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久しぶりの学校へ
昨日は、1年ぶり以上に
服飾専門学校へ行って来ました。

出産直前までは、ちょこちょこお世話に
なっていたのですが、さすがに
出産後は行けずにいました。

私はそもそもお裁縫というのは
大の苦手で、家庭科の授業ではミシンを壊すし、
宿題の巾着袋づくりも本当に下手っぴで
自分が大人になってから洋裁を学ぶなんて
思っていませんでした。

石徹白で暮らすことを決めたとき、
はて、どうやって生計を立てていこうかと考えました。

石徹白のような街から離れた場所だったら
黙々と取り組めるものづくりをしていきたいということ、
私自身がアトピーで着る服に困っていたこと、
そして、どうしても生活の中に取り入れていきたい
布があったことから、服づくりをしよう、と決めました。

 
そして、敬遠していた洋裁を思い切って
ちゃんと学んでみようと、岐阜市にある
服飾専門学校に通い始めました。

嫁入り修行のために洋裁をやる、という時代は過ぎ、
生徒さんは少なく、正直、古めかしい学校だなぁと
最初は思ったのですが、先生の技術の確かさと、
丁寧に教えてくださること、様々なアイディアを
一緒に考えてくださることで、
本当に素晴らしい環境でした。

入学後、最初に行う
基礎縫いという、洋裁の基礎の基礎の部分で
すでに泣きそうに、くじけそうになりながらも
何とか踏ん張り、2年間で、デザインから
製図、仮縫い、縫製まで教えてもらうことが
できました。

それでも、洋裁の技術というものは、
一生かかってでも身につけるようなもので
完璧ということがありません。

2年で学校を卒業した後も、
ちょこちょこ通って、
新しいデザインや縫い方など
教えてもらいました。

新しいことを身につけるということは
なんておもしろいんだろう!と
苦手だったものだけれど、
(今も苦手意識はあるけれど)
とても楽しく取り組めています。


昨日は1年以上ぶりでしたが、
まっさらな心持ちで
もくもくと手を動かして
ちくちくとコートの仮縫いをしました。

ちょっと気が早いですが、
今年の秋頃から販売したいと思っている
ガラ紡布の自然染めのコートの試作品づくりです。

今作って試着し、改良をしながら
次シーズンの秋には完成させたいと
思っています。

ゆっくりゆっくり仕上げていくのは、
やはり、着ていただく方に
心地よく感じてもらえるように
私自身が着用して、よりよいものに
していきたいと思うからです。

少しでもたくさんの新しい知識を取り入れて
よりよいものづくりができるよう
自分自身を磨いていきたいと思います。

そのために、月に1度か2度くらいしか
行けないのですが、
この時間を大切にしたいと思います。

このような環境を整えてくれる
子守りを受けてくれる母と祖母に
感謝しつつ・・・。
がんばろう! 
息子1歳の誕生日会
2012年12月11日23:04、
息子が誕生しました。

気がつけば、もうすぐ1歳の誕生日を迎えます。

少し早いのですが、
私と主人の実家の両親とともに
息子の誕生日会を開きました。

1歳になったら、一升餅を担ぐ、ということで
担いでもらいました。
かなり重たくて、後ろに倒れ込み、不機嫌に。。。


主人の実家にみなで集まりました♪
賑やかな雰囲気のもと、楽しく会食。


息子には、できるだけ甘いものを
まだ食べさせたくないので
砂糖なしの手作りケーキをつくりました。


スポンジはバナナとりんごの蒸しパン、
生クリームは豆乳ベースのを無糖で泡立て、
いちごで飾り付けしただけの簡単ケーキ。

結局、いちごを食べてくれただけですが・・・涙。。。

お誕生日プレゼントの三輪車に乗り、
得意気です。


息子が生まれてもう1年、まだ一年・・・
両方の気持ちがあり、不思議な思いがします。

妊娠期間は私にとって、
本当に宝物のような時間でした。

おなかの中に命が宿っていることの実感、
赤ちゃんのことを思いながら、
からだをケアし、生まれてくる瞬間に思いを馳せて
幸せに包まれたときを過ごしました。

それと同時に、石徹白洋品店をはじめた
最初のシーズンだったので
新しい出会い、新しい経験も次々にやってきて
本当に充実した十ヶ月でした。


そして、出産。

出産という経験も、思い出深いものです。

自分がひとつの命を産み出す瞬間というのは
何にもたとえようのないものですが、
自分が動物であること、
一つの生命体であることを
強く実感させられ、
生きていく力を与えられた瞬間のようでした。


次に待ち受けていた育児。

初めてのことだらけ。
ごまかしのきかない毎日。

体も心も疲れ果ててぐったり・・・ということも
しばしばありますが、
それ以上に、息子の成長していく姿を
間近で見られるのは、
これまた、たとえようのない喜びの日々です。

慈しむ心というのは、
こういうときに、おのずと生まれ出るものと
初めてわかったように思います。


妊娠・出産・育児を通して、
私は本当にたくさんの人に
助けられ・支えられていることを
実感しています。

もちろん、これまでだって、
多くの周りの人たちに助けてもらって
生きてきたのですが、
それを今以上に認識することは
なかったように思います。


母として至らないことが多いからこそ、
自分の弱さ、できなさを再認識し、
がっかりする分、謙虚になり
感謝の気持ちを大きくします。


命をつなげていくことの凄さ、
歴史の積み重ねの上で自分が生きている、と
言葉では認識していても、
自分もその中の一部であることを
実体験として経験すると、
命がこれまで続いてきたことに
驚きと、喜びと、そして敬意を感じるのです。


小さな小さな命たちが、
大切に大切に育まれ、
社会を構成し、構築し、
良く生き、
命を産み出し、
そして、良く死んでいく・・・

その繰り返し。

その繰り返しの中に私もいる。

息子がいてくれて
そのことが、ひしひしとわかるようになりました。

命があり、
命を育む大地や太陽があり、
命が命と交わって、命を産み育て、
果てていく・・・

それはごくごく自然なことなんだけど、
そんな自然を偉大に感じます。


私を母にしてくれた息子に
心から感謝をします。

あと2日で1歳になります。

これからも、すくすくと
おおらかに、おおきく、穏やかに
育まれていってほしいです。






 
森本喜久男さんお話会、終了いたしました
本日、カンボジア・クメール伝統織物研究所の
森本喜久男さんのお話会を
郡上八幡の願蓮寺で開催させていただきました。

たくさんのみなさんのご協力のもと、
30名近くの方にお集まりいただき
熱気に包まれたすばらしい会となりました。

本当にありがとうございました。

平日の昼間ということで、
子育てママにも参加してもらいたかったので
託児コーナーも設けました。

いろいろと調整してくださった
もりのこ鍼灸院の加藤さん、ありがとうございました。


カンボジアでの活動内容を
スライドショーによって紹介していただきました。
みなさん、真剣にお話を聞いてくださいました。


私は現地にも何度も足を運んでいるし、
このようなスライドショーも何度も見せてもらっているのですが
毎回、新しい展開のお話を聞くことができ
刺激をいただいています。

自然のものによる染めは、落ちるもの、という常識を
覆すような、世界的な取り組みを実践されていて
いろんな意味で、希望の光を見たように思いました。


というのは、私が扱っている素材は、
繊維自体(オーガニックコットンや麻など)には
納得がいっても、染められたものって、
染め材や媒染液に疑問が残ったりして
カンボジアシルクのような
本当にピュアなものって、
なかなか手に入れられないのが現状なのです。

自然染めとうたうものであっても、
染め液をどこかで買って染めてあるものがほとんどで
染め液自体のクオリティは知る由もありません。

本来であれば、身の回りにある自然のものから
目に見える範囲で、染料をいただき染めることが
本当の意味でピュアな染色ができると思います。

それが、「自然染色は落ちてしまう」という
これまでの歪んだ常識にのっとると
難しいことのように思われてきました。

でも森本さんは、実際に、自然の染料は落ちない、
というのを、実証され、そういうものづくりを
されています。

だから、私はそれに学び、
石徹白にある自然のものから色をいただきながら
ものづくりをしていける確信を得ました。



食べるものも、住む家も、そして着る服も、
私たち人間は自然の恵みの中から
いただいて生きています。

それが見えづらい今の世の中だから、
よけいに、それが見える形にこだわってものをつくり
伝えていくことが、大事なことに思えます。

カンボジアのその村に行けば、それが一目瞭然です。
日本でだって、できないはずはないと思うのです。

小さな歩みでも、
少しずつ、そういうかたちを
石徹白でかたちづくっていきたいと思います。

そんな決意を固める、すばらしい機会になりました。

森本さん、ありがとうございました。
 
11/22(金)森本喜久男さん講演会@郡上八幡願蓮寺
11月22日(金)に、郡上八幡の願蓮寺で
クメール伝統織物研究所の森本喜久男さんを
お呼びして、講演会を行うことになりました。

13:00開場、13:30開始の予定です。


平日の昼間なので、子育て中のママさんたちにも
たくさん集っていただきたいと思い、
託児もご用意しています。

小さなお子様連れでもかまいませんので
ぜひぜひお越しいただければと思います。


思えば、森本さんと初めてお会いしたのは
もうかれこれ10年以上前のこと。2002年だったと思います。

大学2年生だった私は、
発展途上国支援を研究テーマにしていて
カンボジアの子供たちを救うNGOで
ボランティアをしていました。

その団体のエコツアーに参加し、
初めてカンボジアを訪れましたが、
その団体の活動は、何かを与える、というもので、
彼らの自立を促すようなものではないと感じました。

カンボジアの人々が自分たちの力で
生きていくためには、日本人として何ができるのだろう・・・
と考えていたときに読んだのが
森本さんの著書「メコンにまかせ」でした。

押しつけの支援ではなくて、
彼らの持っている伝統やルーツを大切にしながら
そこに暮らす人々とともに力を合わせて生きていく、
というようなスタンスで考え・動いてみえる
森本さんの活動に感銘を受けました。

そして、森本さんにコンタクトをとり、
カンボジアに赴き、お会いいただきました。

森本さんは、内戦で一度途絶えたカンボジアの
伝統的な織物を復活させるため、
養蚕から染め、織りまでを一貫して行うため、
現地の人々とともに動いてみえました。

そこでは、織物を中心とした村がかたちづくられ、
すばらしい織物が生み出されていたのです。


それ以降、学生時代は毎年、森本さんのところに
滞在し、織物に携わるカンボジアの人々への
インタビュー調査などを行ってきました。

森本さんは、滞在中、食事やお茶の時間になると
すごくいろんなお話をしてくださいました。
そのときの私はきっとそれらを
しっかりと理解できていなかったと思います。

しかし、全体の方向性として、すごく納得ができ、
私の目指していることを、すでに実践されている、
と感じ、毎回、学ばせていただいていました。


私が今、この石徹白にいるのも
森本さんとの出会いがあったからと
言っても過言ではありません。


あまりにも長くなるので、、、 割愛しますが、
そんな森本さんの姿から学び、
私は石徹白で実践をし、
こうして、今でも、つながりを持たせてもらえるのは
本当にありがたいことです。

そして、励みになることです。

いつまでも勉強させてもらいたいと思っています。

息子を連れて、早くカンボジアに
また行きたいと夢見ています。
いつになることやら・・・。


ということで、長くなりましたが、
11月22日(金)のチラシです。


託児を希望の方は事前にお知らせください。

みなさんのお越しをお待ちしています。
分かち合える仲間
4月7日、豊森なりわい塾のギャザリングが開催された。

豊森なりわい塾とは、トヨタ、豊田市、NPOの3者が
協同して、山村でなりわいをつくっていく人を育成する
塾をやろう、ということで、2009年から始まった取り組みだ。

私は、立ち上げ時の事務局スタッフとして2009、2010年と
関わらせてもらった。

岐阜に住んでいたのに
わざわざ遠方の豊田の仕事をなぜ・・・と
自分自身、問いかけ続けてきたけれど、
やらせてもらいたいと思った動機は、やはり、
地域は違えど、同じような問題意識を抱えた人たちと
ともに何かができるかもしれない、という期待があったからだ。

また、農山村で暮らしていく人を育成する、というが、
それ自体、どのような意味や価値があるのか、
または、それが社会にどういったインパクトを与えていくのか、
そもそも、そういう人たちが育つ、とういうことが可能かどうか、
などなど、プロジェクト自体の意義に興味を持ったからだ。

プロジェクトの立ち上げ期から関わらせてもらったので
豊森なりわい塾は、私にとってすごく愛着のある場であり、
2年間、月に一度顔を合わせてきた仲間とは、
スタッフと塾生という違いはあっても、
何でも共有できる仲間だと思っている。

そんな仲間たちと1年ぶりに再会して、
お互いの近況報告をする、というのが7日にあったのだ。



豊森なりわい塾の第一期は、1年目はもっぱら講座を行った。
地域をフィールドにして地元学をベースとした
村歩きをしたり、聞き書きをしたり、
森林問題や農に関する問題、農村集落が抱える課題など
様々な切り口から、月に1度、テーマを設定して、
事務局から準備した講座に塾生に参加してもらう、という形式だった。

2年目は、プロジェクト活動と銘打って、塾生それぞれが
自分の関心のあること、今後取り組んでいきたいことを
見つけて、1年間活動をする、という内容だった。

森林という場に人が集まるような仕組みづくりをしたい、
今国内から消えつつある繊維産業を見直したい、
障がいのある人も幸せに暮らせるコミュニティをつくりたい、
などなど、様々な内容の活動が繰り広げられていった。


このプロジェクトにたどりつくのは、塾生にとっても
かなり大変なプロセスだったと思う。

限定的な期間の中で、自ら目標を立てて、
フィールドを見つけて、具体的に活動を進めていくというのは
平日はふつうに仕事をしている人たちにとって
ものすごくハードなこと。

それでも、できる限りのことをみなさんがやられ、
それぞれに、何か形を残された。

でも、やっぱり、その期間の大変さを思うと、
豊森なりわい塾を卒塾していったら、活動はぷつりと途切れて、
元の生活にみんな戻っていくんだろうなぁと、内心思っていた。


ところが、先日のギャザリングで、それぞれが発表した
近況報告の中では、継続的に活動をしている人や、
違う内容であっても、延長線上で何か動いている人など
豊森でやってきたことが、ベースになっている人も
少なくなかった。


山から家づくりまでをつなげる活動をしている建築士の方。


私はそれは、すごいことだと思ったし、
少しであっても、豊森なりわい塾で試みてきたことが
プラスになっているのかもしれない、と思えてとても嬉しかった。



私自身、豊森が開校するときに、ひそかに自分と約束をしていた。

塾生に負けないように、私も石徹白で住むことを前提に、
何か形になることを始めよう、と。

それで始めたのが洋裁だった。

ちょうど豊森なりわい塾の内容を練り始めた頃から
洋品店をやることを考え始め、
開校と同時に洋裁学校に行き始めて、丸2年間通った。

まさか、豊森なりわい塾で、繊維関係でいっしょにこれからも
やっていける仲間が見つかるとは思っていなかったけれど、
自分自身が明確な目標を持っていたからこそ、
素敵な仲間ができた。



彼女は、新城の養蚕農家に修行に入った。

豊森なりわい塾が始まる頃は、養蚕をやるなんて
思ってもいなかったという。

しかし、一緒に養蚕農家を訪れたりして、養蚕が国内から
途絶えつつあるという現状に問題意識を持った。
そして自ら修行先も決めて、
ついには引っ越しをし、養蚕修行を始めたのだ。

私は彼女の行動力にものすごい刺激を受けて、
私も、やっぱり、「衣」のもととなる「糸」から
手掛けていきたいと強く思うようになった。

今は、彼女に自然染色をしてもらった布で
試作品をつくるなど、実際にパートナーとして
仕事をしていける関係になりつつあり、とても心強い。

お互いの技術を出し合うことで仕事をする、
という関係性だけじゃなくて、
2年間、一緒に考えて行動して、信頼関係を結んできたからこそ、
安心して、わくわくしながら仕事をしていくことができる。

豊森なりわい塾の事務局スタッフをして
もっとも大きな収穫といえば、彼女との出会いかもしれない。


その他にも、岡崎で、コットンを栽培するところから
ガラ紡布づくりをしている㈲ファナビスさんや、
一宮でガラ紡の糸・布づくりをしているキタマさんまで、
豊森をきっかけとして出会ってきた。


こう思うと、私は一スタッフとして以上に
大きな大きな学びをもらえる機会に恵まれて、
本当に幸運としか思えないようなお仕事だった。


(T社のOさん撮影を拝借しました~)

2年間という短い時間で、何がどうなったか、というのは
明確ではなかったけれど、こうして1年おくと
様々な変化があった。

そのスタート地点として豊森があったのだと思うと、
また来年、再来年にどうなっているのか、
自分自身も含めて、さらに楽しみになってきた。


志をともにできる仲間と、
指導を仰げる実践者らと出会えた豊森なりわい塾。

この場をこれからも大事にしていきたい。
すげの里 ほんわか里山交流祭
今日は、豊田市足助町菅田和という地域で
お祭りがありました。

昨年度まで関わっていた
「豊森なりわい塾」が実行委員会のメンバーとして
入っているイベントが実施されたので、
私も参加させてもらいました。



ここは、3年前、豊森なりわい塾の講座で、
フィールドにさせてもらった地域です。

その後、様々な変化があり、
今では里山交流の拠点となるエコハウスが建ちました。

今日初めてこの建物に入りましたが、
薪ストーブで暖をとり、
薪ボイラーで湯沸かし、床暖房をし、
機密性の高い高効率のおうちでした。

しかも近くでは、小水力発電で獣害対策の柵を
設置していました。しかもしかも、地元の人の
お手製のシステム!

名古屋大学の高野先生が説明してくださいました。


この水車はほんとうに小さな小川の流れをつかっていて、
2重になっています。

片一方は、自転車のホイールを利用してつくられたもので
下掛け水車。けっこうきれいに回っていました。


その上には小型の螺旋水車が設置されていました。


本当に小さいもので、出力も小さいのですが、
電柵としては機能する大きさだそうです。

ここらへんは猪の獣害が多いので、
きっと活躍していることと思います。


また、LEDの外灯をつけるための
「ピコピカ」という小さな水車も設置されていて、
主人が説明をしていました。


これも出力が5ワットと本当に小さいのですが、
こんなどこにでもあるような溝でも
電灯がつきます。

家庭用の明りとしては使えませんが、
水がこのような原理で、電気を生む、ということを
知るためにはとてもいい材料かと思います。


今日のお祭りの中心は、山里でつくられた
様々な物品の販売でした。

食べものや、雑貨などたくさんのお店が並んでいました。

豊森なりわい塾からも。

一期生で木材屋さんのKさんは粋な無垢材カウンターで
木材を販売するのかと思いきや、
コーヒーを出していました。


寒かったので飛ぶように売れたそうです。

そのお隣ではヤキソバ。
こちらも完売!どこで出されてもいつも大人気!


そして一緒に繊維関係のプロジェクトをやってきたYさんは
自分で紡いだ様々な糸を出展されていました。


コットン、シルク、ウール。そして草木染めのものも。
特にシルクは養蚕から自分でやったもの・・・
本当に器用に糸をつくられるので、びっくりです・・・。

たくさんの人が手にとってくださって、
いいかんじで売れていきました。

山里で暮らす人も少なくなかったため、きっと手仕事を
される方が編物や織物をするために購入されたのでは
ないでしょうか。

糸で売るっていいですね。


他にもいのしし汁だったり、手作りこんにゃく、
椿油などなど、お手製のものが並んで
にぎやかなイベントになりました。



豊田なので、石徹白からは遠く、普段あまりつながりは
ありませんが、私としては豊森なりわい塾で
いろんな方にお世話になったし、
郡上とは違う魅力、または違う力を持った人々が
多く集まっているので、これからも交流していきたいと思います。


それにしても、もうすぐ4月なのに、足助でも雪に見舞われるなんて
想像していませんでした。

一日中寒く、また、帰りの石徹白への道も吹雪で
真冬に戻ったようです・・・。


春を恋焦がれる気持ちがより強くなりました・・・。

冊子の完成
ようやく完成した銘木に関する冊子。

色々と新しい初めての試みがあり、勉強になりました。

銘木業界、という特殊な世界を取材するということは
去ることながら、内容の提案から構成、編集、
写真の手配、デザイン・表紙の提案まで
ありとあらゆることをやらせていただいて
ようやく完了。道のりは長かった・・・

できた冊子の表紙。


表から続く裏表紙。



けやきの老樹をイメージして描いてもらいました。

彼女は本当に素敵な絵を描きます。
この冊子にとってもふさわしいりっぱな巨木を
描いてくれました。

イメージ通りの、けやき。
私の頭の中にあったものが
そのまま飛び出して来たのでは・・・とおもうくらい
ぴったりだったので、鉛筆画を見せてもらったときは
びっくりしました。

彼女のHPは、こちらです。


中身は、銘木業界に何十年も関わって来られた方や
銘木を扱う木工家の方たち等の取材記事。




全体のデザイン、レイアウトはGoodJobLabの堀くんに
お願いしました。

シンプルに、読みやすく、余白と、文字組みに
注力してもらうという私のわがままに応えてくださいました。

私は、それがデザインで一番難しい、
だけど大事なことと思っています。

読む側から考えて、邪魔をしない、でも目を動かしやすく
頭に言葉が入ってきやすい文字の間隔、フォント、
余白というものがあるように思うのです。

昔の活版印刷で印刷された文庫本を読んだとき
そう強く思った覚えがあります。
レイアウトってなんて重要なんだって!

なので、そういう点に留意して、尽力してくださって
ありがたかったです。




取材自体は、今回、本当に素敵な出会いに多く恵まれました。

銘木に関わる方たちはみなおおらかで、
器が大きく、ゆったりとしたところがあります。

何百年も時を経て育っていく、
人の力ではどうにもできないものだからこそ、
自然体で、ありのままに付き合っていかれるのでしょう。

それがお人柄に出るのではないかと。

取材先の方はどなたも、一緒にいるとすごく落ち着いて
心が穏やかになりました。


そして今回初めての試みで苦戦したのが
限定50部につける美濃手漉き和紙の表紙です。

どうしても美濃手漉き和紙のカバーをつけられたい、
という依頼だったのですが、
印刷はどうするか、デザインはどうするか、
しばらく悩み続けました。

印刷会社のケイズさんや、デザイナーの堀くんの助言もあり
シルクスクリーンで鉛筆画を表現する、というところに
落ち着きました。

そうしたら、色とりどりのやわらかい表紙絵とはまた違い
とても芯のある背筋の伸びるような清らかな絵となりました。

シルクスクリーンの印刷というのも、相性がよかった。



これを50部にだけかけてもらいました。



この、何ともいえない透け感が、
純粋無垢の美濃手漉き和紙の良さを
より引き立てています。



近くで見ると、下から、木の葉の緑が
ぼんやりと見えます。透過性が高い手漉き和紙ならではの
雰囲気があります。



和紙は幸草紙工房の加納武さんが漉かれたものです。

加納さんの紙はとても優しくてやわらかい。
でも、強い紙です。

そして、素材である紙というものの必要とされる部分を
すべて備えた紙らしい紙を漉かれます。

主張しすぎず、控えめで、でも和紙の美しさを
すべて兼ね備える。そんな紙。

来年からは、加納さんの紙で、
石徹白洋品店でもカレンダーをつくらせてもらいたいと
画策中です。(お楽しみに!)



さて、この冊子は販売用ではなく、
依頼主の方が様々な方に配られるということです。

もしどこかで見かけたらぜひ読んでみてください。

久しぶりに丸ごと一冊つくらせてもらい
充実感たっぷりのお仕事でした。

ご縁に感謝しながら、
またライティングのお仕事も精進していきたいと思います。
ようやく入稿・・・
もう、どれくらい前から練り練りしているか
分からないくらい、時間をつかってしまった
冊子づくりが、ようやく本日入稿でございました・・・。

大変だったけど、すごく勉強になるお仕事でした。

ものを書くお仕事をいただくとき、いつも、前提となる
知識がない状態からスタートするので
下地づくりにかなり時間がかかります。

さらに、知識だけではものは書けなくて、
その業界や、地域の雰囲気だったり、
そこに関わる人の、言葉になっていない思いや
これまでの背景など。

そういうものが、何となく肌で感じられるように
ならないと、言葉が出てきません。


2010年に出させてもらった「ほんがら松明復活」も
そうでした。

かなりかなり時間がかかりました。

もっと簡単にいけるかな~なんてたかをくくっていましたが
まったくもって、すぐに書き始められず、
取材スタートから、やはり2年くらいかかりました。

ボリュームが今回は少なかったので
さすがに2年はかかりませんでしたが、
おそらく、半年以上、いや、もっと取材に費やしたのだと・・・。


まったく知らない「銘木」という業界を知ることができ
その奥深さを知りました。

何百万、何千万とする木材が流通しているなんてことも
つゆも知りませんでした。

その仲介役をする銘木商の方、
巨木を伐採する専門の林業家もおいでます。

そして、それらを素材にして加工する
日本を代表する工芸家の方たち。

さらに、それを珍重して、購入する方たち。


この銘木業界が、岐阜は日本でもっとも規模が
大きいというのも驚きでした。

確かに岐阜は森林が全国でも2番目に多く(確か・・・)
木材は豊富ということなのですが、
日本全国から銘木が集まって来る市場があるのです。

その市場を繁栄させてきた人たちにも
お話を伺いました。


普段では、出会わないような方と
こうして接することができるのは、
ものを書くことの特権だと思っています。

それは仕事としてのその瞬間だけではなく
その後の自分自身の生きる糧に
なったりするからです。

今回も、そういう出会いがたくさんありました。


銘木商の方はこう言います。
「木は神様からの賜物と思っています」


木工芸家の方は、
「木という素材は素材以上なんです」
とおっしゃっていました。


これらの言葉は、木と真摯に向き合い、
それとともに生きてきた人だからこそ
発せられるものであり、
私はその表面しか、知ることは、おそらくないのですが、
彼らの生きてきた道筋に触れるだけでも、
とても深い学びになります。


本当にありがたいです。


今回の冊子は非売品で
銘木屋さんの広報ツールになるので
一般に出回りませんが、
どこかで目にした方には
ぜひじっくり読んでいただきたいと思います。


表紙は、私の大好きな絵描きさんに書いていただきました。
まだ発行前なので、ちょっとだけ。。。

裏表紙。ケヤキの木です。



この冊子制作のお仕事をくださった方、
協力してくださった方々に本当に感謝感謝です。

あと少し。

印刷するなかの50冊分には
手漉き和紙のカバーをつけます。

その制作がまだ残っとる・・・

がんばろまい!


今日の愛猫

最近、初彼氏ができた模様。
あまり興味を示さないが・・・。


石徹白にきてよりふくよかになってきたルンタ。
相変わらず人間に愛想をふりまきまくりで、
子育て(上のカランは娘)放棄。。。


銘木冊子の制作
今、取り組んでいるお仕事の一つに
冊子の制作があります。

あるご縁からつながって、
1冊の冊子のライティングを受けることになったのが
かれこれ去年の春頃だったかな。

もっと早くさくさくとつくる予定だったのですが、
そんなに簡単に書けるような内容ではなかったので
じっくりと時間をかけてつくりたいとお伝えし、
構成から編集まで、一貫してやらせてもらいました。

色々と大変で(まぁ、どんな仕事も大変なことはあるけど)
なかなか進まないこともありましたが、
ようやく、2月末頃に完成予定です。

これは、「銘木」を売るための広報ツールとなる冊子です。

建築の構造材ではなくて、
装飾的な要素が多い貴重な木を
専門的に扱う業界があります。

その銘木業界が岐阜県は全国の中でも
もっとも栄えていて、それに関わって来た方からの
依頼でした。

銘木は、ものすごく貴重で高価なものも多く、
(素材だけで数百万とかしたり・・・)
そういったものを用いる木工家の方は、
もちろん腕も素晴らしく、日本を代表するような
作家さんへの取材もさせていただくことができました。

また、大径木を専門に伐採する林業家の方、
それらを使って太鼓を900年以上もつくってきた商店の方、
などなど、これまで触れたことのない世界を
垣間見ることができました。

これも、このお仕事をやらせていただいたおかげで、
すごくいい経験をさせてもらいました。


何だかご縁って不思議だなって思うことが多くて、
何となく、自分が思っていることだったり、
興味関心、方向性に近いことで、
お声掛けいただけることが、最近増えています。

そういうスタンスで居る、ということが、
ご縁をいただける理由なのでしょうか。


だから、自分の中に蓄積されたことが
また次のチャンスを迎え入れてくれたり、
それがさらに蓄積となっていったり・・・という
いいスパイラルになっているように思います。



この流れをよりよい方向に持っていくために
自分が、精いっぱい、一つ一つのことを
丁寧に重ねていくこと、
そして、それによるつながりを大切にしていくことを
忘れないようにいようと思います。



銘木冊子の完成まであと少し。
手を抜かずに、
今自分ができる一番の力を出して
いいものをつくりたいと思います。

それが、次なる作品につながっていくと
確信しています。
ブログを引っ越します
ついに、ブログをムスブログに引っ越しすることになりました。

このブログのヘッダーのイラストは、
私の大好きな切り絵作家さんに作ってもらったものです。

石徹白の冬の風景をイメージしてあります。
女の子の着ているブラウスは、以前私が試作品として
つくったものを参考にして、イメージしてくださったそうです。

彼女の素敵な切り絵に支えられながら、
石徹白洋品店オープン(2012年5月を予定)を
目指していきたいと思います!

ちなみに、これまでのブログはこちらです。

かなりつらつらと書いてきたので、
お恥ずかしいですが、ありのままの思いや
やってきたことを綴ってあります。

もしよろしければ・・・
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