Paskel's room

プロフィール
パスケルさん
 Paskel’s room
 八幡の学びの森パスカルの
 塾長パスケルのブログです。
 趣味はリコーダー・オカリナ
 演奏、落語・音楽鑑賞、
 日曜大工などです。

 下のプレーヤーで
 "Paskels"による
 多重録音のリコーダー演奏を
 お楽しみ下さい。 一人で全
 パートを吹いています。

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ボレロ
一台のチェロを四人で奏でるという動画を紹介します。
曲はラヴェルのボレロ。
人間には手が二本しかありませんが、一台のチェロにはこんな可能性があるのですね。

Twitterで話題になっていたようですが、youtubeにありました。
 
アンサンブル・コンテスト
中学2年生の娘が吹奏楽部に入ってパーカッションを担当しています。
11日(月)は、可児市の文化創造センターでアンサンブルコンテスト美濃・加茂地区大会がありました。可児市文化創造センターに行ったのは初めてでした。

金管アンサンブル、混成アンサンブルのコンテストが行なわれた主会場(宇宙のホール)は、両袖にも席があり、オペラハウスのようなとても素敵なホールでした。

このホールをご存知ない方は是非、下のリンク先の写真をご覧になってください。
http://www.kpac.or.jp/guide/floor-main.html#h301

ここで午後の部の金管アンサンブルと混成アンサンブルを聴くことができました。

びっくりしました。
金管アンサンブルは5重奏とか8重奏とかなのですが、まず会場の響きが素晴らしいです。
こういう会場は残響音をどれくらいにするかという設計が非常に重要だと思いますが、ここの残響は最高でした。

中学3年生はすでに引退していますから、1年・2年生だけのアンサンブルですが、楽器を吹き始めて2年未満とはとても思えない素晴らしい演奏が続きました。
吹奏楽の全体合奏ではよく聴こえなかったりする各楽器の響きを存分に楽しみました。

やっぱり毎日練習するってのはすごいことですね。
目標を持ち、向上心を持って練習すると、2年も経たないうちにこんなレヴェルに達するなんて・・・とても衝撃を受けました。

まだ金管の楽器が鳴りきっていない子が多いのは仕方がありません。でも中にはいい音で鳴っているチューバやトロンボーンなどもあり、聴いていて本当に楽しかったです。

このホールで、プロの金管アンサンブルなどを聴いたら、きっと失禁してしまう^^;くらいの感動に包まれることと思います。

娘が参加した混成アンサンブルは、木管金管が1年生だけというメンバーでしたが、よくここまで仕上げれたなと感心しました。

部活動は趣味のようですが、やはり教育の一環の活動です。
「無理だ。絶対できない」と思うところをチームワークに苦労しながら、目標に向かって力を合わせていく・・・その過程こそが一番大切なのだという思いを今更ながら強く感じました。

俳句~音楽(訂正)
俳句というのは基本5・7・5の17文字で表現される。

ところで、ひらがなを48文字だとすると(濁点等は考えない)、
一文字目に48種類、二文字目に48種類・・・の選択があるので、
すべてのひらがなの組み合わせは4817通りだけある。

4817は、48×48×・・・ と48を17回かけた数だが、どれくらいの数になるだろうか。

(数字をみると頭が痛くなる方は、しばらく飛ばしてください)

高校数学で常用対数log10というのを勉強する。これでその数の桁数を求めることができる。

log104817
=17log1048
=17log10(24×3)
=17×(4log102+log103)
=17×(4×0.3010+0.4771)
=17×1.6811
=約28.6

俳句の文字列の組み合わせは、29桁の数通りあることになる。

「京」という1秒間に1京回の計算ができるスーパーコンピュータがある。1京とは1の後に0が16個つく数である。

仮に「京」が1秒間に1京通りの俳句を作ったとして、すべての俳句の文字列の組み合わせを出すには、割り算をしてみると、少なくとも1の後に0が13個つく秒数だけかかることになる。
これを仮に100000000000000秒としてみる。

1年を60×60×24×365=31536000秒=約32000000秒として、これだけの文字列を出すには・・・

なんと、すべての俳句の文字列を出すのに「京」をもってしても30万年の時間がかかることになる。

もっともすべての文字列だから
「あああああ あああああああ あああああ」
「あああああ あああああああ ああああい」
といった意味のないものがほとんどだが、

その中には
「ふるいけや かわすとひこむ みすのおと」(濁点は考えない)
といった名句がところどころに含まれているのだ。
あなたがこれから詠む俳句も、その中に必ず含まれている。

俳句を詠むというのは無から有を生み出すことのような気がするが、実はそれはすでにそこにあって、あなたに発掘されるのを待っていると言ってもよい。


これは俳句や和歌だけに限らない。

音楽でも同じである。
音楽というのは、音の高さ、音の長さの組み合わせである。それと和音とリズム。

例えばメロディラインだけを考えてみると、どの高さの音をどれくらい伸ばすかの組み合わせで旋律が決まる。

ということは、異様に長い音や短い音、異様に高い低い音を除くと、高さと長さの組み合わせであるメロディは有限であることがわかる。

例えばシューベルトもドヴォルザークもビートルズも、素晴らしいメロディを生み出してきたが、それはその組み合わせの中から発掘されてきたと言ってもよい。

メロディが有限だとすると、人に感動を与えるメロディなど、もう残っていないのではないかという思いがしてくる。

しかしながら、ジブリの映画音楽などで有名な久石譲氏などは、シンプルなメロディでありながら、人の心に染み入る素晴らしい旋律を作り出し続けている。

彼の作り出すメロディを聞くと、そんな心配など、当分必要ないだろうと思えてくる。

ピアノ発表会
土曜日は娘のピアノ発表会でした。

習い始めたばかりのちびっ子から高校生の子まで、様々なジャンルの曲が聴けるので、毎年楽しみにしています。

いつも思いますが、発表会の曲でも大作曲家と言われる人の曲は、求心力があります。
今回もバッハ、モーツァルト、ベートヴェン、リスト、ショパン、ドビュッシー、エルガーなど、グーッと引きこまれてしまい、もっともっと聴いていたいと思いました。 

娘はショパンのノクターン第2番をジャズ風にアレンジしたものを弾きました。



ジャズ風に弾くには、楽譜のという通常は1:1の長さで弾く音型を、2:1の割合にして弾くことになります。
この感覚が身につくまで随分と苦労しました。
大人の雰囲気が少し出せて、演奏はまずまずだったと思います。

左手の和音はジャズの和音になっています。
それまで娘の演奏で古典的な和音しか聴いていなかった私は、初めての練習でその和音が鳴ったとき、かなり衝撃を受けました。
「これ、同じピアノ?」って思ったくらいです。

練習に同席しながら、私の体の中にもジャズのリズムが入ってきましたので、これからはリコーダーの多重録音もそういう分野に挑戦してみようと思っています。

サマーコンサート
今夜は文化センターで八幡中学吹奏楽部のサマーコンサートが行われました。



音楽って楽しい!というエネルギーが一人ひとりに溢れていて、とても楽しいコンサートでした。

うちの塾生の部員も多くいて、心の中で精一杯応援していましたよ。

娘はパーカッションを担当していますが、曲によって2つ3つの楽器の掛け持ちになるので、段取りが大変そうでした。

去年に比べ、バチやマレットがよくコントロールされ、歯切れがよく、ダイナミズムにあふれた演奏が出来ていたと思います。

選曲は、観客が手拍子するようなPOPなものが多く、もう少し落ち着いた曲目も欲しいと思いました。

例えばゆっくりした曲で、音・和音や旋律にグーーッと耳を傾け、心を引きつけられる・・・そんな曲。 

そういう曲のほうが難しいのですが、その練習を通して一つひとつの音やハーモニーが磨かれていくと思います。

3年生は、このコンサートをもって引退ということになります。
楽しく素晴らしいコンサートでした。楽器を奏でる楽しみ、合奏する楽しみを一生忘れないでいて下さいね(^^)

それにしても娘のこの夏休みは大忙しでした。
吹奏楽のコンクールが2回、サマーコンサートの練習、スピーチコンテストの練習、体育祭の応援団にも入っちゃったし、神社の巫女もやり、郡上おどりにも何回か行ったり・・・
よく頑張ったと思います。

クラシック音楽(3)~大学時代
大学の入学式では、大学のオーケストラがワーグナーのニュルンベルグのマイスタージンガー第一幕への前奏曲エルガーの威風堂々の中間部を演奏した。

いやぁ、かっこよかったなぁ。それで、オーケストラに入部してみようと思い、練習場に行ってみた。
管楽器がやりたいと思っていたのだが、先輩が大きな私の体を見るなり、「コントラバスはどう?」と強力に勧められた。(どこかで聞いた話やね)

コントラバスに触るのは生まれて初めてだったが、いきなり練習に参加しろとのこと。曲はルロイ・アンダーソンのシンコペーテッド・クロックだった。
次にベートヴェンの運命の第一楽章の楽譜をもらった。

しかし、ずっと吹奏楽をやってきたので、弦楽器にはどうしてもなじめなかった。弾いていても演奏しているという実感が持てないのだ。
結局オーケストラは続けることができず、レコードやFM放送で音楽を楽しむ生活に戻ってしまった。

この頃はクラシック音楽の色んな時代の音楽を聴きまくった。
ベートーヴェン、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、ブラームス、などの交響曲を聴いていくと、そのうちにブルックナー、マーラーの世界にたどり着いてしまう。

そんな曲ばかり聴いていると、少しおなかがもたれてくる感じがしてきて、今度はバロック方向へと遡り始める。
モーツァルト、ハイドン、ヴィヴァルディ、ヘンデルとたどっていくと、巨人J.S.バッハにたどり着く。バッハばかり聴いていると、またベートーヴェンが聴きたくなり・・・

そうやって何周も何周も。

リコーダーはこの頃、メックの木製のアルトリコーダーを購入し、部屋や大学の研究室で吹くようになった。毎週一回はリコーダーアンサンブルを楽しむようにもなった。

この頃、フランス・ブリュッヘンがリコーダー用に編曲したバッハの無伴奏チェロソナタが出版され、何度も何度も(実は今でも)よく吹いた。

バッハの音楽は不思議なことにどれだけ吹いても飽きることがない。表面的な美しさや楽しさといった部分ではなく、心の奥の琴線に語りかけてくる音楽なのかもしれない。

面白くなくても続きます(^^;)

クラシック音楽(2)~高校時代
高校に入ると吹奏楽部に入部した。
本当はフルートなどの小さな楽器かトランペットがやりたかったが、大きな私の体を見た先輩の「チューバやんなれ!」の一言で、チューバを吹くことになった。
先輩たちはとても優しく、部活動は本当に楽しかった。高1の1年間は朝練と夕方の練習を1日も休まなかった記憶がある。

演奏する曲目もマーチあり、ポップスあり、クラシックありと、とても多彩だった。
演奏したことのあるクラシックの曲を思いつくまま挙げていくと、

ヘンデル:水上の音楽
クラーク:トランペットヴォランタリー
レハール:金と銀
J.シュトラウス:春の声
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」から第4楽章
シベリウス:カレリア組曲
ホルスト;組曲「惑星」から火星
などなど
う~む、いくつか記憶違いがあるような気がする。

顧問のH先生は、岐阜市のオーケストラでフルートを吹いておられることもあって、言葉の端々から色々と影響を受けた。


高1の頃はビゼーのアルルの女や、ロッシーニの序曲集などのレコードを買った覚えがある。高2の時には、FMチューナーとカセットデッキを購入したこともあり、FM放送を録音し、色々な曲を知ることができ、とてもうれしかった。

この頃は、ベートーヴェンとチャイコフスキーの音楽に夢中になった。
八幡の楽器屋さんに全音の交響曲のスコアが売られており、ベートーヴェンの7番やチャイコフスキーの5番などのスコアを見ながら、血沸き肉踊りながら交響曲を隅々まで味わったものだ。

高3の文化祭で私たちのクラスは人形劇をやったが、空いた時間に教室にセットした大きなスピーカーでベートーヴェンの交響曲第5番「運命」 を聴くという企画もやった。
そう言えば生物のK先生だったと思うが、どこから持ってきたのかわからないが、カラヤン指揮ベルリン・フィル演奏の「運命」の映画を見せてくれたこともあった。 

どの文学や音楽でもそうだと思うが、同じ作品でも、時を経て自分が変化(成長?)すると、以前とはまったく違って感じられるものだ。
死ぬまでに(笑)もう一度、以前と同じくらいの熱意を持ってベートーヴェンやチャイコフスキーを聴いてみたいと思う。

つまらなくても、続きます(笑)

クラシック音楽(1)~出会い
クラシック音楽を初めて聴いたのはいつだっただろう。

小学校高学年のとき、音楽の時間にグリーグの「ペール・ギュント」を聴いた記憶がある。この組曲は、「朝」から始まって、「ソルヴェイグの歌」など聴きどころが多い。

I先生が最後に「もう一度聴きたい曲は何?」と言われたとき、男子が「山の魔王の宮殿にて」を一斉に挙げたのは可笑しかった。
山の魔王の宮殿にて
たしかに、ゆっくりで始まってどんどん速くなっていくこの曲は、いつ聴いても胸が躍る。山猿のような生活をしていた当時の小学生の心にもグリーグの心は届いたのだ。 

中学3年の頃、お小遣いでモーツァルトの交響曲第40番のレコードを買った。
「哀しみのシンフォニー」と呼ばれていることをジャケットの解説で知り、全4楽章を必死に聴いてみたが、涙は出てこなかった。

この時、哀しみとか悲しみというのは、自分がイメージしているものと違うものが世の中にはあるらしいと気づかされた。
モーツァルト交響曲第40番
私の好きなクーベリック/バイエルン放送交響楽団の端正な演奏

この頃、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」のレコードも買った。
こちらは冒頭から真っ青なイタリアの蒼い空を思わせる底抜けに明るい旋律にワクワクしたものだ。
メンデルゾーン交響曲第4番「イタリア」
古い録音だが、トスカニーニの名演で。

ところで、中学校の音楽の先生はK先生だったが、この先生の授業は今にして思うととんでもない授業だった。
先生のお気に入りの曲があると、先生はピアノでそれを伴奏し、生徒はひたすら主旋律だけを歌う、それが何週も何か月も続くのだ。
ある年などは、森昌子の「せんせい」と、ペギー葉山の「雲よ風よ空よ」ばかりを1年間歌い続けたような気がする。

音楽の知識はまったくと言っていいほど身につかなかった。
この反動で高校へ行ったらちゃんと音楽をやりたいという欲望が芽生えたと言ってもよい。

(続く)

八中サマーコンサート
今日は娘が所属している八中吹奏楽部のサマーコンサートでした。



ディズニーやジブリなどの曲の前半
各パートごとのアンサンブル
最近のヒット曲などでは1年生・2年生が曲に合わせダンスを披露します。
乗りに乗ったSING SING SINGなどなど。 

最初から最後までとても楽しく聴くことができました。
毎日の練習の成果がすべて現れた素晴らしい演奏だったと思います。 

パーカッション・ピアノ担当の娘は、曲ごとに違う楽器を演奏しました。
そつなくこなしていたと思いますが、まだまだバチや楽器がコントロールできていないことが遠目で見てても分かります。これからの成長に期待したいと思います。

3年生にとっては、最後の演奏の場になりました。感動の舞台になりましたね。
これからも形や場は変わっても、音楽を続けていってほしいです。

吹奏楽コンクール
今日は中1の娘が所属している吹奏楽部のコンクールが、高山市民文化会館で行われました。

7分間の自由曲1曲で審査が行われます。
塾生の何人かもコンクールに向け、頑張ってきました。

結果は銀賞で、残念ながら県大会への出場は果たせませんでしたが、難しい曲を短期間によくぞここまで仕上げられたなぁと驚きました。

曲の難度を下げて完成度を上げる方向でいくか、難しい曲に果敢にチャレンジする方向で行くか、どちらが子どもたちにとって得るものが大きいか、これは難しい問題ですね。

吹奏楽器というのは、「音を作ること」から始まります。

「音」というのは、突き詰めて考えていくと、ある「たった一つの音をどう出すか」ということに集約されると思います。

音程、口や唇の形(アンブシュア)による音色、息の強さ、タンギング、音の大きさ、長さ、タイミング、音の終わり方・・・

打楽器でも同じで、トライアングルの「チーン」という音なら、楽器のどの部分をバチ(?)のどの部分で、どの方向から、どのくらいの力・加速度で、どのように叩くかで、音は変わってきます。

こういった一つの音にどれだけこだわり続けることができたかが、ベースとしてまず問われます。

その上での合奏ですね。

退屈な基礎練習も、そのたった一つの音につながっているという思いを常に持ち続け練習に向かうことが大切なのですね。

「一つ一つの音を大切に」と書いてしまうと、月並みな感じがしますが、その意味を全員が深く理解する必要があります。

・・・なんてことを書く資格が自分にはないことは、重々承知なのですが(^^;)


また、合奏を経験されたことのある人ならわかってもらえると思いますが、

例えばいつものようによく知ったメンバーが指揮をして練習をしていて、あるとき、指揮者が他の人に変わる。
するとその瞬間に、全体の音楽がガラッと変わってしまうことがあります。

例えば80%ほど真剣に取り組んでいた人が、指揮者が変わり残りの20%に意識が及び、変化が生じる。

その変化が同じ方向性・ベクトルを持ち、それが全員に同時に起こると、一瞬にして全体が変わるのですね。

今回のコンクールを聴いたことは、私にとってそういう可能性の素晴らしさなどを考える大変よい機会にもなりました。

皆さん、お疲れ様でした。次はサマーコンサートですね!

3年生の人は悔いのないように取り組んで下さい。
その後、今度は夏期講習で頑張りましょう!

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