今シーズンを振り返って
ついに、本日をもちまして、
今シーズンの石徹白洋品店での店舗営業を
終了いたしました。

今年も大勢の方に石徹白に足を運んでいただき
嬉しく思います。ありがとうございました。


今シーズンのはじまりは、4月後半の
森本喜久男さんの自然染色ワークショップから始まりました。

そして、先般11月11日のカンボジア、クメール伝統織物研究所
森本さんのお話会を行い、
今シーズンの企画物がすべて終了しました。

どういう偶然か、スタートもゴールも
カンボジアの森本さんに助けてもらっての内容で
そうだったからか、今年は、素材づくりについて
思いを巡らせたシーズンとなりました。


「たつけ」や「はかま」、「さっくり」や「はっぴ」など
石徹白に残る古い野良着をお借りしてきて、
その形の、つくりかたの素晴らしさにほれ込み、
今でも使えるようにリメイクしたものを
商品化しています。

ベースのかたちは普遍的で
それは、きっとこれからも
石徹白洋品店の定番となっていくと思います。

ただ、どういう素材で、提案していくのか、
ということを考えたときに、
市場にすでにある布では
なかなか満足いかない、というのが正直なところでした。

それで、糸から、布から、と考えたときに、
納得いく背景でつくられたものを、と思い、
養蚕をしている友人から糸を分けてもらったり
身近な草木を使って染めをしたり、
はたまた、郡上大和のみずほ園さんに
手織り布を織ってもらったりと、
様々な方面から試行錯誤を続けました。

まだ、完璧では、まったくないけれど、
でも、思うような方向性が
ぼんやりと見えてきました。

クオリティを確かなものにするには
時間はまだまだかかりますが、
方向性が見えてきて、
方法論が在る程度分かってきたら、
あとは、挑戦を続けるのみ。

いや、その前に、
方向性をもとに、
大きな夢を描くことを
怠らないようにしています。


一枚の「たつけ」を、
どういうありかたの中で
生みだしていきたいのか、
どういう人に、どういう気持ちで使ってもらいたいのか、
そして、それは、
ぜんたいとして、どういう社会の中で、
どのような位置づけとして在りたいのか・・・


きらきらと輝く、望ましいと思われる
愉快と思える夢を、にやにやしながら
頭に思い描き、
そのために、この一年でできること、
この1カ月でできること、
今日の私にできること、を少しずつ落とし込んでいく。

そんなちょこちょことした作業の中から、
今の石徹白洋品店はできてきたわけだし、
たぶん、これからの、自分自身も
できてくるんだと思います。


残念ながら、この作業は、
気持ちにも時間にも余裕がないと
なかなかできないので
(楽しい未来の妄想を膨らませるのって
いろんな意味での余裕が本当に必要です)
最近は、できていないのですが、
きっと冬になったら、
詰めていけるはず!と期待しながら
日々過ごしています。



私は、2002年に、初めて森本喜久男さんに
カンボジアでお会いしました。

そのときは、今、村となっている土地は
ほぼ荒野でした。

一番最初に建てた小さな小屋が一つだけあって、
そこで、マラリヤになるんじゃないかとヒヤヒヤしながらも(笑)
蚊帳をつって、寝たことをよく覚えています。

当たり前だけどシャワーもなくて
水浴びする水も、茶色い水でした。

ここを織物の村にする、と森本さんはおっしゃっていて、
私は正直、想像が容易につかなかったのです。

だけれど、その後、毎年カンボジアに通ううちに、
建物が増え、道が出来、木が育って、
畑に桑が植わり、マンゴーが実るようになりました。

織物をする女性の横で
赤ちゃんがハンモックで揺られて
男たちが、家や道を修繕している様子が
まさに一つの村を形成していました。

そして、そこから生み出される数々の
国宝級の布たち・・・。

2002年から10年ほどで
荒野が、驚くべからず、
立派すぎるほどの織物村として
築かれていったのです。

森本さんの思いは
まさにかたちになっていきました。

私は、それを目の当たりにして、
イメージをより具体的に思い描くこと、
そして、「ほんとにー?」と人に思われるようなことでも
実現しようという思いがあれば
叶えることができるということを
生々しい現場の中で学ばせてもらいました。


こういうことって、
きっと、他にもあるんだろうなって思います。

例えば、石徹白でも小水力発電を導入し始めた
2007年は、地域内外でも
「小水力発電ってなにー?」という感じだったのですが、
こつこつと続けているうちに、
あるいは、2011年の震災を契機に、
小水力発電は行政側・民間からも
推進されるようなものになり、
数年前の状況を思いだせないくらいに
広がりを見せたりしています。


人が人として、
今あるこの環境のなかで
生き抜くために、
たった今の価値観の中ではなくて、
根本的に大切だと
思い貫けることだったら、
たった今のときには、
広く理解されなくても、
続けていけば
いつかはその信念が
ひとつの形になっていくんじゃないか。

そんなことを思うのです。

無謀だとか、無理だとか、
そう思われるのも重々承知。

私は、これまでの学びのなかで
信じることを
実践していくことを
より強い気持ちで
持つことができるようになりました。


これも、実践者の先輩らに
教えてもらった数々のことから。

心から感謝です。

私はその恩返しと思って、
できることを
貫いて、
ひとつの形をつくっていきたいと思います。

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