命のバトン
自分も含めて、
一人の人が生きられる時間は
驚くほどにわずかなもので、
むしろ、今、こうして生きていること自体が
奇跡に思えてくる。

そんな奇跡の時間の連続の中で、
世界には限りなくたくさんの人がいるにも関わらず
今、出合っている人というのは、
何か深いご縁があってのことだと思う。

自分が産まれて、生きて、死ぬうちに
出合える人というのは本当に限定的で、
また、成しうることもごくごくわずかなのだろう。

私は、ちっぽけな小さなことしか
できないのだけれど、
それでも、自分として、意味のあると考えることを
少しずつ少しずつ積み上げようと努力しているつもりだ。

では、何が、「意味のあると考えること」なのか。

その答えは、きっと、人それぞれで
正しい解というのはないんだと思う。

それでは、私なりの解とは何だろうか。

私が、今、ここで、実践しようと試み、
もがき、あがいていることは、
何につながっていくのか・・・

突き詰めていくと、
一人の友人にぶち当たる。

友人といっても、とりたてて仲が良かったわけではなく
高校時代に1年間、同じクラスにいて
時間を共有していた一人の男の子。

とても穏やかで優しくて
女子からも男子からも
中立的に好かれていた。

卒業してからはまったく出合うこともなく
お互い学生時代をそれぞれに過ごしていて
そろそろ就職が決まる時期にさしかかった頃、
クラスメイトからメールが来た。
彼の訃報を伝える内容だった。

彼は就職活動に悩んで、
自宅で首をつって亡くなったという。

喪服を用意して急いで通夜に向かった。
時間に間に合わなくて
彼のお父さんが一人、通夜の会場に
残っているときに、お参りすることになり、
しばらく、二人きりでお話をさせてもらった。

どうして、どうして、どうして、うちの息子が・・・と
悔やまれると、言い表せないような悲しみを湛えた表情で
ぽろぽろと、彼の亡くなる前の彼の様子を話されたのを
今でもよく覚えている。

私は、はじめ、彼を恨んだ。
どうして、こんなにも哀しい思いをする人がいるのに
自ら命を絶ってしまったのかと、
たかが就職活動で
なぜ命を絶たなければならなかったのかと・・・。

だけれど、次第に、それは、彼個人の問題というより
社会全体のゆがみのようなものがあって、
誰もが、陥る可能性のあることだということが分かった。


それから、私は、何をするにも
彼のことが頭をよぎった。

たぶん、それは、これからもずっとそうなるのだと思う。
彼が産まれて、生きて、死んでいったことは、
私の中に大きく深く刻まれ、今の私に大きなものを
残していってくれた。


一人の人の生、そして死に触れることで
自分自身が大きく変わっていくことを実感した。
私は自分が生きる中で、
そうやって、様々な人の生と死に関わり、
深まったり、進んだり、躊躇したり、変化したり、
そうしながら、歩んでいくことを知った。

何か偉業を果たそう、とか
立派な人生を送ろう、とか、
有名人になろう、とか
なんでもいいんだけど、こういう抽象的なことじゃなくって、
一人の人によって、一人の人が変わって、
それが連続していくことのほうが現実的で
目指す目指さないではなくて、
最終的には、それしかないんだと思った。


私は、今、一枚のコートを縫おうとしている。
それは、木田さんという男性が
心をこめて、丁寧に、こつこつと織りあげてくれた布を使って、
石徹白の先人が着た服の型によって
今、石徹白に住む私が手掛けてつくるもの。

私はそのすべての状況を慈しみ、
一枚のコートを縫うという仕事ができることを
幸せに思っている。

私ができること、私がすることは
ただそれだけのことなんだけれど、
もし、そのコートを気に入ってくれて
着てくださる方が現れたら、
その人は、きっと、私と同じように
コートを慈しみながら、着てくれるんだと思う。


ただそれだけのこと。


でも、それがとても大切で、
それがすべてだとも思っている。

何が書きたかったのか・・・

そう、私ができることは、そういうことで、
それ以上でもそれ以下でもなく、

だから、
聞き書きをすること、
絵本をつくること、
服を縫うこと、
イベントをすること・・・

すべてがつながっていて
すべてが一つで矛盾がない。

私の中に、出合いという経験としていただいたものたちが
かたちとなって出ているだけのことなのだから。


私はそれを、命のバトンと思った。

今まで出合ってきた、
そして、これから出合っていく人たちの
思いを、気持ちを受け止めて、
私なりに昇華して、解して、
そして糧にしていき、最終的にアウトプットしていくこと。

産まれることの喜びも、
生きることの楽しみも、辛さも、困難さも、
そして死ぬことの、なんだろう、哀しみというのか・・・
それらすべてを出来る限りのおっきな器で受け止めていきたい。


久しぶりに
徒然なるままに。 

もう寝ましょう。