生きていくためのバランス ~しめ縄づくり~
いつもお世話になっている石徹白の上在所の
K夫婦は、今でもしめ縄づくりを自身でされています。

秋の収穫時に稲藁をとっておいて、
それでつくります。

神道のおうちなので、しめ縄は一年に一度取り替えるそうです。
神様のしめ縄は、普通の縄とは違って
左縄(左向きになう)だそうです。



90歳近い(大正15年2月生まれ)のKさんは、
お父さんが亡くなった昭和56年から
しめ縄づくりをされているそうです。



「最近の藁は昔のよりみじこう(短く)なった」とおっしゃいます。
おそらく、風に負けないように品種改良して
短くなったのでは・・・とおっしゃいます。

こういうものをつくりには、長い藁のほうがいいのですね。

しめ縄は何本もつくります。飾る場所によって
長さも異なるので、どのくらいの長さが必要かメモされていました。


縄がなえたら、御幣(和紙)を飾って完成です。
神様や、居間などに飾られます。



これらの縄は、どうだろう、半日もかからずに
完成していました。あっという間です。

このしめ縄の他に、「やす」という、門松にお供え物を
するための籠のようなものもつくられました。


藁を最初、円にして、
それに結うように編んでいきます。


門松はふたつあるので、二つ、作られていました。
これまた、見ているとあっという間。


なんとも美しい籠が出来上がりました。


これは門松に飾られます。


よく見ると、こうしてお供え物がされています。


三が日、1月3日まで、朝昼晩とそれぞれ異なった
お供え物を備えます。

私は3日のお昼にお邪魔しましたが、
朝には、お餅とお豆腐を煮たものを、
昼には、白ご飯をお供えするということでした。

ずっとこうやって、しめ縄をつくって、御供えをする
という習慣を、K夫婦は連綿と続けてみえます。

その前も、その前の代も当たり前のように
続けてみえたのでしょう。

もうKさんが、90近くなり、なかなか体も思うように
動かなくなるから、来年はきっとできない、ということでした。
息子さんは、一緒には住んでみえないので、
続けられるか分からないとのこと。

当たり前のことが、当たり前に続けられるって、
その時代背景もあるだろうし、
継ぐ人の問題もあるだろうし、
そう簡単ではないですね。

こうして、なくなっていく習慣が
山ほどあるんだなぁと
このおうちだけではなく、
日本全国の小さな山村集落に
思いを巡らせたのです。



私は、暮らしの中に信仰が根付いていることは
とても大切なことだと思い、
それを実践されているKさんのおうちには
しょっちゅうお邪魔して、
様々なお話を伺っています。

私自身、もともと、実家が仏教で信仰心が篤く、
お盆には家族でご詠歌をうたい、ご先祖様を
お迎え・お送りしています。

心のよりどころがあるということ、
それが生活の一部であって、
当たり前であること、
それが、日々、確かな気持ちで歩んでいくのに
欠かせないと感じるのです。


そんなことを考えているとき、
はて?なぜ信仰心って篤くなるのか・・・と
考えてみました。

難しいことは分からないけれど、
私自身の場合、
例えば、お米や野菜が土と太陽と水から
生みだされて、それをいただくとき、
手を合わせて、ありがたい、ありがたいと
思いながら、どこかにいらっしゃるだろう
神様に、感謝の気持ちを思います。

または、子どもが授かったとき、
無事に産まれたとき、
病気が治ったとき、
ありがたい、ありがたい、と手を合わせます。

何か分からないけれど、
自分や家族が生きて行くために
はたらいている大いなる力があって、
それを感じるときに、感謝をするのです。


うちの食卓の基本は、
主人や地元の人が育てたお米と野菜です。
最近味噌や漬物も自家製で、
顔の見える食材がベースとなっています。

だから、本当にありがたいと思うのです。

どこからきたのか、
どうやってつくられたのか分からないのではなく
どの土地で、誰が、どういう思いでつくったのか
一目瞭然です。

食べていても、よけいおいしく、ありがたく
いただけます。

もちろん、何を食べてもそう思えるのが
一番なのですが、じゃがいもに穴が
あいていようと、大根が曲がっていようと
それがかえって、愛嬌があって、
つくった人の顔が思い浮かんでくる。


私はこのことを、当然のことにしたいと思っています。

お客さんがきたときに、食卓の上に並んだものの
紹介をすると
「すごいですねー」
「自然派ですね!」
「超オーガニックな暮らしですね」と驚かれます。

「えぇ、まぁ・・・」と答えるのですが、
いつもものすごい違和感にとらわれます。

顔の見える関係性の中でしか
暮らしてこられなかった時代では
これって当たり前のことだった。

それが、戦後の、たった50年くらいの間で
いくらでも遠くのものが手に入って、
自分の力では食べものを生みださなくなって、
人に、自分の命を頼って生きることが
当たり前になってきた。

そんな今の時代では
私たちの暮らしは、とても稀有なものに
なってしまったのかもしれない。

けれども、人に命をあずけることが
いかにリスクが高くて、
いかに、面白くないか、
(いや、翻って考えると
自分の力で自分の命を養っていこうと
努力することがいかに面白いかということ)を
よくよく考えると、
今自分が実践しようとしている暮らしくらいしか
思いつかないのです。

もちろん、スーパーもコンビニも
利用することがあるし、
戦前のような生活をすることや、
その生活を続けていくための心を
持ちあわせているとは、
とうてい思わないのだけれど、
せめて、既存の、「当たり前」といわれるような
暮らし方は、どこかで打ち壊していかないと、
いろんなこと・ものが続かないと思うのです。


すべてのものを換金して
(自分の時間とか、労働とか、価値を)、
それで、誰かのものと交換して
生きるだけでは、つまらない。

それによって効率化されて
暮らしが楽になったというのは
あるのでしょう。

でも、あまりにも頼り過ぎている。

災害があって、水が出なくなって
コンビニに行ったら、水が買えなくて、
給水車が来ないと、行政に文句を言うなんて
そんな価値観では生きたくないと思う。

自分や、自分の家族を支えるために
自分の力でできることは自分でやって、
それができないときは、お隣さんと力を合わせ
食っていく、というようなことが
当たり前に、かつてはあって、
石徹白でもまだそういう気質は
残っていると思うのです。

周囲に便利なものがあまりなくて、
閉ざされた集落だから、
新米は次の年にとっておいて古米を食べるとか、
冬は保存食を漬けておくとか、
し続けることができるのだと思います。


私はここにきて、ここに生きる人をみて
日々、多くのことを学んでいます。

それは、生きるためのバランスのとりかた、とでも
いうのでしょうか。

金を稼いで使うのがすべてじゃない。

集落を維持するために必要な労働を
提供し合うことや、
年齢関係なく、杯を交わして笑い合うこと、
何かあったときに、理由なく助け合うこと。


私は弱いから、
どうしても便利すぎるところにいると
忘れてしまいそうになることが多いけど、
ここにいると、
当たり前のように思い起こされ、
私もそう在りたいと思えるから
ありがたいのです。
 

理想はあるけど、現実は・・・というのが
人の摂理と思うけど、
私は、できる限り、
この地域に生きる者として
この地域のために生き、
それがいつしか、ぜんたいのためになると信じて
生きたいのです。

誰のためになるか分からないことをやっていても
ぜんたいのためにならないと思うのです。

 
どんな生き方をするのかは、
それぞれが考えること。

考えることもなく生きているよりは
考え抜いた結果で、生きたほうが
よっぽどおもしろい。

私はそう思うのです。


ここ数日、つらつら思ったこと。

年始のブログになってしまいました。

長い文章を、最後まで読んでくださった方、
ありがとうございました。 
コメントエリア
■やはり、
そのような、世界観というか信仰心を持続するためには、大地との結びつきを常に感じられる生活が必要であるし、何よりも山や水や太陽や風から与えられる幸を日々の生活の中で繰り返し体験するという行為が必要なのだともいます。

循環の中で暮らしていた山里の人々は当たり前の行為として、そのことを続けてこれましたが、現代社会の中で生きるわたしたちは、新たに獲得していかなければなりませんね。

簡単なことではありませんが。
peksan 15/01/04 23:24

■pekasnさん
コメントをありがとうございます。
確かに、こういう価値観は、
今の時代の流れの中で
位置づけ直す必要がありますね。

連綿と継がれてきたものが
寸断されてしまったことを
嘆くよりも、
いかに、改めて考えるか、
改めて暮らしに取り入れるかを
考えたほうがよさそうですね。
かおりんご 15/01/05 10:08

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