魂の所在~今あること。そして未来へ

プロフィール
ぺくさんさん
どうも。
ちょっと年はいってますが、
年取ってますます元気です!!

ふるさとへUターンして、ようやく調子を取り戻しました。

都市生活で疲弊していた身体が、長良川と森の精霊によってリライブしています。

このかけがえのない地域を未来の子供達に残していくために、まだまだがんばる所存です。

流域のみなさんよろしく!!!



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9月28日29日 白鳥DAY




9月28日29日の両日は、白鳥のイベントが満載です。

9月28日は
白鳥神社の秋の祭礼の試楽日、神社から街中へ獅子神楽が打ち出しです。
ふれあい創造館では「金澤翔子書展と国際絵画展」が開催されます。
午後1時からは円覚寺でお寺でイスラム文化を学ぶ会」が開催
夜は、白鳥駅前通りで変装おどりコンクールが開催されます。
最後はふるさと白鳥夢花火です。

9月29日は
白鳥神社の秋の例祭本祭りです。
9時から白山文化博物館では「白鳥神社の円空秘仏」の公開が行われます。
午後1時からは白鳥文化ホールで秘仏公開記念シンポジウムです
ふれあい創造館では午後2時から「金澤翔子席上揮毫」が開催されます。
午後3時頃から白鳥神社で獅子神楽奉納が行われます。
午後5時頃からは白鳥神社で大演芸会。
午後8時頃から白鳥神社で拝殿踊りがおどられる予定です。

小さな町の中のイベントなので両日ともすべて見て回ることも可能です。

是非白鳥へ。




仏法と現在
最近、郡上八幡の願蓮寺で月に一回開催されている「仏像~心とかたち」の読書会の中で阿弥陀如来の信仰について学んでいる。

日本が貴族社会(平安時代)から武士の台頭による武家社会(鎌倉時代)への大変革期は、同時に社会的大混乱(仏教でいう末法の世)期でもありました。

それは、この世界をどう生きたら良いのかという不安を皇族から貴族、武士、平民にいたるすべての民衆が感じていた末世でしたが、その中に、法然に始まる、南無阿弥陀という名号(念仏)を唱えれる(易行)ことだけで、仏の世界に生まれ変わる(往生)ことができるという新たな思想が生まれ、そのことにより日本の仏教思想の一大転機が訪れたと言われています。

親鸞は、その法然の浄土思想をそのまま受け継ぎ、"生きていくことが、悪行につながる"すべての民衆に"悪人正機"を説き「徳を積むことができる善人が往生できるのに、悪人が往生できないはずがない」という革新的逆説を生み出しました。

それは圧倒的な自然の力に逆らうことができない、人間存在の無力さを受け入れ、絶対的力の循環(他力本願)に身を委ねよという思想であるとも言えます。

その浄土思想の背景となっているのが阿弥陀信仰であり、西方浄土の思想です。
太陽の沈み落ちる"死"の世界の向こう十万億土という彼方に阿弥陀仏が"いる"とする考えであり、想像を絶する彼方でありながら地続きのその場所に浄土があると教えています。

"あの世"をイコール死後の世界として、時間的にとらえる西洋的な時間感覚とは、別のアジア的時間感覚が日本には古代からあり、つい100年ほど前までは当たり前に知覚されていましたが、近代化の流れの中で、この世界の中に存在する"あの世"を現代人は見失いました。

浄土と対をなすのは"穢土"というこの世界のことですが、現代の日本人はその感覚を喪失しています。
現実的には、放射能汚染により被爆した東日本、フクシマを想起することができますが、それさえも"なかったこと""終わったこと"として意識の外に置きたいと願っているようです。

この世界が"人間の欲望により汚れた末法の世"であるという仏の教えが生きているなら、この世と地続きの場所にあるという阿弥陀の浄土に往生することも可能なはずですが"(知も徳もある)善人さえも浄土を見失っているのに、悪人がどうして浄土に往生できようか"というのが現世の実態のようにも思えます。