収穫を終えて・・・
藍の2番刈りも終え、畑が寂しくなると思いきや、
まだまだ雑草が伸びるとともに、
藍も3番目の葉っぱをたくさん出しつつあります。

冬野菜がこれから育つことを思うと、
藍も冬がやってくるまで
葉っぱを伸ばし続けるのでしょう。

とはいえ、師匠は、2番刈りまでしか
やっていなかったといいます。

いくら葉っぱが伸びても、
もう色が薄くなってくるというし、
カラカラに葉を乾燥させることが
難しい季節になってくるからとのこと。

なんだかもったいない気持ちもしますが、
カンカン照りが続いた1・2番刈りの時期でも
あれだけの葉っぱをカリカリに乾燥させるのが
大変だったので、秋雨が降る頃には
困難極まりない状況になるのでしょう。


今年の藍栽培では、本当に本当に
たくさんのことを学びました。

そもそも、畑を本格的にやったのも初めてのこと。

分からないことだらけでしたが、
師匠の近くで、仲間のEさんが
一生懸命藍を育ててくれて、
師匠からの助言をすべて私に教えてくれて、
さらに、石徹白まで仲間がたくさん助けに来てくれたので
ものすごく助かりました。

みんなの助けがなかったら
まったくできなかったといっても過言ではありません。

私が最初に藍染めを習った
しずく地藍工房の戸塚さんは
「いろんな年があるよ」
「1年目より、2年目、それ以降と、楽になっていく」
と言ってくれていたので、
その年の天候等の状況によって
これからも左右され、きっと「正解」はないのだろうけれど
1年目の経験を2年目に活かしていくことができるので、
また、新たな気持ちで、来年の畑へ向かっていけそうです。


正直なところ、私は種から芽を出すのが
とてもとても苦手です。

それは、小学校のときに育てたアサガオから。
私だけ、上手に育てられなかったのがトラウマで、
私なんて絶対に、お花やお野菜は育てられない!と
思いこんできました。

だから、できるだけそういうことには手を出さないでおこうと
これまですべて主人にまかせっきり。

だけれど、どうしても藍はやりたくてしょうがなく、
こうして、始めてしまいました。

それは、やはり、草木染めをしていると
藍という色が必要不可欠に思えてきて、
藍色を見ていると、もう、藍さえあれば・・・なんて
思ってしまうほど、惚れこんでいくのです。
もう病気ですね(笑)


調べて行けばいくほど、しかしながら、
日本人と藍の関係は深く、
切り離せないことが分かり、
さらに、栽培を始めると、
藍には何も無駄がないどころか、
薬にまでなる、ということが分かってきました。

栽培するに必然性があり、
だからこそ、続いてきたものなのですね。


日本の戦後、いや、明治維新頃からの
大きな変化の中で切断されてしまった大切な文化の1つ。

それを見直し、もう一度暮らしに取り入れていきたいと思うのは
私だけでしょうか。

養蚕も、綿栽培も、もちろん、大麻の栽培もそう。

何が大切なのか。
何が私たちの命をつないできたのか。

極端な言い方かもしれないけれど、
石油文明なんて、ここ数十年の話。。。。

なんて言い出すとちょっと深みにはまっていきそうですが、、、

とにかく、藍色は、理由なく、私の心を動かすものであり、
そういうものを身に着けたい!というのが最たる動機であります。


ということで、冬になる前から
来年の畑の準備をします。

マルチを剥がして、馬糞を入れます。
そして耕運機で耕して春を待ちます。

来年はさらなる収穫を目指して
今から鼻息荒くがんばるよー!

またみんな、手伝ってね。(一人でもやるけど!)
いい藍色を出すために、やるしかない!! 
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