ご縁、そこから広がる
今日は本当にすばらしいご縁をいただきました。
私からしたら、こんな方に出会えるのか!?と
本当に飛び上がってしまうほどの方です。

御年75歳。
ずっと、藍染めの職人を、
蓼藍を育てるところから
ご自身でやってこられた巨匠です。

もう今は藍染めはやっていらっしゃらなかった。

だけれど、少しの時間だったけれど、
彼にいろんなお話を伺うことができて
私はとても大きく勇気づけられ、
励まされました。


自分の思う藍の色を出せるようになったのは
藍染めを始めて10年たってからだったそうです。

そして、やはり、藍を育てるところから
やってみえたので、この色こそ、
自分の藍色、他の人には出せない色、
というのがあり、
その色は、まさに、郡上の冷たい清流を
あらわすような、きりっとした
何とも言えないブルーでした。

見たことのない、
背筋の伸びるような藍色でした。


彼は、かの有名な、郡上紬の宗廣さんに
依頼されて、染めをする職人だったそうです。

いっときは、60人もの機織職人を抱え、
一世を風靡した郡上紬。

その染めを一手に引き受けてやってみえた方でした。


私は郡上紬のことは、
話でしか知らなくて
宗廣氏のことも本で読んだことがあるだけでした。

しかし、山の切り立った奥まった郡上という土地で
郡上紬という一つの産業を起こし、
郡上の名を世の中に広めたことと、
地域の人々に養蚕、染め、織りの仕事を
生みだしたことは、
本当にすさまじいことだと思っていて、
今でも一つの大きな指針になっています。

そんな郡上紬のお仕事を
されていた方にお会いでき、
言葉たちは学ぶことであふれていました。

自然の色から、指定された通りの色を
厳密に染め続けるという
厳しい世界を何十年と渡ってこられたからこその
強さと、そして、やさしさを感じました。

 
私が石徹白でやりたいこと。

石徹白でしかできないこと。
ここの自然の恵みを色という形にし、
この土地で育まれてきたたつけや、はかま、さっくりの
日本の素晴らしい衣服の技術を伝えていく、
そして、それが、暮らしの糧になり、
一人でも多くの人が、
この土地で生活できるようなあり方を探っていく。


ここの残る麻の野良着、その中には藍染めのものもあって
古くからの技術や知恵を懐かしむだけではなく、
今の生活に活かしていきたい。


そんな私の勝手な思いを語っていたら、
彼は、とても真剣に聞いてくださいました。
そして協力をしてくださると、言ってくださいました。
もう、私は何としても、この実現させたいことを
実現させるべきだと、心に誓いました。


目の前のことに追われて日常に埋もれてしまうことが
多いけれど、こうやって、志を語らせていただける方に
出合うことができて、私は本当に幸せを感じています。

私一人では、できなことばかりだけれど、
きっと、いろんな人と関わらせてもらいながら
力をいただきながら、やっていけると、
これまで、力をくださった方たちの顔を
思い浮かべながら、改めてそう思いました。




帰り、峠道を運転していて、
山にはたくさんのいろんな植物が
それぞれ役割を持って、
違う顔をして、生えているのに、気が付きました。

同じ杉でも、緑が濃いのと薄いのがあり、
同じクマザサでも、葉が太くて広いものと、
茶色っぽいものもあり、
同じシダでも、葉っぱが上を向いているものも、
横を向いているものもある。

どれ一つ、同じものはなくて、
それぞれに、異なる色で輝きを放って見えました。

そんな大自然の中に、様々な動物が生きていて、
人間も、その一つであって、
人の手によって藍が育てられて、
その藍の葉が色を出してくれる。
種ができて、それがこぼれ、
土が拾い上げ、お天道様と水が育み
また芽を出す。

さまざまに異なる植物も、動物も、
この自然の恵みすべてのものが
関わり合って、
これまでの暮らしが蓄積されてきて、
自分も、その生物の一つであり、
自分ができることが、ちっぽけであっても
必ず一つはあるんだろうと・・・。


今日は本当に素晴らしい出会いをいただきました。
紹介してくださったSさんに、心から感謝して。

今日の出合いを糧にして、
私は必ず、一歩を踏み出していこうと思います。