です。

もう好き放題なことをし、好き放題なことを言うのです!!

今日の市長懇談会はその手始め、たっぷりと話をしました。

最後は役所体質の批判(とはいっても優しく言いましたが)

やはり思ったことをそのまま話すのは非常に気分がいいのです!!

これからは思うままにあらゆる表現をしてゆきます。請うご期待です。
同級生という他者
同級生や幼なじみと、たのもし(こちらではメンバーシップの飲み会をこう呼ぶ)などで飲むことがある。

子供の頃を共に過ごした友人は、他の人とは違う親近感がある。

特に親しくした人でなくても、子供の頃の姿を知っている人には特有の安心感があり、たとえ大人になって、子供の頃とは違う風貌なり容姿になっていても、当時の感覚があるのですっと子供時代のような関係に戻れる。

もちろん、立身出世してエライさまになっている人や、当時とは見違える美人になっている人も中にはいるが、子供の頃の姿を知られている人には格好のつけようがない。

あまり雰囲気が違うと「子供の頃は〇〇だったのに」と逆に冷やかされてしまうので、格好のつけようがないそんな関係だ。

それは単に子供の頃の様子を知っているからその親近感があるというだけではないように思う。

同じ年代(時代)に同じ土地(地域)で育った者は、何かしら共有する部分が多いのだと思うのだ。

たとえばそれは、同じ地域同じ条件で育てた野菜やお米が同じ味がすることと似ている。

人間にもきっと、そのような土地や空間を身体に蓄積し、体を構成する何らかの要素としているのではないだろうか?

植物や野菜とは違うと言われそうだが、もっと広く考えれば、日本人の特性が日本という自然環境と時代に依存していることを考えれば、決して馬鹿げた考えではない。

〇県人ぽいとか思うのは、その地域の風土や文化を身体や思考の中に残しているからなのだ。

より小さな地域でしかも同時代の空気を感じで育った者たちは、特有の親和性があり、そんな人と出会うとその共有した部分が反応し、ずっと前から知っている人の懐かしさが親近感として現れてくるのではないだろうか。

日本人は太古の昔、いくつかの種族が別ルートで大陸から渡ってきた雑種(ハイブリッド)民族だと言うのが定説化しているが、少なくとも縄文時代から弥生時代に向けて、長い時間をかけて交りあいながら定住してきた文化を持っている。

定着してからは今日まではあまり大規模な移動はせず、地域に根差した文化の中で暮らし続けてきたことが今日の研究で明らかとなっている。

そう考えると、私たちの体内には地域の中で長い時間をかけて積み重ねてきた生活や文化の情報が遺伝子レベルの中まで蓄積されているということが言えるのではないだろうか。


そんなことを考えると、幼なじみや同級生という存在は"もう一人の自分"であるということもできる。
大人になってから身に着けた知識や人格はほんのうわべを覆っている膜のようなもので、その内側の大部分はたいして違いがないのだ。


先日も、同級生8人でその中の一人の店を借り切って飲んだ。

他に知らない人もいない状況で、子供のように騒いで楽しんだ。

しかし、翌日酔いも醒め大人に返った自分はふざけ過ぎた昨日を反省することもある。




山本太郎と奥西勝


この映画の題材である「名張毒ぶどう酒事件」は、今年10月に第7次再審請求差し戻し特別抗告の棄却決定された。

この映画が作成され公開されてから半年が経ち、既にこの事件の未来は奥西被告と支援者、映画製作者達たちの想いを踏みにじる結果として現れている。

10日に文化ホールで上映された上映会には100名弱の市民が参加されていた。

その数が、多いのか少ないのかはわからないが圧倒的に高齢者が目立つ。

手法の違いはあれ、ほぼドキュメンタリーと言っても良い今の現実の問題を扱っているのだが、これほどまでに若い層の関心を呼ばないのはなぜか。

"真実"とか"社会正義"という倫理感が蜃気楼のような現実に押し潰されているのか、豊川で開催されているB1グランプリとやらには2日間で60万人ほどの人が訪れている。 食べることでこの世の不安やストレスから逃れようという心理か。

事件が起こった36年は、私が生まれた年代であり、50年にも及ぶ奥西被告の獄中生活と弁護団支援者の取り組みはそのまま自分の過ごした年月と重なる。

しかし、私自身もこの事件と何のかかわりもなく人生を過ごしてきた。逆に言えば
それは、私の知らないもう一つの自分史であるともいえるだろう。

わかりきったことではあるが、過去は誰にも変えることはできない。

しかし、あまりに長く過ぎてしまったからといって、その過去を無かったことにしようとしても現実は変わらないのである。

無かったこととして生きることはとてもツライことである。

ツライことであるからといって、それを忘れるために美味しいものを食べ続けたところで現実はかわらないのだ。

主演は仲代達也だが、事件当時の回顧シーンは山本太郎が演じている。

天皇への直訴(手紙を渡したこと)で公職としての責任を問われ彼の困惑した姿を見ていると映画の中で事件直後の奥西青年を演じる姿が重なって見えた。