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中津川へ
昨日今日と1泊2日で中津川阿木にある
しずく地藍工房さんへ行ってきました。

次男が産まれる前、
去年の春から秋にかけて、
藍の栽培から藍染めまで学べるWSに
1月に一度通いながら参加してきました。

なので、今回訪れるのは1年以上ぶりで
とても久しぶり。わくわくして行きました。


昨年、藍染めを学ぼうと思ったのは、
軽い気持ちからでした。

草木染めをやっていく者として
藍染めとは、どういうものか、
知識の一つとして頭の中に入れておきたいと思ったのが
最初のきっかけでした。

自分自身が、石徹白で藍染めをやることなんて
そのときは、正直、まったく考えていなかったのです。

あまりにも大変で
私には無理だろうと感じました。

しかし、1年ほどたった今は、
今年から、藍の栽培を、
そして、藍の葉が在る程度まとまったところで
藍建てをして、染めを試みてみようと、意気込んでいます。
そのときは、こんなふうな考えになるなんて思っても
いませんでした。

けれど、きっと、去年半年間、しずく地藍工房さんに
WSで通ったことも、今につながる一つの伏線だったのかも
しれません。そんなふうに思うようになりました。


やはり、藍の色というのは日本人の心に、
血肉にすでに組み込まれているのでは・・・と
思うほど。日本人の多くの好む、そして私自身も
大好きな色味です。

私は今は、浜松から仕入れて来る
インディゴ染め(化学藍染め)の布を頻繁に
使っていますが、本藍染めでない藍であっても
やはり藍は藍。その色をいちいち眺めては
にやにやしてしまいます。

この色、いや、これよりもっと深みがあり、
しかし透明感に溢れる凛とした藍色を
しずく地藍工房の戸塚さんは染めてくれます。

こんな色を、私も出せたら・・・そんなことを
思いながら、ワークショップに参加してきましたが、
それは、私の今後の目指す色として
より明確になってきました。

藍染めの師匠、日置智夫さんには、
「あなたには、あなたの色がある。それを出せればいい」
と言っていただいていて、
石徹白の土や水ならではの、
私らしい色を追求していくことが
きっと醍醐味なんだろうなと思っています。


さて、今回の訪問の目的、
それは、藍栽培に関する土づくりについてと、
藍甕小屋の構造についてお聞きすることでした。

土づくりについては、いろんなことが
頭をめぐっています。

石徹白で無肥料無農薬で野菜をつくってみえる
サユールいとしろさんに、藍の栽培について
ちらっとお話したことがあります。
何も肥料を入れないからこそ、雑味がなく、
お野菜そのものの味がしっかりと濃く感じられる、
そんな農業をされている稲倉さんは、
「藍の色も同じじゃないか?」
「何も入れない方が藍そのものの美しさが出るんじゃない?」
とアドバイスを下さいました。

確かにそうかもしれません。
野菜を食べると、本当にそう感じます。
栄養過多な畑で育ったものは、
どうしてもその肥料の匂いというか、
えぐみというのを感じることがあります。

稲倉さんの野菜には、まっすぐで、余計なもののない
シンプルなんだけど、力強い何かを感じるのです。

藍の色もそうかもしれない・・・
あまり手を加え過ぎず、藍の力と、
土と光と水と、そして人の手と・・・
出来る限りシンプルに・・・。

そう思うと、何も入れないという選択も
ありなのかなと思いつつも、
石徹白は寒くて、藍の2番刈りが
できないかもしれない。
だったら、やはり、肥料をある程度入れて、
葉を茂らせる方法を考えたほうが
よいのでは・・・
ということも頭をよぎります。

鶏糞か、牛フンか、堆肥か・・・
色々と考えていたけれど
未経験者の私があれこれ考えていても
しょうがないと思い、しずく地藍工房の戸塚さんが
実践されている藍の有機栽培について
思いきって聞いてみたのです。

すると、やはり、肥料のバランスには
常に気を配っているという話で
何か1種類のものを入れるというより、
土をいいバランスに持っていくために、
様々な要素を組み合わせて堆肥づくりを
されているということでした。

私もそれを学んでみたいと思い、
どこで学べるかも教えていただきました。
実際に勉強に行けるか分かりませんが、
「バランス」という話には納得がいき、
できれば、有機栽培で、土の状況を整えながら
やっていきたいと思ったのです。

その他にも、藍小屋づくりについて、
藍甕の入れ方について・・・

短い時間でしたが多くの学びがありました。

子供がいるから・・・と
出不精になっていましたが、
やはり現場に赴いて、
直接お会いしてお話することの大切さを
改めて感じました。

そうじゃないと分からないことが多い。
インターネットが発達しても、
やはり顔を合わせて話をしなければ
分からないことがほとんどだと思います。

とはいえ、今日はもっとも冷え込んだ日で
雪も降って、畑は真っ白・・・外は氷点下・・・


お伺いして、外部でお話をしてくださった戸塚さんに
かえって申し訳なかったです。。。

が、本当にいい学びの一日となりました。
ありがとうございました!!



本格的な冬が到来し、
石徹白はここ2日で1メートルほどの
積雪となりました。

ようやく石徹白らしくなりました。
安全運転で、楽しい冬を過ごしたいと思います。
カンボジアでエネルギー自給のプロジェクト
今の私の原点ともなる場所、
それがカンボジアで伝統織物を
復活させている
クメール伝統織物研究所です。

主宰されている森本喜久男さんは
10年以上かけて、
伝統の絹織物をつくりだすために必要な
「伝統の森」を生み出してきました。

ここでは、荒野を耕し、畑をつくり、
桑を植え、養蚕を始めた。
そして、染め材となる草木を育て、
繭から糸を引き、それらを染め、
織物が創られています。

織物に携わる女性たち、
そして彼女らの家族らが
ここを暮らしの場として
食べるものを育て、魚を獲り、
豊かな気持ちで幸せに過ごしています。

自然の恵みに依拠し、
土から生まれた布を暮らしの糧にし
自然のペースとともに成り立つ村ですが、
ここで使用されるエネルギーは
まだ石油に頼っています。

そこで、ここを流れる川を使った
小水力発電を導入することで、
この村で使用される電気を賄うという
プロジェクトが始まっています。

私が岐阜市に住んでいたときに
ご縁のあった名古屋大学で環境学を学び、
小水力発電の設計をしている若き専門家、
岡村鉄兵くんが、
現地に足を運んで、
調査をしながら導入作業を進めています。

また、国際協力のエキスパートである
田島誠さんを中心にしたメンバーが集まり、
このプロジェクトの成功に向けて、
動き出しています。

このプロジェクトに必要な資金は約700万円ですが、
その一部を、クラウドファンディングで募ります。
1月15日から90日間の間で100万円の
資金調達に挑戦します。

こちらが、明日1月15日からスタートする
サイトです。 

私は現地に行って何かお手伝いすることが
なかなかできませんが、
プロジェクトの資金集めや広報など、
日本でできることをやっていきたいと思います。



私はいつか、ここのように、
「衣」を中心としながら、
自然とともに暮らす場を
実現させたいと思っています。

そこに関わる人はみな充実し、
幸せで、子どもも大人もみな心豊かに
ときをともに過ごしている。

そんなイメージを持ちながら、
そのために、今できると思うこと、を実践しているつもりです。

目標となる場はここと、
そして、2009年に訪れたブータンの
歩いてしか行けない村。

素朴で、たくましく育つ子供たち。
お金がたくさんあるわけじゃないけど、
だからこそ、心が満ち足りた幸せな生活。 



IKTTの伝統の森に学び、
ブータンに学び、
私の妄想は膨らんでいきます。


妄想だけれど、
目の前のやるべきことをやっていけば
近くに辿りつける気がするのです。


一歩ずつ、精いっぱいやっていきたいです。 
近江八幡島町の宵宮祭り
4月18日の夜は、近江八幡まで行ってきました。
石徹白に移住する前に数年間通って
取材させてもらった、60戸の小さな集落でのお祭りです。

50年ほど前に一度途絶えてしまった
お祭りで奉納する「ほんがら松明」を
地元の長老らが、自分たちが覚えているうちに、と
復活をさせ、
それがきっかけで、映画「ほんがら」が完成。

それを見て、私は感銘を受け、
後追いで、本を書きました。

そこでは、地元の人たちが主体となって、
地道ながらも、継続的に
地域づくりの活動を進めています。

地域活性化の事例になるような
派手な事例や、目立つキーパーソンが
いるわけではないのですが、
かえって、それが、ごくごく自然に
集落が継続していくための
大きな要因になっているのではないかと思い、
取材をさせてもらいました。

別に、大きく取り上げられることが大事なんじゃなくて、
本当の意味で、そこで続いてきた暮らしが続いていくことが
一番大事なこと。

石徹白での実践に、大きなヒントをいただきました。


2011年、石徹白に引っ越ししてからは、
出産もあり、一度も行けなかったのですが、
息子が2歳と、少し大きくなり、
二人目の出産の前には!と思いたち、
家族で訪れました。

小さな御宮の境内に、
所せましと巨大な松明が並べられます。

最初は、「子供松明」といって、
小さな松明を男の子のためにお父さんやおじいさんがつくり、
それらを奉納するところからスタートします。


各組で一本ずつつくられた松明。
奉納のときを待ちます。


神様をのせた太鼓の渡りがはじまると、
一本ずつ火がつけられていきます。

ほんがら松明は、この中でもっとも太いもの。
一本のみです。

ほんがら以外は、「どんがら松明」といわれ、
横から火がつけられていきます。

しかし、ほんがら松明は、松明の中が空洞になっていて
そこに炎を通して、頭から、火をつける、という
特殊、かつ難しい火のつけかたによって奉納されます。

こんなふうに傾けて、下から点火するのです。


ものすごい重量の松明を、
地域の若者らが傾けて、
氏子総代の方が、火を入れるのです。

大変な作業。
そして、この後、炎を上に上に送るため、
「地つき」という、みんなで松明を持ち上げて落す、
ということを繰り返します。
ここがもっともヒートアップするどきどきわくわくのシーン。

そして上手くいくと、最初にてっぺんから炎が出て、
順番に燃えていきます。



今年は、途中で横から出てきてしまいました。
松明の途中に、藁や菜種殻の覆った部分で
薄いところがあったのでしょうか。

しかし、どんがら松明よりも長く、巨大な蝋燭のように
燃え盛り、迫力満点。


ほんがら松明が途絶えたのは、
どんがら松明より、作るための材料が多く必要となるし
時間もかかります。

これらの材料は、地元でとれる稲藁や、菜種殻、竹など
なので、それらを確保することが難しくなった、
加えて、サラリーマンが多くなったため、
昔のように雨降りのときに、みんなでわいわい集まって
つくる時間がとれる、というわけにはいかなくなった
という時代背景があります。

それでも、やっぱり、ほんがら松明は、
こうやってお祭りを盛りたてるし、
本来、意味があって、奉納してきたもので、
地域の人の手によって復活し、
今も継続しています。


小さくて人数も限られるこうした地域で
こうした伝統的なお祭りを継承していくのは、
今の時代、簡単なことではないように感じます。

しかし、大変さもありつつも、
一年に一度の大切な行事として、
協力し合って、
もはや、当たり前のように
ほんがら松明が奉納される環境が
整ってきていることを感じました。

地域づくりって言葉が叫ばれ、
たいそうな、特別なことをしなくては
ならないような気がしてしまいますが、
実はそうではなくて、
自分たちがすでに持っている
足元にある小さくても大切なことを
見つめ直し、続けていくことこそが、
地域に住み続けたいと思う愛着につながる。

それがじわじわと子供や孫に伝わっていくことこそが
地味かもしれないけれど、大切なことなんだなと
島町を訪れて感じました。

日々たのしく、ここで生きる。
それに尽きる。
そのために、自分ができることをやる。

それを忘れないでいようと思います。


「聞き書き集 石徹白の人々」を読まれたい方へ
先日、「聞き書き集 石徹白の人々」の
第2作目が完成しました。

第1作目は、昨年4月に発行され、
多くの方に読んでいただいています。

第2作目は、これから地域の方へ配布するとともに、
興味のある方にも、お送りしたいと思います。

第1作目表紙。(イラスト:野々村公花ちゃん)


第2作目の表紙。(イラスト:南景太くん)


石徹白で聞き書きの会を始めたのは、
「聞き書き甲子園」をやってみえる
澁澤寿一さんとの出会いが大きなきっかけと
なっています。

私自身、学生時代に、カンボジアの
織り手のおばあちゃんのライフヒストリーを
聴き、まとめたものが卒業制作だったので
その意義深さは感じていたのですが、
それを日本でやろうとは思っていませんでした。


しかし、毎年高校生が、日本全国の「名人」といわれる
長老らに話を聴き、聞き書きとしてまとめるという活動によって
失われつつある素晴らしい技術や知恵を保存する。
それだけではなく、その人の「心」を
話の聞き手が 継いでいき、
聞き手の人生までも変えていく・・・ということに
感銘を受けたのです。

澁澤さん自身、これほどまでに
聞く側に影響を及ぼすのか・・・と初めは
思ったそうです。
当初は、知恵や技術の継承をもくろんでいたと。 

けれど、実際は、
聞く側の成長に大きくつながり、
それが、これからの日本の未来をつくるにあたって
とても大事なことになると・・・

高校生のときに聞き書き甲子園を経た子たちが
大学生や大人になってから、農山村の
地域づくりに主体的に関わり始めているという
ことも、実際に起こっています。



若者が、どういう生き方を選んでいくか、
というのは、その個人に任されるけれど、
長く、日本において、
営まれてきた生業や生き方が
戦後の短期間で喪失され、
多くの人がサラリーマンとなった。

核家族化が進み、親世代としか交流を持たない
若者らは、かつてあった農村での持続的な暮らしを
知らなくて、それは、生きるための選択肢にならず、
今の社会に疑問を持ったときに逃げ場がない・・・

もちろん、「稼ぎ」になりにくくなったから、
林業や、農業、職人というのが
仕事になりにくくなったという現実も
あるかもしれないけれど、
そもそも、「知らない」ということも
あるのではないか・・・。


それとともに、私は、自然の成長のスピードを
越えることなく、共存していくための生き方の
大きなヒントを、
かつての営みを経験してきた人から
いただける、と確信しています。

それが、自然環境が悲鳴を上げる社会に生きる
今の私にとって、とても大事なことだと・・・。

それは、技術や知恵の問題だけではなく、
心・精神面にまつわることです。

自然とともに生きるって、
言葉では美しく聞こえるけど、
そんなに簡単なことではありません。

そして、私自身、それがまだまだ全然できていない。
いや、一生できないかもしれない。
そうではない価値観が前提の社会で
育ってきたから。

生きていく上で、何が「愉しみ」なのか
何が「喜び」なのか、何が「悲しみ」なのか・・・

そういったことが、
そもそも、違ってしまっているのです。

でも、少なくとも、石徹白で聞き書きをしたり
ここで暮してきた長老らと交流することで、
こうした土地で生きていくための
心のあり方のようなものを
頭では学んできました。


何をおいても、雪が降る前に家や畑の回りの冬準備を
済ませることや
長い冬を越えて咲いた花を何よりも愛でる気持ち、
自分で山で採ったり、畑で育てたりしたものを
地域の人と分かち合い喜び合うこと・・・


当たり前のことのようだけれど
街場で住んできた私にとっては
当たり前のこととして
なかなかできないことばかりなのですが、
こうした精神性を持つことが
日々楽しく、喜びを見いだして
張り合いある生活を続けていく
大切な要素であるように思います。


こうした「気持ち」の面を、
浮き彫りにしていくのが聞き書きのいいところ。

通常の民俗調査では
絶対に出て来ない
もっとやわらかくて、あたたかい部分が
伝わってきて、
聞き書きをすると、その人、その人の住んでいる土地が
好きになる。


そんな実践の一つが聞き書きだと思っています。


「聞き書き集 石徹白の人々」と
「聞き書き集 石徹白の人々II」をご希望の方は
送料を添えていただければ、
お送りしますので、お知らせください。


=================
 「聞き書き集 石徹白の人々」と
「聞き書き集 石徹白の人々II」の配本について

石徹白の聞き書き集をご希望の方には
送料をご負担いただければ、ご送付します。
数に限りがありますので、
お一人様、1冊ずつの配本となります。

①お名前
②〒
③ご住所
④お電話番号、お持ちの方はメールアドレス
⑤ご希望の冊子
を明記してください。

返信用封筒(B5サイズ以上の大きさの封筒;
角2か角3の封筒)に
返信用のご住所・お名前を記入の上
送料(*)分の切手を貼って、同封してください。

*送料:1冊ご希望の方は300円、2冊とも
ご希望の方は、350円分の切手を貼ってください

数に限りがありますので
ご希望にお応えできる範囲での
配本となります。ご了承ください。

送付先:
〒501-5231 郡上市白鳥町石徹白65-8
石徹白聞き書きの会 平野馨生里 宛
お問合せメールアドレス:info@itoshiro.org

 「聞き書き集 石徹白の人々」(2014)目次
・山の生活もおもしろいじゃで
・よしあきと馬
・忙しい、忙しいが、長生きの秘訣
・美しい暮らしは”ゆい”のお蔭です
・石徹白を担った男
・「来年の春には釣りに行きたい」
・生み育てる大地 ~石徹白~
・冬の郵便屋さん
・白山
・石徹白人ー人から聞こえてくる故郷ー
・不思議じゃね、おもしろねぇ
~西から上へ嫁いだ女(ひと)の物語~

「聞き書き集 石徹白の人々II」(2015)目次
・石徹白 昭和33年の前と後
・世界一周してわかた「ここが一番いいところ」
・石徹白での暮らし・四季~今むかし
・お盆が一番の楽しみ
・石徹白民謡を唄い継ぐ
・石徹白に来て、そう悪いところはないな
・茂助の家
・船戸鉄夫物語~石徹白編
 
=================
5/24「かみさまとのやくそく」上映会@郡上八幡
郡上八幡の街中にある糸カフェさんにて
糸カフェキネマを始め、2回の上映会が終わりました。

「うまれる」と「つむぐ」。
そして3回目の上映会は
「かみさまとのやくそく」です。



赤ちゃんがお腹にいるときに
いろんなことを感じたりしていて、
それが、3歳や4歳になる頃まで
子供が覚えている、という
「胎内記憶」に関する映画です。



第2子が産まれる前に
見られるチャンスが訪れて
とてもうれしいです。

今回も昼13時からの回は
ママさんタイムということで
お子様連れで見ていただけます。


3月からスタートして、
月1本のペースで上映会が開催されています。

映画館のない郡上でも
観たい映画が観たい!ということで
有志でスタートした企画ですが、
様々な方のご協力に支えられ、
また、新たな出会いに恵まれ
こうして3回目の上映会ができることを
嬉しく思います。


昼の部のお席がだいぶん少なくなっていますので
ご希望の方はお早目にお申し込みください!
4月4日は映画「つむぐ」上映会@郡上八幡
映画館のない郡上でも
観たい映画は観たい!ということで
映画館をつくってしまおうと
有志で立ち上げた「糸CAFEキネマ」。

郡上八幡の街中のカフェ、糸CAFEさんで、
先日、第一回めの映画上映会を行いました。
上映した映画は、「うまれる」。

お蔭さまで満員御礼。
たくさんの方のご協力で
私もかねてから観たかった
映画をゆっくりと観ることができました。

昼の部ではママさんタイムということで
お子様連れもOK。
なかなか子連れで映画を見ることはできませんが、
たくさんの子連れママが参加してくださいました。
しかも、子供たちもみなとってもいい子にしてくれていて
騒がしいことも一切なくて!

本当にいい会になったと思っています。


そして、第2弾を、4月4日(土)に行います。
今度上映するのは、「つむぐ」です。



この映画もかねてから観てみたかったもの。
監督さんとご縁をいただいて、
当日は、上映後に監督さんのトークも盛り込まれています。


そして、映画の内容に関係する
ワークショップも、
昼の部と夜の部の間の時間に行われます。


この映画は、
ある3人の生き方を映し出すものです。

どう生きるのか。

今の社会の価値観に惑わされることなく、
自らの生き方を選びとった3人。

深く考えさせられる
様々な側面からの問題提起を
私は感じました。


これからの時代、
いや、すでに今、
答えはありません。

名門といわれる大学を出て
大企業に勤めて立身出世するというような
単純な方程式のような生き方をすれば
幸せになれる・・・そんな世の中ではありません。


いかに自分らしく生きて
自分らしく死んでいくか。

その中に、いかに幸せを見いだしていくか。

ある意味、迷い出したらきりのない
厳しい社会なのかもしれません。

でも、逆にいえば、
自分らしい生き方を見つければ
誰もがいつからでも幸せになれる・・・

そんなふうにも言えます。

映画「つむぐ」は、
これからの社会における
生き方について、
考えさせてくれます。

ぜひ、幅広い年齢層の方に
観ていただきたい映画です。


定員になってしまうと、当日券はありませんので
事前予約をおすすめします。

ワークショップの詳細については
後日、お知らせします!

みなさまのお越しをお待ちしております!



 
郡上八幡で映画「うまれる」上映会開催!
来る3月15日、郡上八幡の糸カフェさんで、
映画「うまれる」の上映会を行います。

かねてから映画は好きだけれど、
石徹白に引っ越してきてから
なかなか見に行く機会がありませんでした。

しかも単館上映の、結構ディープな作品が
好きなのだけれど、地方上映となると
巨大なモールや街中での上映が多く、
映画の内容と場所性がミスマッチで
大型ショッピングセンターの煌々とした雰囲気に 
見た後の余韻に浸る余裕もない・・・
みたいなことが多かったです。

見たい映画が
見たい場所でやっていないなら、
自分たちで企画してやってしまおう。

そんな勢いで、同じ郡上への移住者Kちゃんとともに、
今回、映画「うまれる」の
自主上映会の企画が始まりました。

はじめは、場所も何も決まっていなかったのですが、
昨年末に企画展もやらせてもらった糸カフェさんが
映画上映に意欲を見せてみえたこともあって
一緒にやらせてもらえそう!ということで、
上映実現に向けて走り出しました。


本当は一人目の息子出産の前に
見たかった映画ですが
県内の自主上映会の日程と
都合がなかなか合わず
見れずじまいでした。

だから今からものすごくわくわくしています。

第2作目の「うまれる ずっといっしょ」も
できればまた改めて上映したいなぁとも
目論んでいます。


でも、こういうふうに願ったことが、
同じように願っている人たちと
つながることで、実現していくのって
本当に楽しいし気持ちのよいことです。

郡上って、確かに田舎だけれど、
田舎がゆえに、大きな権力や組織に頼って
生きていける土壌ではない分、
みんながフロンティア精神を持っていて、
一緒に走れる、みたいな感覚があって
日々わくわくすることが展開されていきます。

きっと、こういうところには、
自分で何かを起こしていこうとか、
やってやろうとか、そう思う人が
集まるんだろうし、
逆にそれくらいの気合がないと
移住するにも踏み切れない土地なのかもしれません。


そうそう、チラシがようやくできました。
入稿したばかりなので、
手元には1週間後にしか届きませんが・・・

チケット取扱所のお店には
2月半ばごろから配置いたしますので
ぜひご覧ください。


ミニマルシェも必見です!
映画をご覧にならない方でも
ミニマルシェはご参加いただけます♪



当日が今から楽しみです。
たくさんの方のお越しをお待ちしております!!



 
11/11 クメール伝統織物研究所 森本喜久男さんのお話会「土から生まれる布たち」
カンボジアの内戦で、
一度途絶えてしまった伝統織物、

クメール織物を復活させている
森本喜久男さんのお話会を
行います。

郡上での会は今年で3回目です。


森本さんは、織物の復活には、
染めに使う植物、養蚕のた
めの桑の木が必要と、
地雷がまだ埋まっていた荒野をきれいに整え、
織物の村を
つくりはじめました。

それと同時に、織物は人の手によって
土から生み出される
もの・・・

織物に携わる人々が暮らす家、食べ物、そのための森づく
り、
畑づくりなども、カンボジアの人々とともに行い、
自給的な「織物村」が築かれています。

織物は、すべて自然の恵みから
いただいたものでつくられ
ます。
それはかつては当たり前のことでしたが、
今では分からな
くなりつつあります。

あらゆる命が土から生み出されることを、
この織物村では
実感することができ
特に、今の時代において、大切なことを教えてくれる場です。

そんな村での様々な取り組みを森本さんに伺います。
この貴重な機会に、ぜひお越しいただければと思います。

◆日時:11月11日(火)13:30開場、14:00開始
◆参加費:300円 
◆会場:郡上八幡 願蓮寺(岐阜県郡上市島谷)
*会場の駐車場は限りがありますので、近隣パーキングをご利用ください。

◆主 催: 石徹白洋品店
◆協 力:もりのこ鍼灸院  
◆問合せ先:石徹白洋品店 平野馨生里 090-2939-7189 info@itoshiro.org


こちらがチラシです。



年に一度、あるかないかの機会。
ぜひお越しください。

当日は布の販売も行いますので
布に触れていただくことができます。

みなさまのお越しをお待ちしております。
石徹白聞き書きの冊子づくり
今、石徹白公民館で、聞き書きの冊子をつくっています。

ここ3年ほど、公民館として行ってきた
お年寄りからのヒアリング活動をまとめたものです。

猟師だった90代のおじいさんのお話とか、
馬を石徹白で最後まで飼っていたおじいさんとか、
白山の室堂の山小屋で料理人をしていたおじいさんとか、
自宅出産をした70代のおばさんとか、
何人かの方のお話をこれまで聞いてきました。

私だけではなく、「聞き書きの会」として
聞き手を募集して、作品を一緒につくりあげて
もらってきたのです。

今、その冊子の編集作業にとりかかっています。

改めて、これまでつくってきた作品を読んだり
写真の脚注をつくったりしています。


今日は、写真の脚注の確認に
何人かの方のおうちを回ってきました。

そんななかで、
そのひとりのYさんが、「つぼけ」について
詳しくお話してくださいました。


「つぼけ」とは、かやを乾燥させるために
100や200束ものかやを、
2、3メートルもの高さに重ねておいたものだそうです。

かやをどうやって刈るのか、
それをいかに運んで、
どのように重ね、乾燥させておくのか、
そしてそれらの活用方法・・・

ディテールを聞けば聞くほど、
さらに分からないことが出て来て突っ込んで聞く。

そんなことを繰り返しているうちに、
立ち話で30分ほど、お話を伺いました。

そして別れ際に、Yさんは
「こやって話すと、つぼけだけで
1冊でも2冊でも本ができる」と笑いました。

そうなのです。

聞き書きでいろんな話を聞いても、
結局、聞いた話だけだから、実際に理解できていません。

本当にそのことを実践しようとしたときに
圧倒的に情報が足りなくてできない・・・

だから本当に作業を見ながら、真似しながら
やってみないと、何一つとしてできないのです。

それで私の気はさらに焦るわけです。

人や動物の動力だけで苦労しながらも
暮してきた人たちは、もうご高齢で、
それを継ぐ人はいなくなっていきます。

あと何年・・・
目に見えている。

なにかあったときでも、生きていくことのできる
知恵や技術や、力、そして何よりも「心」が
受け継がれることなく、なくなってしまうのが
私には恐怖に感じられるのです。

今だったら、電気や水道や冷蔵庫やテレビなどといった
便利なものがなくても、自分たちの力で生きてきた
人たちがいるから、ここに住む安心感を強く感じます。

いえ、ここだけではない、日本全国共通していえること。


Yさんは、夏は野良仕事で忙しかったと、
そして冬は、わらで縄やゴザを編んだり、
馬の世話をしたり、一年中絶えることなく
忙しかったと言います。

それは、百姓をしている限り仕方なかったと。

言葉では理解して、その大変さを共感できても
本当のところは、絶対に分からないんだろう・・・と
時代の大きな変化を思い、
同時に、自分の生きている便利すぎる社会への
違和感を思うのです。


だからって、今、私が、ここで生きるために
やるべきことを見つけなくてはならなくて、
Yさんが生きてきた時代とまったく同じことを
していてもいけないんだって分かります。

そうとはいえ、この土地で
命をつなげていくために
人々が積み重ねてきたことを
おざなりにもできない。


私は、過去に思いを馳せるために
昔の話を聞いて歩くのではなく、
未来に生きるために、
先人の知恵を分けてもらいたいと思うのです。

それをどういう形で記して表していき、
どのようにして活用していくのが最善か
まだ私には分からずにいます。

しかし、まずは動くしかない。
知恵や技をもった人たちが
元気なうちに、とにかく聞いて歩くしかない。

そう思って、できる限りのことをしています。


この冊子ができたら、
次は、新たな冊子づくりの取り組みが始まります。

それもとても楽しみだし、
反面、気は焦るばかりです。

どうかどうか、間に合いますように。
ひとりでも多くの賢者に
話を聞けますように。

いつも祈りながら、
石徹白内を歩いて回っているのです。 
今考えていること
生きるということを、「衣」を通じて、
考えていきたい。

自然の恵みに人の手が加わることで
生み出されてきた「衣」。

染め織りの技術はもちろん大切だけれど、
それ以上に、より良く生きていこうとしてきた
先人らの「心」を忘れてはいけない。

昨日より今日、今日より明日・・・
その心によって、ものは生み出されてきた。
そして、大切に使われ、最後は土に還った。
その衣を着てきた人でさえも、最期は土になった。

あらゆるもののいのちが、一連の流れのなかで
あるべきふさわしいものとして在り続け、
私は、今、その上に生かされている者の一人。

しかし、私は、今、大きな違和感の中にある。

大量につくられ、売られる。
買っては捨てられる・・・
という衣の悲劇。哀しみが聞こえてくる。

それらを着る私もまた、
知らず知らずのうちに、苦しみ、悲しみの中にいた。
違和感の正体はこれだった。

毎日笑顔で、満ち足りた気持ちで、
在るべき自分で在りたい。と願うとき、
「つくりなおす」ことが必要と感じた。

何を「つくりなおす」のか。

それは、
今の状況が当たり前だと認識してしまう価値観を、
表面的な「便利さ」に流されてしまう心を、
そして、もちろん、
具体的な「衣」のつくられていくプロセスそのものを。

トレサビリティや一気通貫というのは
商品にのっかる付加価値でもあるけれど
本質はそんなもんじゃない。

生きることの足下を見つめ直し、
構築し直すために
実践しなければいけない必然のこと。

少ししかつくれないし手間もかかる。
けれども、 今やらずしていつやるのか。
一貫してやってみて初めて見えるものがあるはず。

先の一歩を見いだすために、
小さな一歩を踏み出すのみ。

私には、そこからやるしか、
きっと先には何も見えてこない。 
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