Paskel's room

プロフィール
パスケルさん
 Paskel’s room
 八幡の学びの森パスカルの
 塾長パスケルのブログです。
 趣味はリコーダー・オカリナ
 演奏、落語・音楽鑑賞、
 日曜大工などです。

 下のプレーヤーで
 "Paskels"による
 多重録音のリコーダー演奏を
 お楽しみ下さい。 一人で全
 パートを吹いています。

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「黄昏」
3つ前の愛宕公園の記事のコメントに、映画「黄昏」をお薦めしますと書いた。

観たのは30年ほど前だが、当時すごく感動した記憶があったので、先日DVDを購入した。そして今日ゆっくり鑑賞した。

「黄昏」は、老境を迎えた夫婦の絆、親子の断絶と和解を細やかに描いた映画だ。
夏の緑が豊かな湖畔の山荘が舞台である。

ところがなぜか私はこの映画は「紅葉が見事な湖畔」を舞台にした映画だと思い込んでいた。
いつ紅葉が出てくるかと思いながら観ていると、紅葉は最後に2カット、時間にしてわずか数秒しか映っていなかった。

なんてこった。何か別の映画とゴッチャになってしまったのか。
ヒッチ・コックの「ハリーの災難」もほぼ同時期に観たから、それと混ざったのか。
実り、円熟、老い・・・そのイメージと紅葉を勝手に結びつけてしまったのかもしれない。

血湧き肉踊る冒険活劇や、ハラハラドキドキのサスペンス映画もいいが、観終わった後、落ち着いた余韻がずっと心に残る映画もまたいいものだ。

このような映画がよい興行成績をあげ、アカデミー賞主演男優賞、女優賞を取ったというところに、アメリカ映画の懐の深さがあると思う。

アナと雪の女王
ディズニーの「アナと雪の女王」が3月14日に封切りになります。
下に貼り付けたのは、主題歌「Let It Go」 を
25カ国の言語で歌ったものです。

1分12秒から日本語で、松たか子さんが歌っておられます。
海外では、日本語が一番評判がいいようです。
曲のいいところをもらったということもあるでしょうが。 

それにしても25人別の人が歌っているのに、全体として違和感がないですねぇ。

「かぐや姫の物語」私見
高畑勲監督の「かぐや姫の物語」

ストーリーは原作に忠実に沿ったものになっていますので、特にネタバレにもならないかと、少しそのテーマについて書いてみたいと思います。

映画では、3つの世界が提示されます。

1つ目は、かぐや姫が育っていく、翁夫婦が暮らす山里の世界。
狩猟採集生活のような、自然と共生する原初的な生命の営みが示されていきます。すべてが「生の悦び」に満ちた世界です。

私もこんな世界に生きたことがあります。それは幼少の頃、川で遊んだり野山を駆けまわっていた頃です。映画の中にもそんな少年たちが登場します。

また、娘が生まれてからの数年間は、まさに姫を育てる翁夫婦と同じく、驚きと感動の毎日を送りました。後にかぐや姫が月に帰ると聞いた翁が、「毎日が天にも上るような気持ちで暮らした日々」を思い出し、号泣するシーンがありますが、同時に私もその頃のことを思い出し涙しました。


2つ目は、翁夫婦が都に作ったお屋敷での世界。
翁はここでかぐや姫を高貴な姫君として育てあげようとします。

ここは現在でいう「都市」そのものを表しています。そこは人の意識の世界、人工的、文化的なものが満ち溢れる世界です。

姫は最初「これが私のおうち!」とお屋敷に興奮します。
しかし、この世界で生きるには、眉を抜いたりお歯黒をしたり、 作法やしきたり、教養を身につけなければなりません。
また、社会化された世界であるがゆえに人間関係も複雑化し、付き合いや駆け引き、言葉だけの薄っぺらい綺麗ごと、嘘偽りなど、山里で暮らすときにはなかった苦悩も生じてきます。

山里の暮らし、都会の暮らし、現代の私たちはそのどちらの世界にも憧れ、共感を覚えます。が、同時に片方の世界だけでは物足りなくなるだろうという自分も容易に想像できます。 

つまり、この2つの世界は両方とも合わせて我々の世界、生の営みそのものなのです。そこで生まれる、喜び、悲しみ、苦しみ、楽しみ、悩み、・・・すべてを含めてそれは「生そのもの」なのです。


そして3つ目は、かぐや姫が帰らなければならない月の住人の世界です。

映画では、月の住人のお迎えのシーンで観客は唖然としてしまいます。
まず、音楽がそれまでと全く異なる少しインド風なテイストでびっくりします。そして月のお迎えの人たちの異様な姿・・・

これは明らかに極楽浄土、あの世の人たちが姫を迎えに来たのだと分かります。
実際この人たちの画の原型は、知恩院にある阿弥陀二十五菩薩来迎図だそうです。


総本山知恩院のHPより

かぐや姫が月の世界に帰るとは、かぐや姫の死を意味しているのです。

この浄土は、完全無欠の世界です。完全であるがゆえに喜びも悲しみも悩みも何もない世界です。

使者が天の衣をかぐや姫にかけると、それ以前の記憶が一瞬で消え去ります。すべてが無になるのです。

会者定離、永遠の別れのシーンで映画は静かに終わります。

エンドロールが始まり、二階堂和美さんの「いのちの記憶」という歌が静かに始まります。

下の動画で聴くことができます(動画変更しました)。すべての歌詞はこちら

「あなたに触れたよろこび」とは、生の悦びを象徴しています。
今までのすべてが私の血となり肉となり、今の私を作っている。
そうであるなら、今あなたとお別れしても、いつか同じ世界に私が旅立ったとき、あなたと会い、あなたを感じることができるでしょう、いのちの記憶で。

この歌には救われました。

私の父は生前、死んだら無になるがそれはこの大宇宙と一体になることだ、と言っていました。
亡くなった私の祖父や祖母、父にもいつか会えるときがくる。その時は、きっといのちの記憶でわかり合えるというのです。
涙が止まりませんでした。


映画を見終わった後、一緒に観た人とその映画について話をするのはあまり好きではないのですが、帰りの車の中で「生の讃歌、いのちの讃歌だよなぁ」、「そうやなぁ」と家内と話をしました。

毎日の生活が「いのちの記憶」となるよう、一日一日を大切に精一杯生きていきたいと思います。


かぐや姫の物語
お正月には2本の映画を観に行くことができた。
最初に観たのは、「かぐや姫の物語」。 

この作品は、高畑勲監督の作品。日本最古の物語と言われる「竹取物語」を題材にしたアニメーションだ。
題材にと言ったが、そのストーリーは竹取物語そのものと言ってよく、誰もが知っている話の流れとなっている。

ただ、アニメーションはすべて筆で書いたような線で描かれ、背景も滲んだりぼけていたり、細かく描き込まれていなかったりと、ジブリの他のどのアニメとも異なるスタイルである。

このような線を1人の作家が描くのなら分かるが、2時間17分のアニメにするには1秒24コマとして、20万枚近くの画が必要となる。
当然、多くのアニメーターが筆のタッチを共有し、分業して描くことになるのだろうが、それは途方も無い作業だっただろうなと想像がつく。

柔らかいラインで描かれたものが風でふわりとゆれたり、空間を移動する際のアニメーションが見事で、何度もため息をついた。

この映画の感想をネットでみると、完全に賛否両論に分かれている。
否定派の人は、アニメーションはすごいがストーリーが単調でつまらない、テーマが分からないという意見が多いようだ。

しかし、私にとってこの映画のテーマほど、後からジワジワくる作品はなかった。
映画を見終わってからも、ずっとこの映画のことを考え続けているほどだ。

もう一度観る必要がないほど、深いテーマをすでに私の中に芽生えさせてくれた映画になった。

まだご覧になっておられない方にはネタバレになってしまうので、続きはしばらくしたらまた書きたいと思う。

映画二本
先日書いた「ネットで『ラストですげぇとなる映画』」として紹介されていた映画」の中から、2本を観ました。

一本目は「バタフライ・エフェクト
2004年に公開されたアメリカ映画です。

あらすじ~Wikipediaより

時折、記憶を喪失する少年だったエヴァン。成長してからはその症状も無くなったのだが、ある日、その治療のために小さい頃から書いていた日記を読むと過去に戻れる能力がある事を知る。
自分のせいで幼馴染のケイリーの人生を狂わせてしまった事を悔やみ、過去に戻り運命を変える事を決意する。しかし、過去に戻り、選択肢を変えることにより新たに始まる人生は、ことごとく、彼を含め彼の愛する人の誰かが、幸せではなかった。エヴァンは、自分とその周りの人々が、全員幸せになる人生を求め、戻るべき過去の時点と、その選択肢を模索する。


バタフライ効果とは、カオス理論に出てくる言葉で、蝶が羽ばたけば地球の裏側で台風が起こるといった意味で使われます。最初のちょっとした違いが後に大きな差異となって現れてしまうということを意味しています。

人生のちょっとした瞬間の自分の行動が、その後の人生を大きく変えてしまうことになる・・・というのは、大いに共感できます。
私も、もしあの時、こうしていれば、また、ああしていなければ、その後の私の人生は今とまったく違ったものになっただろうなとよく思ったりします。

映画では主人公が特殊な能力によって、何度も人生のやり直しをします。
よくできた映画でおススメです。ただやはり暴力シーンなども多いので子どもにはちょっと観せられません。


もう一本は「エスター
2009年公開のアメリカのホラー映画です。

あらすじ~Wikipediaより

かつて3人目の子供を流産したケイト・コールマンとその夫のジョン。彼らはその苦しみを癒すため、孤児院からエスターという9歳の少女を養子として引き取る。少々変わってはいるが年齢の割にしっかり者であり、すぐに手話を覚えて難聴を患う義妹のマックスとも仲良くなるエスター。だが、やがて彼女は恐ろしい本性を見せる。


いやぁ、この映画は本当に怖かった。夜中に真っ暗な部屋で一人で観たので、余計に。
エスターという子が出す異様な雰囲気、その残虐性、そういうものがたっぷりと示されていきます。怖がらせる観せ方、テクニックは、まさにホラー映画の王道を踏襲しています。

ところが、後半で明らかにされる衝撃の事実・・・
これはまったく予想していなかったので参りました。

ホラー映画が好きな方で観ておられない方は是非観てみて下さい。
これもかなり残虐なシーンが出てきますので、お子さんや女性は観ない方がいいです。たぶんトラウマになります。

どんでん返し
やっと2000年に公開されたアメリカ映画「メメント」を観た。

あらすじ
ある日、主人公・レナードの妻が、自宅に押し入った何者かに襲われ殺害されてしまう。レナードは現場にいた犯人の一人を銃で撃ち殺すが、犯人の仲間に突き飛ばされそのときの外傷で、10分間しか記憶が保てない前向性健忘になってしまう。
復讐のために犯人探しを始めたレナードは、自身のハンデをメモをする事によって克服し、目的を果たそうとする。出会った人物や訪れた場所はポラロイドカメラで撮影、写真にはメモを書き添え、重要な事は自分の体に刺青を彫り込んだ。しかし、それでもなお、目まぐるしく変化する周囲の環境には対応し切れず、困惑し、疑心暗鬼にかられていく。
果たして本当に信用出来る人物は誰なのか。真実とは一体何なのか。

この映画はストーリーを終わりから始まりへ、時系列を逆向きに映し出していくという斬新な形式を取っている。
もちろん逆さ向きに映像が流れるわけではない。最初の10分間順行で映像が流れた後、次にその前の10分間が順行で流れる、という風に遡っていく。

観始めてからずーっとわけが分からない状態が続いていくのだ。映画の半ばを過ぎたあたりから、やっと輪郭がつかめ始める。
見終わった後にもう一度、時系列順に見直して、やっと理解できるようなめんどくさい映画だ。

これはちょうど朝ドラを最終回から第1回に向かって、逆に観ていくようなものだ。
例えば
鈴鹿ひろ美が海人カフェという場所で歌を歌っている。その歌声を聞いた観客は大喜びしている。ところがなぜか数人だけはその歌声を聞き、驚愕している。
春子という人はなぜか突然若返り、マイクを持って鈴鹿ひろ美のところへ駆け寄ろうとさえしていた。
なぜだ? なんなんだ? という疑問が回を遡るに連れ、解明されていく・・・

メメントの登場人物は少ないので、朝ドラほど複雑ではないのだけれど、それでも見終わってから、思わずネットで解説を読み、やっとわかったと言えるような複雑なストーリーだった。

暴力シーンも多いので家内や娘には観せられなかったが、私にとってこの映画の手法は忘れられないものとなった。

ネットで「ラストですげぇとなる映画」として、

「バタフライ・エフェクト」
「ファイト・クラブ」
「シャッター アイランド」
「エスター」
「インセプション」
「母なる証明」
「さんかく」
「シックス・センス」
「猿の惑星」

などとともに、メメントが挙げてあった。
まだ観ていないものも多いので、この秋順に観ていこうと思う。

「どんでん返し」の映画で、私が上に追加するとしたら

「情婦」
「スティング」
「悪魔のような女(1955)」

あたりかな。

トトロ
映画「となりのトトロ」で好きなシーンの一つに、お母さんのお見舞いに行く場面があります。

それまでの話では、お母さんが何の病気かわからないが、七国山病院に入院していることだけが示されています。

観ている人には
「お母さん」ってどんな人なんだ? サツキやメイにとってどんな存在だ? 母と子の関係はうまくいっているのか?
といった小さなストレスが心の中に生じています。


ここから画像を拝借

 お母さんがサツキの髪の毛をとかしながら、サツキに話しかけます。

 母「相変わらずの癖っ毛ねえ。私の子どもの頃とそっくり」

 サ「大きくなったら私の髪もお母さんのようになる?」

 母「たぶんねぇ。あなたは母さん似だから」

普段から母がサツキの髪をときながら話をする関係だったことがわかり、この時点で観ているものはホ~ッと胸をなでおろします。髪をとかすというスキンシップに近い動作が母と娘の絆を見事に表現しています。

さらにはサツキがお母さんの髪、いや髪だけでなくお母さんにあこがれていることもわかります、母はそんなサツキに「あなたは母さん似だから」と答えます。

この短い動作と会話の中に、今までの母娘の関係が象徴的に凝縮されていて、生じていたストレスが瞬時に消え去ってしまいます。
さらには、何とも言えない温かい思いが心を満たしていくのです。

短い、取るに足らないようなシーンだけれど、大好きな場面の一つです。

借りぐらし
DVDをレンタルし、やっとジブリの「借りぐらしのアリエッティ」を観た。
今や、ブルーレィ・ディスクが50円で7泊8日も借りられることにびっくり。


↑公式サイトへのリンク

映画は小人が出てくるファンタジーだった。(なんちゅうソッケナイまとめだ)
こういう映画は細かい作り込みなどを楽しみつつ、話の流れに身を任せてしまうのがよい。

決して疑問などを持ってはいけない。
そう、細かいことを言い出すとツッコミどころが満載なのだ。

仮に小人の身長が20cmだとして、我々の八分の一くらいだろうか(ゴキブリが出てくるシーンではもっと小さく見える)。
すると、小人の目から見た物体はもっと速く落ちないといけないし、足や手はもっと細くてよいし、声帯も小さいから3オクターブくらい高い声じゃないといけない。水の粘性は考えてあるようだったけれど、涙はでかすぎるし・・・言い出せばキリがない。

次々と浮かび上がってくるこういう思いを必死に払いのけ、これはファンタジーなんだといい聞かせ、物語の流れに身を任せてしまうしかない。


今回は家内と娘が先に観て、私は後から一人で観ることになった。娘が「おんもしろかったよ~」と言いながら、横にいて時々解説をしてくれる。

ハルさんというお手伝いさんが出てくると、「この人 いややよ~ ひーどいんな~」という。
確かに映画の中では小人を捕まえようとする悪役として出てくる。彼女の行動がなければスリルも生まれないしストーリーが生まれない。

しかし現実に私の家に小人が現れたら、私は(おそらく娘も)彼女と同じ行動を取ると思う。

大体、映画を観ていると主人公側に感情移入するものである。
生き物地球紀行などでも「シマウマの親子」が題材ならば、チーターは敵役になるし、「チーターの親子」の回なら、やっとのことでシマウマを仕留めたとき、思わずバンザイを叫んでしまうものだ。


小人と言えば、「ウルトラQ」にも「1/8計画」というのがあった。見たのは小学校高学年の頃だったと思う。
人類をすべて八分の一の大きさにしてしまう。すると人口問題、食糧問題、資源問題などがすべて解決するという計画。幼心にとても楽しかった覚えがある。
こんなお話

また、同じ頃、この映画と同じように小人が出てくる物語を読んだこともあった。出てきたのはコロボックルだったか、別の小人だったか、もうすっかり忘れてしまった。

物語に入り込んでしまった私は、本を読み終わった後、今にも机の上の物陰から小人がひょいと顔を出すような気がしてならなかった。

本の最後に著者のあとがきがあることに気づき読んでみた。そこには
「みなさんがこの本を読み終わった後、物陰から小人がひょいと顔を出すんじゃないか、そんな風に感じてもらえたらとてもうれしいです」
とあって、「くそぅ やられた」と悔しいような複雑な思いをしたことを覚えている。 

ところで、借りぐらしということは、彼らは返すことはあるのだろうか。
DVDは返さなきゃいけないんだが(^^;)

紅葉と映画のことなど
家内が名古屋の勉強会に行ったので、今日は娘と一日過ごした。
結局午後から、実家へ行って母(祖母)に会い、パスカル清見まで行ってみようということになった。
カメラを忘れてしまったので、残念だが、せせらぎ街道は例年ほどではないが、紅葉が美しかった。モミジやナナカマドが赤くなっていないのが残念だったが他の落葉樹は黄色く染まっていた。特に、パスカル清見から少し高山寄りの大原集落近辺は、カラフルでまるで映画の世界のようなふしぎな空間だった。

ところで、美しい紅葉のシーンが記憶に残っている映画は、ヒッチコックの「ハリーの災難」、ピーター・フォンダとジェーン・フォンダが父娘が共演した「黄昏」などがある。

古い映画をまた観てみたくなった。
サスペンスなら、「悪魔のような女」とか「恐怖の報酬」、「死刑台のメロディ」、「情婦」、ヒッチコックの多くの作品など、チャップリンの作品も全部もう一度観たいし、黒澤明監督の映画も全部もう一度観直したい。

人生の残り時間が短いので(^^;)何に集中すべきかをよく考えねばならない。
映画、落語、クラシック音楽、JAZZ・・・ すべてをとことん鑑賞するには時間がないのだ。

でも、今夜はなんとしてもジョニー・デップの「ブレイブ」のDVDを観るのだ!
この映画には、なんと、うちにある骨格模型のパスケル君が出てくるシーンがあるというのだ。
それでわざわざヤフオクで購入したんだから。

DVDを手に入れよう!
Peachさんが、ご主人と製作された

The Heron and the Geisha: A Life in Dance
 日本舞踊・橘芳慧の世界

のDVD出版に向け、支援を呼びかけておられます。


この映画は、夏に私の塾で上映会をさせて頂きました。

正直なところを言いますと、それまで私は日本舞踊に全くといいほど

興味を持っていませんでした。

しかし、一旦映画が始まるやいなや、恐ろしいほどの吸引力で惹き付けられて

いく自分を感じました。


冒頭から、めったに見ることのできない、日本舞踊のお稽古のシーンが

たくさん出てきます。

お弟子さんの踊りにダメ出しをする家元、それはものすごい迫力です。

彼女が一切の妥協を許さず、踊りに込めようとしているもの、

それはおそらく、あらゆる表現者に共通して求められるべきものだと思います。

そう冒頭の数分のうちに、すでにこれが日本舞踊の映画だということを

完全に忘れてしまいました。

体を使って何かを表現する人たち、いや体を使わなくても、自分の内なる

世界を他者に伝えたいと思う人たちには、是非観てもらいたい映画です。


塾での上映会には様々な分野の方が来て下さいました。

上映が終って、照明を点けた時、全員が素晴らしい映画を観た後の、

圧倒され、ドーンと心を打たれた素敵な顔をしておられたのが印象的でした。

是非ともDVD化して頂きたいと思います。


先日、キック・スターターが日本からちゃんとアクセスできるかどうか、

試してみたところ、ちゃんと登録・支援ができました。

説明が英文なので少し敷居が高いかもしれませんが、落ち着いて

入力してみて下さい。

決済はamazonpaymentsと言われるものを使いますが、クレジットカード

が必要です。

住所の欄は空白の行があるとうまくいかなかったので、住所を細かく分け、

全行に入れるようにして下さいね。

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