岐阜新聞 素描 連載第4回「たつけはオーダーメイドだった」
3月22日、岐阜新聞で掲載された
素描連載第4回「たつけはオーダーメイドだった」の
記事はこちらです!




第3回の記事はこちらです。

私の母の世代(昭和30年生まれ)にとっては
オーダーメイドなんて当たり前だったようです。

私の祖母は、洋裁を学び、内職でも服を仕立てていたので
母の服も学生時代まで縫っていたと聞くし、
私の子どもの頃のピアノの発表会のドレスも
祖母が縫ってくれて嬉しかった。

けれど、母となった私の世代(昭和後半生まれ)で
自分の子どもの服を日常的に仕立てるなんて
なかなか見られません。

そうなると、やはり既製品に頼るしかなくて
安くて便利なものが追求されていって、
使い捨てが普通になっていきます。


たつけは、当たり前だけれど、
すべて一点ずつのオーダーメイドだった。
オーダーメイドなんていうと今では高級品に聞こえるけれど
昔は当たり前だったのですね。

生地から作る、あるいは買ってきて、
その人の体にぴったりサイズをつくる。

ほつれたら直して、
できるだけ長く使いたくなるのは
作った人の当然の心情。

今私たちが着ている服と、
当時の服と
もう、そもそも概念が異なる。
まったく別のもののように感じます。


それくらい愛情いっぱいに、
しかも履き心地よいもので囲まれていた。
それらで溢れてはいなかったけれど、
必要な分だけ縫ってもらえれば十分だった。


私は「たつけ」の存在を通して、
さまざまな学び直しをさせてもらっているように
思います。

日本の先人らが大切にしてきたことで
私が知らなかったことを・・・。


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