工房建築
久しぶりのブログ投稿になってしまいました!

6月9日、次男を出産しました。
現在、石徹白を離れ、岐阜市の実家で
過ごしています。

7月の半ばには、
二人の子供とともに
石徹白に戻り、
再び、染め作業に戻りたいと思っています。

産褥期を過ごしている間にも、
この夏からスタートする
工房建築の計画は進んでいます。

9月4日、5日には工房の建て方と上棟式を
行う予定です。
詳細が決まりましたら、またブログでもお知らせしますね。


今回は、岐阜県と富山県の県境、
宮川村の大工、荒木昌平くんに
工房建築をお願いしています。

日本の伝統工法を基本にし
古民家の木材を再利用した
工房づくりを進めてもらいます。

基礎をコンクリートで固めるのではなく
石場建てを採用したり、
なるべくビスや釘を使わずに
木材を組んで、再利用できる形にしてもらったりと
こだわりたい点がいくつかあります。

それを実現するべく
今、荒木くんが色々調べてくれたり
材料を準備してくれたりしていて
頼もしいです。

どんなふうになるのか
今からわくわくしていますが、
石徹白だからこその建物を創り、
たくさんの人に訪れてもらえるような
場にしたいと思っています!

こうご期待! 
大正5年の藍と麻の栽培
今日、いらっしゃったとあるお客様が
石徹白の大正5年のときの
貴重な資料を見せてくださいました。

私はかねてから、先人らが
石徹白でどう暮らして来たのか、
生活の知恵が気になっていて、
それで、石徹白聞き書きの会も
担当させてもらっています。

雪が深く、自然が厳しく、
かつ孤立した集落が、
縄文の時代からいかに続いてきたのか・・・

それには、理由があるだろうし、
暮らしていくための知恵があるはず。

今、直接お話を伺えるのは、
一番の長老で90歳くらいの方。

そうなると、それ以前のお話は
資料に頼るしかありません。


今日のお客様は、私がずっと知りたかったことを
教えてくださいました。

石徹白での藍と麻の栽培について。

藍畑:6反
大麻畑:3町歩
(大正5年)

でした。

石徹白は同じ郡上の白鳥町内と比べても
気温が5度程低くて、
5月いっぱいまで遅霜がおります。

実際に藍を栽培して、染めをしていたのだろうか・・・と
不思議に思っていましたが、
私の聞き書き実践からすると、
今、生きていたら100歳を越えるおばあちゃんは、
実際に藍を育て、甕ではなく「木桶」で藍を建てて
藍染めをされていたということでした。

また、毎年やっていたのではなくて、
隔年で育てて、藍染めも
周りのおうちと毎年交互にやっていたそうです。

しかし、集落として、どのくらい育てていたのかというのは
分かりませんでした。


さらに、大麻畑についても謎が多かったです。

今70後半のYおばあちゃんが子どもの頃、
自分のおばあちゃんが大麻を育て、
蒸して、繊維にし、機織をしていた、と言う話を
教えてくれました。

大麻の栽培も毎年ではなく、
翌年は違うものを植え、
その次の年にまた植える、という隔年の栽培。

でも、やはり、石徹白内でどのくらいの量が
栽培されていたか全体像はつかめないままでした。

今回見せてもらった資料で3町歩とのことだったので
かなりの量の大麻が栽培され、
繊維として利用されていたということが分かりました。

以前、あるおうちが壊される前に、
大麻布の反物をたくさんいただきました。

そのおうちは、お医者さんをやっていたようで、
現金ではなくて、診療代を布で納める方が
いらっしゃったということでした。

様々な断片的な情報が
少しずつ一つになりつつあります。


石徹白での大麻栽培、繊維への利用、
そして藍の栽培、藍染めの実践について
もっと理解を深め、真実を知り、
今の時代に活かしていきたいと思います。

長い歴史の中で
繰り返しやられてきたことは、
その土地にふさわしく、
生活する知恵に溢れたものであり、
今、学ぶべきことと確信しています。
和服のすばらしさ
石徹白洋品店では、
この石徹白の土地に伝わる野良着を
今の時代でも着られるような素材でつくり代えて、
販売しています。

野良着というと、
農作業、野良仕事のときに着る服で
動きやすい、汚れてもいい服、ということが
最初にイメージされるかもしれません。

もちろん、それもそうなのですが、
ここに伝わる石徹白の野良着は、
日本に昔からある「和服」であるため、
着物や浴衣のように、
すべて着尺(幅33センチ~35センチほど)の
反物を使ってつくられた
直線断ちの服になっています。


洋服と和服の大きな違い。

洋服は、幅の広い布が使われ、
丸みのある人の体に合わせた曲線が
多用されます。
襟ぐりや、袖ぐりはほぼ必ずカーブで描かれ、
「人の体」に「布」を合わせるという発想です。

一方、和服は、日本で昔から織られてきた
手織りの着尺布が使われているので
布幅に限りがあります。
限りがある布でいかに身にまとうものを無駄なく
つくるか、ということで、
反物を最大限に生かした直線断ちのデザインが基本です。
「布」に「人の体」を合わせる、という洋服とは逆の発想です。


洋服のほうが、確かに体のフォルムが美しく見せられるし
着るのも心地が良いかもしれません。

しかし、限られた自然の恵み(植物やお蚕さん)によって
丁寧に織りあげられた布を粗末にすることなく
使い切り、かつ、再利用できる直線断ちのみで
作り上げることのできる和服の発想、
日本人の考え方は、
私は、今の時代において、
むしろ、先進的であり、学ぶ部分が多いと思っています。


洋服をつくることを学ぶ専門学校に通っていたときに、
カンボジアでつくられる超オーガニックで素晴らしい布や
紬の美しい着物の反物を使って服をつくるときに、
どうしても、カーブの裁断によってハギレが出てきてしまい、
それを捨てざるを得ないことに
苦しさを感じてきました。

こんなに大事な布を、ひとかけら、いや、糸一本たりとも
無駄にしたくない・・・

そんなことを思っている中で、
石徹白の「たつけ」や「はかま」、「さっくり」と出会いました。


昔の日本人は、もちろん、着物が普段着でしたが、
いわゆる、お出かけ用に、一生懸命着つけをして、着飾って
身につける着物ばかりを着用していたわけではありません。

石徹白で、長老らからお借りする写真を見ていると、
作業用のズボンや上着を着ている姿があります。

そう、やはり、日常的にハードに着こなしていたのは
日本の民俗衣装として認識されている着物や浴衣ではなく、
野良着だったのだと思います。


(Rさんからお借りした写真です)

私は、野良着をお借りしてきて、
その作り方や寸法を丹念に拾い上げ、
どうやってつくるのかを、
おばあちゃんたちに教えてもらいました。

そしたら、目から鱗が落ちまくり!!

ぜーんぶ直線断ちで
よくこんなに機能的な服ができるものか!と
感激しっぱなしだったのです。

しかも、作り方も裁断も本当にシンプルで簡単。
誰もが家族の服を自給していたからこそ、
作り方も裁断も、様々な側面からふさわしい形に
収束していったんだと、納得しました。

これで、ものすごい技術がないと作れない、
ということになると、自給できないですもの。


それまでは、私自身が好きなデザインで
ワンピースやチュニックなども作ってきましたが、
石徹白洋品店としての方向性としては、
やはり、この日本の、石徹白の素晴らしい和服の技術を
多くの人に知ってもらいたいと、
野良着をベースにした服づくりに舵を切りました。

海外のエスニックな服をまとうのもいいですが
せっかく日本に産まれたんだから、
日本のすばらしい服の伝統を
身近な暮らしに取り入れられたらすてきじゃないかと
多くの若い人に知ってもらいたいと思います。


そう、和服のすばらしさについて
改めてブログに書いておこう、と思ったのは、
今日、息子のために子ども用のズボンを作ったからです。

「はかま」をベースに、
大人の半分の大きさで
ちくちくと縫いました。



長方形4枚で前後左右身頃、
正方形1枚で股のマチ、
そして足元のリブは長方形1枚ずつ、
ポケットはアレンジとして付け、
ウエストは通常は紐ですが
ゴムにしました。

本当にシンプルなデザインですが、
動きやすいし、何よりかわいい!


たつけもそうだけど、このハカマも、
そのうちにWSでやりたいなぁと思いつつ、
なかなかまだ実現できていませんが、
たつけのように作り方も公開して
たくさんの人に作ってもらいたいなぁと
夢見ています。
手織りの布たち
今回も、とてもすてきな手織り作品が
郡上市大和のみずほ園さんから
届きました。

丁寧な几帳面な仕事をいつもしてくださる
Kさんの布と、
ふんわりとやさしく織ってくださるHさんの布。

それぞれ、とても気持ちのいい織物です。



これまで、たくさんの布を織っていただいてきました。

柄も、織り方も様々。
用途ももちろん、それぞれに考えて、相談しながら
ふさわしいかたちで織っていただき
洋服に仕立てたり、ストールとして販売したり・・・。

糸は、いつもガラ紡のコットン糸を使っていますが、
正直、織り上がりを見て、初めて、あぁ、これは
このように使うのがふさわしい、とか、
こうしたほうがよかったとか、分かります。

きっと、もっと私自身、経験を積んでいけば、
織る前から、質感なども想像できるのでしょうけれど、
こうして完成してこないと、分からないことも多いです。

例えば、それは、糸の質だけではなくて
織り手の方のタイプにもよります。

ものすごくきっちりと織ってくださるKさんだから
かための、目が詰まったものになるだろうと想像し、
用途を考えていたら、
意外とふんわりとやわらかいものになったり、
Hさんだから、もう少し目の粗いふわふわな布に
なると思ったら、きめ細かいしっかりとした
布になっていたり・・・。

それがまたおもしろい、と思えるし、
手織りの魅力かなと思いつつも、
ある程度、商品化のイメージを固めているので
驚きと、自分の見積もりの弱さを感じたりもしています。


同じような糸でも染めの色によって
質感も変わります。
染料の違いによるのですね。
本当に奥の深い世界だなぁと感じています。


もちろん、質は上げていかなくてはならないと思いつつ、
大量に同一のものをつくりあげる必要はないと思っているので
できるだけ、織り手の方の個性を活かし、
よりよいものをつくってもらいつつも、
使ってくださる方に、満足してもらえるような
一点物として、作り込んでいきたいと考えています。

人と同じものを、
安く手に入れることよりも、
自分らしく居られるために
傍においておきたいと思える
大切な一枚を
生みだしていければと思っています。