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杉葉で深みある色に
前回、杉の葉で、一晩置いて染めてみたら
一日で染めたときよりも
赤みが強くなる、という結果が得られました。

それが、何かの偶然だったのか、
確かなことなのか、調べるために、
今回、再び、同じ条件下で糸を染めてみました。

一日目の夕方頃から煮出して、一度火を止める。
杉葉を入れたまま一晩置いて、
次の日の朝から2~3時間ほど炊き、
色がしっかり出てから、染め始める。

そして、沸騰させない程度の温度で
糸を染めました。

すると・・・
やはり、前回のような、オレンジかかった色に
なってきました。



これを、また一晩漬け置きしておき
色の定着を促進させます。

まだ、洗って乾燥させたところを
見ていないので分からないのですが、
一日で染めたものよりも
確実に色は濃く深い感じがします。

一日で染めると、レモン色。
これもこれでとてもきれいな色なので
好きなのですが、
杉葉という一つの素材で
こうして2色の異なる色を
安定して出していくことができれば
バリエーションが広がります。


今日は、この染めをやりながら
お友達のワンピースを染めさせてもらいました。



製品染めはやったことがないので
きちんとむらなく色が出るか分からず不安ですが・・・

いくつか課題が見えてきたので、
これからよりよくしていこうと思います。

でも、これをやらせてもらえたことで、
今後やっていこうと思っている
ストール染めや、ワンピース染めの
イメージがつかめたので、ありがたかったです。


今日は、これまでのようなカンカン照りのお天気ではなく
穏やかな曇り空で、気持ちのいい日でした。

GW以降にいらっしゃるお客様のために・・・と
ようやくギャラリー内も整え始めました。

夏から増築工事に入る
工房のために解体材をいただいたおうちから
古い食器棚やタンスをいただきました。
それをディスプレイに使わせていただきました。


まだまだこれからですが、
少し進んで嬉しいです。



この棚は、台所につくりつけてあったものを
引っ張り出してきていただきました。

どれくらい前につくられたものか分かりませんが
つくりがしっかりしているので
今後も活躍してくれそうです。

私は最近、新しいものが本当に買えない病(?)なのですが
こうして古いものは、喜んでいただいてきます。

長く使われてきたものを、
私もこれから長く使わせてもらう。

もし壊れてしまっても、
また修繕できるのが
古い家具のいいところです。

合板じゃないし、危険な塗装もされていないし。
新しく売っている安い家具って
一度壊れたら、なかなか修理もできないつくりになっているし
だからといって、薪にして燃やすこともできなくて
すぐに粗大ごみになってしまう。

だから買うときに躊躇してしまい、
結局何も買えなくなる・・・

ありがたいことに、ご縁あって、
いろんなところから
古い家具をいただけるので
うちの家具たちは、いただきもののオンパレード。

これからも大切に使わせてもらいます。
杉葉染め、その後
4月24日、25日、26日そして今日と
火を炊き続けております。

ずっとお天気が良く、
かつ、手に入れた杉葉が
たくさーんあったので
できるだけ使いたいと、せっせと染めをしています。

24,25日に染めた糸はこのような結果に。


右側の糸2つは、レモンイエロー。
想定していた杉の葉の色です。

こちらは、ぐつぐつと沸騰して3時間ほど煮て、
染め液を出して染めました。

糸は灰汁で精錬済みのガラ紡綿糸。
媒染はミョウバン。

そして、左側の糸二つが想定外。
こちらは、火力が足りなくて
なかなか沸騰しなかったので色が出にくく、
一晩置いて、また次の日に沸騰させました。

それで染めたら、こんなに赤みが加わりびっくり。
杉の樹皮染めの色とかんじは似ていますが、
樹皮はもうちょっとピンクかかっているので
また異なります。

長いこと、杉葉を水に入れておいたことで
異なる染め液が出てきたのでしょうか。

杉葉を、液から出して、2日間おいた染め液では
このようなことは起こりません。

もう一度、同じような染め方をやってみて
きちんとこの色が出たら、
杉葉として、2種類、色を出せるということ!

自然の不思議です。


そして、26日に染めたものは、こちら。


媒染を灰汁にしてみました。
灰汁だと赤みが増すかんじです。

ただ、この後、干していたらムラっぽくなってしまいました。

精錬段階で、糸束が大きかったので上手く灰汁で
均等に煮れていなかったのかもしれません。

ムラになってしまったのは残念ですが、
さをり織の作品にしていただく段階で
ムラ糸として、織ってもらえたら、それはまたすてきかも・・・と
妄想を膨らませています。

とにかく、私の経験も技術もまだまだです。

杉葉という一つの染め液だけで
こんなにも巾があります。

たくさん経験を積んで、安定した色を出したいと思います。
きっと季節によっても違うので、それまた、興味深いです。


移りゆく四季折々の美しさが
糸や布に染めついて行く。

その美しさに本当に驚きを感じるとともに、
自分のからだも、確実に季節とともに
動いているんだなと、感じるこの頃です。

太陽の光を目いっぱい浴びながら、
火をたいて、周りの植物の色をいただくという作業は
本当に気持ちがいい。

それが、身につけられるものにかわるなんて
本当に奇跡みたい。

今日も、自然の恵みをありがとう。
杉葉染め
今年初めての草木染めをしました。

山や畑に残雪がありますが、
ふきのとうや、つくしなどが
雪がなくなったところから
たちまち芽吹いてきて、
春を感じる日が多くなってきました。

今日はあまりにもお天気が良くて
室内作業ではもったいない!と思ったことと、
息子とお散歩している間中、
杉の葉があらゆるところに落ちていて、
あぁ、早くこれらで染めたい、という気持ちが
高まっていたことから、決行。

雪でおしつぶされて折れてしまった庭木の枝や
薪の残骸など燃やしたいものもたくさんありました。

ただ、良く考えてみると、
去年も4月末に、森本喜久男さんによる
ワークショップを開催していて、
やはり、この土地だと、今の季節が
草木染めがようやく始められる時期なんだなぁと
再確認できました。

お隣のKさんにお願いしたら
たっくさんの杉の葉をその場で伐採して
くださいました。



石徹白の山は、杉が多いです。
昔は広葉樹が多かったようですが、
杉も自生していました。

水はけが良く、けれども、水に困らない場所で
杉が育つのにふさわしい条件のようです。

だから、石徹白での染めとして
杉葉というのは、定番にしていきたいと思います。

葉を細かくして、お鍋いっぱいに入れ、
お水もひたにたに。


今年初めて、このストーブに火をつけたこともあって
なかなか火力が上がらなかったですが、
だいたい3時間ほど煮詰めて、染め液をつくりました。

レモンイエローを想像していましたが、
わりと深みのある色となりました。



媒染はミョウバンで。

ミョウバン液に浸した後、より濃くなってきましたが、
定着のために、一晩寝かせている最中です。

明日の朝、糸を見るのが楽しみです。


改めて、身の回りの自然の豊かさを感じます。
本当にきれいな黄色を出してくれる。

杉の葉なんて、いっくらでも落ちていて、
邪魔者扱いされるけれど、
こうして色として出してみると、
驚くほど美しい。

なんだかうっとりしてしまいます。

火を炊き、
杉の葉の色を眺めながら、
この色という恵みを享受できることに
心から感謝の気持ちを感じました。

そして、こうした感覚を
経験することで得られるような
そんな工房を建てることが
ますます大切なことのように思い始めました。


ちなみに、この糸は、いつもお世話になっている
障がい者施設、みずほ園さんで
織っていただこうと思っています。

エコ染めの糸もいいですが、
石徹白ならではの色で
彼らに織っていただいたものを
仕立てることができるのは
大きな喜びです。

少しずつ、石徹白でしかできないものづくりの比率を
大きくしていきたいです。
近江の機屋さんへ
先週末、近江の機屋、林与さん
布を見せてもらいに行きました。

この機屋さんは、これまでも何度か
仕入れさせていただいていましたが、
工場を訪れたのは初めてのこと。

「近江上布」という日本の伝統的な
布を作ってみえるということもあって
ずっと訪れたいと思ってきました。

アンティークの布もいくつか見せていただき
そのモダンな柄に心ひかれました。

これはからむしの糸で戦後に織られた
着物地だそうです。


横絣の繊細な織物。
それぞれの柄がとても魅力的です。

このようなかつての柄を復刻した布も
手がけていらっしゃるそうです。

とはいえ、今は、広幅のものなど
現代の需要に合わせたものづくりも
積極的に行ってみえます。

私も今回は、野良着に使えそうな
丈夫な麻織物、そしてストールとして
使う肌触りのよいさらっとした薄い生地を
探しにやってきました。

こちらは、細い番手のストール用の生地を織っている織機です。


キッチンクロス用の肉厚のリネン布も織られていました。


糸も様々なものを使ってみえて、
服地から鞄などに使える分厚いものまで
本当に幅広い展開をされていました。


糸から仕入れてやってみえて、
世界の紡績、織物の現状をよく理解されており、
様々な学びをいただきました。


私自身、これまでこだわってきた部分を
少し考えさせられるような気づきもありました。
 
どういうことを突き詰めていくのか。

やはり、高い品質にはこだわって、
使う人の満足度を上げていきたいし、
ものづくりをしている生産側の喜びも考えたい。

その両者の交わるもっともふさわしい「点」というのを
どこに置くべきかのか、ということを
現実をもっと知りながら、探っていき、
それを、きちんと伝えていきたいなと思いました。

お忙しいところ対応してくださった林さん、
ありがとうございました!
 
知多木綿の機屋さんへ
昨日、知多木綿の機屋さんへ
「たつけ」の布を探しに行って来ました。

以前、デザイナーの松田悟さんに
ご紹介いただきお邪魔し、今回で2回目。

こちらの新美株式会社さんは、
小幅(着尺)の反物を専門に織ってみえます。

今は、知多木綿は産地としては
30軒ほどの機屋さんが残ってみえるそうです。

新美さんはその中でも大きな工場を持ってみえて、
糸を仕入れるところから、オリジナルの布を
つくってみえるのですが、
他にそういう工場はほとんどなくなってしまったといいます。



今、新美さんでは、200台近くの
織機が動いていますが、
かつては、下請けさんを含めると
450台もの織機があったそうです。

半分以下になったとのこと。

生地は浴衣や手ぬぐい用のものなので
海外から入ってくる生地が競合となり
減ってしまったわけではなく、
やはり、浴衣を着る人が少なくなるなどの
時代背景があるそうです。



私は、「たつけ」の布が欲しくてお邪魔しました。
たつけは、日本の民族衣装なので、
基本的に、小幅の布だと裁断も楽でそのまま使えます。

もちろん、広幅の布でもよいのですが、
小幅のほうが、耳を利用してつくることができるので
端の処理が楽だし、布の無駄が出ません。

それに、新美さんのところでは試行錯誤して
様々な挑戦をされています。
こうした国内の生産者さんとともにものづくりを
していくのは、なんだかわくわくします。

これからも、新美さんの布を色々と
使わせていただきたいと思っています。

本当にバラエティに富んだ様々な布を
織ってみえます。



職人さんは10名ほどいらっしゃいます。

ガチャンガチャンと、大きな音の中で
糸や織機の管理をみなさんがされていました。

機械織りとはいえ、やはり職人さんの
技術が問われます。
糸のテンションや、機の調子を見抜くことが
できるのは、経験あってこそ。

今回仕入れさせてもらった布を
草木染めして、
たつけを仕立てるのが今から楽しみです。

石徹白も温かくなってきて
ようやく雪囲いも外すことができそうなので
そろそろ布の精錬作業と、
杉葉など、染められるものから
手をつけていこうと思います。

近江八幡島町の宵宮祭り
4月18日の夜は、近江八幡まで行ってきました。
石徹白に移住する前に数年間通って
取材させてもらった、60戸の小さな集落でのお祭りです。

50年ほど前に一度途絶えてしまった
お祭りで奉納する「ほんがら松明」を
地元の長老らが、自分たちが覚えているうちに、と
復活をさせ、
それがきっかけで、映画「ほんがら」が完成。

それを見て、私は感銘を受け、
後追いで、本を書きました。

そこでは、地元の人たちが主体となって、
地道ながらも、継続的に
地域づくりの活動を進めています。

地域活性化の事例になるような
派手な事例や、目立つキーパーソンが
いるわけではないのですが、
かえって、それが、ごくごく自然に
集落が継続していくための
大きな要因になっているのではないかと思い、
取材をさせてもらいました。

別に、大きく取り上げられることが大事なんじゃなくて、
本当の意味で、そこで続いてきた暮らしが続いていくことが
一番大事なこと。

石徹白での実践に、大きなヒントをいただきました。


2011年、石徹白に引っ越ししてからは、
出産もあり、一度も行けなかったのですが、
息子が2歳と、少し大きくなり、
二人目の出産の前には!と思いたち、
家族で訪れました。

小さな御宮の境内に、
所せましと巨大な松明が並べられます。

最初は、「子供松明」といって、
小さな松明を男の子のためにお父さんやおじいさんがつくり、
それらを奉納するところからスタートします。


各組で一本ずつつくられた松明。
奉納のときを待ちます。


神様をのせた太鼓の渡りがはじまると、
一本ずつ火がつけられていきます。

ほんがら松明は、この中でもっとも太いもの。
一本のみです。

ほんがら以外は、「どんがら松明」といわれ、
横から火がつけられていきます。

しかし、ほんがら松明は、松明の中が空洞になっていて
そこに炎を通して、頭から、火をつける、という
特殊、かつ難しい火のつけかたによって奉納されます。

こんなふうに傾けて、下から点火するのです。


ものすごい重量の松明を、
地域の若者らが傾けて、
氏子総代の方が、火を入れるのです。

大変な作業。
そして、この後、炎を上に上に送るため、
「地つき」という、みんなで松明を持ち上げて落す、
ということを繰り返します。
ここがもっともヒートアップするどきどきわくわくのシーン。

そして上手くいくと、最初にてっぺんから炎が出て、
順番に燃えていきます。



今年は、途中で横から出てきてしまいました。
松明の途中に、藁や菜種殻の覆った部分で
薄いところがあったのでしょうか。

しかし、どんがら松明よりも長く、巨大な蝋燭のように
燃え盛り、迫力満点。


ほんがら松明が途絶えたのは、
どんがら松明より、作るための材料が多く必要となるし
時間もかかります。

これらの材料は、地元でとれる稲藁や、菜種殻、竹など
なので、それらを確保することが難しくなった、
加えて、サラリーマンが多くなったため、
昔のように雨降りのときに、みんなでわいわい集まって
つくる時間がとれる、というわけにはいかなくなった
という時代背景があります。

それでも、やっぱり、ほんがら松明は、
こうやってお祭りを盛りたてるし、
本来、意味があって、奉納してきたもので、
地域の人の手によって復活し、
今も継続しています。


小さくて人数も限られるこうした地域で
こうした伝統的なお祭りを継承していくのは、
今の時代、簡単なことではないように感じます。

しかし、大変さもありつつも、
一年に一度の大切な行事として、
協力し合って、
もはや、当たり前のように
ほんがら松明が奉納される環境が
整ってきていることを感じました。

地域づくりって言葉が叫ばれ、
たいそうな、特別なことをしなくては
ならないような気がしてしまいますが、
実はそうではなくて、
自分たちがすでに持っている
足元にある小さくても大切なことを
見つめ直し、続けていくことこそが、
地域に住み続けたいと思う愛着につながる。

それがじわじわと子供や孫に伝わっていくことこそが
地味かもしれないけれど、大切なことなんだなと
島町を訪れて感じました。

日々たのしく、ここで生きる。
それに尽きる。
そのために、自分ができることをやる。

それを忘れないでいようと思います。


「聞き書き集 石徹白の人々」を読まれたい方へ
先日、「聞き書き集 石徹白の人々」の
第2作目が完成しました。

第1作目は、昨年4月に発行され、
多くの方に読んでいただいています。

第2作目は、これから地域の方へ配布するとともに、
興味のある方にも、お送りしたいと思います。

第1作目表紙。(イラスト:野々村公花ちゃん)


第2作目の表紙。(イラスト:南景太くん)


石徹白で聞き書きの会を始めたのは、
「聞き書き甲子園」をやってみえる
澁澤寿一さんとの出会いが大きなきっかけと
なっています。

私自身、学生時代に、カンボジアの
織り手のおばあちゃんのライフヒストリーを
聴き、まとめたものが卒業制作だったので
その意義深さは感じていたのですが、
それを日本でやろうとは思っていませんでした。


しかし、毎年高校生が、日本全国の「名人」といわれる
長老らに話を聴き、聞き書きとしてまとめるという活動によって
失われつつある素晴らしい技術や知恵を保存する。
それだけではなく、その人の「心」を
話の聞き手が 継いでいき、
聞き手の人生までも変えていく・・・ということに
感銘を受けたのです。

澁澤さん自身、これほどまでに
聞く側に影響を及ぼすのか・・・と初めは
思ったそうです。
当初は、知恵や技術の継承をもくろんでいたと。 

けれど、実際は、
聞く側の成長に大きくつながり、
それが、これからの日本の未来をつくるにあたって
とても大事なことになると・・・

高校生のときに聞き書き甲子園を経た子たちが
大学生や大人になってから、農山村の
地域づくりに主体的に関わり始めているという
ことも、実際に起こっています。



若者が、どういう生き方を選んでいくか、
というのは、その個人に任されるけれど、
長く、日本において、
営まれてきた生業や生き方が
戦後の短期間で喪失され、
多くの人がサラリーマンとなった。

核家族化が進み、親世代としか交流を持たない
若者らは、かつてあった農村での持続的な暮らしを
知らなくて、それは、生きるための選択肢にならず、
今の社会に疑問を持ったときに逃げ場がない・・・

もちろん、「稼ぎ」になりにくくなったから、
林業や、農業、職人というのが
仕事になりにくくなったという現実も
あるかもしれないけれど、
そもそも、「知らない」ということも
あるのではないか・・・。


それとともに、私は、自然の成長のスピードを
越えることなく、共存していくための生き方の
大きなヒントを、
かつての営みを経験してきた人から
いただける、と確信しています。

それが、自然環境が悲鳴を上げる社会に生きる
今の私にとって、とても大事なことだと・・・。

それは、技術や知恵の問題だけではなく、
心・精神面にまつわることです。

自然とともに生きるって、
言葉では美しく聞こえるけど、
そんなに簡単なことではありません。

そして、私自身、それがまだまだ全然できていない。
いや、一生できないかもしれない。
そうではない価値観が前提の社会で
育ってきたから。

生きていく上で、何が「愉しみ」なのか
何が「喜び」なのか、何が「悲しみ」なのか・・・

そういったことが、
そもそも、違ってしまっているのです。

でも、少なくとも、石徹白で聞き書きをしたり
ここで暮してきた長老らと交流することで、
こうした土地で生きていくための
心のあり方のようなものを
頭では学んできました。


何をおいても、雪が降る前に家や畑の回りの冬準備を
済ませることや
長い冬を越えて咲いた花を何よりも愛でる気持ち、
自分で山で採ったり、畑で育てたりしたものを
地域の人と分かち合い喜び合うこと・・・


当たり前のことのようだけれど
街場で住んできた私にとっては
当たり前のこととして
なかなかできないことばかりなのですが、
こうした精神性を持つことが
日々楽しく、喜びを見いだして
張り合いある生活を続けていく
大切な要素であるように思います。


こうした「気持ち」の面を、
浮き彫りにしていくのが聞き書きのいいところ。

通常の民俗調査では
絶対に出て来ない
もっとやわらかくて、あたたかい部分が
伝わってきて、
聞き書きをすると、その人、その人の住んでいる土地が
好きになる。


そんな実践の一つが聞き書きだと思っています。


「聞き書き集 石徹白の人々」と
「聞き書き集 石徹白の人々II」をご希望の方は
送料を添えていただければ、
お送りしますので、お知らせください。


=================
 「聞き書き集 石徹白の人々」と
「聞き書き集 石徹白の人々II」の配本について

石徹白の聞き書き集をご希望の方には
送料をご負担いただければ、ご送付します。
数に限りがありますので、
お一人様、1冊ずつの配本となります。

①お名前
②〒
③ご住所
④お電話番号、お持ちの方はメールアドレス
⑤ご希望の冊子
を明記してください。

返信用封筒(B5サイズ以上の大きさの封筒;
角2か角3の封筒)に
返信用のご住所・お名前を記入の上
送料(*)分の切手を貼って、同封してください。

*送料:1冊ご希望の方は300円、2冊とも
ご希望の方は、350円分の切手を貼ってください

数に限りがありますので
ご希望にお応えできる範囲での
配本となります。ご了承ください。

送付先:
〒501-5231 郡上市白鳥町石徹白65-8
石徹白聞き書きの会 平野馨生里 宛
お問合せメールアドレス:info@itoshiro.org

 「聞き書き集 石徹白の人々」(2014)目次
・山の生活もおもしろいじゃで
・よしあきと馬
・忙しい、忙しいが、長生きの秘訣
・美しい暮らしは”ゆい”のお蔭です
・石徹白を担った男
・「来年の春には釣りに行きたい」
・生み育てる大地 ~石徹白~
・冬の郵便屋さん
・白山
・石徹白人ー人から聞こえてくる故郷ー
・不思議じゃね、おもしろねぇ
~西から上へ嫁いだ女(ひと)の物語~

「聞き書き集 石徹白の人々II」(2015)目次
・石徹白 昭和33年の前と後
・世界一周してわかた「ここが一番いいところ」
・石徹白での暮らし・四季~今むかし
・お盆が一番の楽しみ
・石徹白民謡を唄い継ぐ
・石徹白に来て、そう悪いところはないな
・茂助の家
・船戸鉄夫物語~石徹白編
 
=================
築100年以上の家の解体した古材
杣大工、荒木くんが、
解体した木材を、今週頭から
数日間にわたって、
自身の作業場のある
宮川村に運んでくれています。

これから建てる建物に合わせて
カットするなど加工してくれるためです。

今回、持ち帰ってもらった木材の写真を
撮ってくれたので、拝借して
掲載させていただきます。

カメラにおさまり切らないほどの量の古材が
とれたようです。


囲炉裏の煙にいぶされていて、
より丈夫になっているかんじです。


木材は、すべて手ではつった(削った)ものばかり。

私のような素人にはわからないですが、
荒木くんいわく、

「こんなに時間が経ってもまだギラギラしている木口!
赤身が強く、冬目の強さがでていて超優良材ですね〜。
捨てるなんてもったい無い!」とのこと。



本当に木目が細かいです。
寒い地域なので
木の育つスピードがゆっくりで
年輪が細かいのでしょう。

ゆっくりじっくり育った分、
丈夫な木材になるのでしょうか。

(写真撮影はすべて荒木くんです)


石徹白で、昔、家を建てるとき、
こうした古い取り壊しのあったおうちの材を
転用したと聞きます。

だから、築100年のおうちでも
もっと古いときに建てられた家の
木材を活用してあったりして、
梁や柱は、100年以上のものも多く残っています。

だから、より家ががっしりとした
風格あるように見えるのでしょう。

だいたい、手ではつってあるので、
木の肌もざらざらごつごつ。
とてもたくましい男気ある(と表現したらいいのかな?)かんじの
おうちが多いです。


しかし、今は、上から合板が張ってあったり、
トタン屋根になっていたりして
一見、そう古いかんじに見えなくて、
屋内に入ってみて、びっくり、ということが多いです。

実際、うちもそうで、壁や屋根がトタン板なので
ちょっと安っぽいかんじがするのですが、
家の中の梁や柱は真っ黒にいぶされていて
私の好みなかんじです。


これから建てる工房は、
壁面は、杉皮で葺く予定で
できるだけ昔のままの形を実現しようと思っています。

30年しか考えてつくられない家が増えている今、
何世代にも渡って使うと想定したものを
つくりたい。

それが、今回の工房建築のコンセプトの一つです。





 
一人ではできないからこそ・・・
石徹白洋品店は
本当にたくさんの方に支えられて
成り立っています。

私はこれまで、比較的何でも一人で決めて
進めていくことが多かったのだけれど、
「石徹白」というフィールド、あるいは
テーマとして、中心に据えたときに、
自分一人では、できることに限りがあると
感じています。

それは、自分自身の発想力の限界、というのも
あるけれど、具体的に「石徹白」には
ものすごい多くの可能性が潜んでいるので
それらを、何かしらの形にしたいと思うと
どうしても、さまざまな人の力が必要となるのです。


例えば、今、石徹白洋品店として
力を注いでいきたいと考えている
野良着「たつけ」については、
私が学生時代からお世話になっている
森本喜久男さんの助言が
とても大きな励みになっています。

昨日、カンボジアから一時帰国されているときに
お時間をいただいて、お会いできました。


しかし、実は、「たつけ」だけではなく
石徹白洋品店として、
石徹白に住む者として、
あるいは、日本に生き、これからの社会について
考えていく者として、
森本さんのやってみえる実践というものに
大きく支えられ、勇気づけられています。

私はもともと、国際協力に興味があって、
途上国といわれる国々で、いかに現地の人が
自立的に暮らしを営んでいけるための援助を
するか、ということを考えていました。

しかし、多くの国際組織・NGOは、
現地で本当に持続的な暮らしが続いていくような
「援助」ができているようには思えず、
むしろ「援助」、「支援」をしている限りは
それで終わってしまう・・・という思いがありました。

森本さんがカンボジアでやっているのは、
そういう外からの手を差し伸べる、ということではなくて、
その地域の一員となって、同じ目線を持って
ともに走ることによって
そこの人々の本当に大切なことを
同じ気持ちで、いや、それ以上の気持ちで大切にし
生活を成り立たせていくような活動を
実現されています。

私は、これこそが、そこに住む人々にとって、
それに加えて、その活動に参画する人の人生に
とっても、もっとも意味深いことと感じ、
私自身が、この石徹白でそのアクターになりたいと
「石徹白洋品店」という屋号を掲げ
実践を始めたという経緯があります。


だから、おこがましいけれど、
私の活動が、石徹白に住む人にとって
何かの形でプラスになっていたら嬉しいし、
でも、すでに、私自身にとって
石徹白という場所は、必要不可欠で
ここでの学びや出合いが、
私の暮らしをより豊かで彩りあり、
充実したものにしてくれています。



こうした、私の石徹白での実践の
方向性を確信あるものとして
自信を持って進めていけるのは、
間違いなく、森本さんのおかげさま。

頻繁にお会いできなくても
その存在に励まされているのです。



そして、例えば、石徹白に残る文化や
伝統を伝えていく活動をしたい、と思うときに、
さあ、絵本をつくろう!
昔のことについて、語り継ぐような本をつくろう!と
思いたち、進めていけるのは、
民話絵本について言えば、
友人のイラストレーター、南くんのおかげさま。



石徹白に語り継がれる民話があって、
誰もが知っているけれど、
気軽に手にとれるメディアがない。

新しく石徹白に移住してきた人に
伝える術がない・・・
だったら、絵本をつくろう!と思いたち、
相談に乗ってもらったのです。

彼の絵によって、本当に素晴らしい作品に
石徹白民話が発展しつつあります。

この秋にお披露目できるように
少しずつ進めていますが、
可能であれば、いくつかの民話を
シリーズ化して絵本制作をしていきたいと
考えています。

ありがたいことに、南くんには
「絵本をつくってみたかった」と言ってもらい、
お互い、本当に楽しみながら進めています。

彼なければ実現できないこと。
ありがたいの一言に尽きます。


そしてそして、やはり、石徹白洋品店としては、
石徹白の自然の恵みをとりいれた
ものづくりを深めていきたくて、
その経験を、地域内外の人にしていただきたい、
という思いがあり、この夏から工房をつくります。

それには、この土地ならではの建物で
わざわざここに訪れていただけるような
場でありたいと考えてきました。

そこで、友人で杣大工をやっている
荒木くんに相談し、工房建築を進めています。



彼に相談し、昔からある日本の伝統建築で
かつ、石徹白にマッチするものをつくろうと
話をしているうちに、
近所で、古いおうちの解体が決まり、
その古材をいただけるという幸運に恵まれました。

彼とともに仕事ができることも
当初からわくわくしていたけれど、
まさか、石徹白のすばらしい古民家の一部を
使わせていただけるなんて!と
さらにわくわくが高まります。


私一人では、とうていなにもできないけれど、
様々な人とのかかわりの中で
石徹白でしかできないことが
一つずつ実現しつつある。
それが、奇跡のことのような
だけれど、必然のような
不思議な気持ちでいます。



他にもたくさん、いろんな人のサポートや
参加をいただいて、
ものづくりを進めていて、
日々、感謝の気持ちでいっぱいです。

わざわざ石徹白まで足を運んでくださるお客様、
そして日々支えてくれている夫、息子はもちろんのこと、
石徹白でともにものづくりをしてくださっている
RさんやMさん、縫製工場を経営されているSさん、
温かい目で見守ってくださる地域の方々、
さをり織の布を織ってくださるみずほ園のみなさん、
企画展に参加してくれる作家さんたち、
カレンダーやHP制作に力を貸してくださった
クリエイタ―のみなさん・・・
数えればきりがない・・・。

 
6月に出産を控え、
ますます動けなくなるけれど、
こうして、多くの人とともに在るものづくりであれば
何とか進んでいけるのでは・・・とも思ったりしています。 


そんな場・テーマとしての力を持っている
石徹白という土地に住まわせてもらえていることに
感謝し、また、何か私にできる恩返しを
していきたいと思います。
みずほ園でのさをり織り
今日、郡上市大和にある
障がい福祉サービス事業所である
みずほ園さんに行ってきました。

いつも、さをり織で、布を織ってくださっています。

一宮でガラ紡糸をつくってみえる
木玉毛織さんから仕入れた
エコ染めの糸を使って
ストールや、コート用の服地を
織っていただいています。

私がとってもお世話になっているのは、
Kさんという男性の利用者さんです。

この方は、とっても丁寧に緻密な布を
織ってくださいます。

服をつくる者としては、
これくらいきっちりと織っていただけると
使いやすくてありがたいのです。

その織り姿はまさに職人!



布端もきれいで、
手織りでこんなにも美しく
ぱーんとした布ができるのか!と思うほどです。

ボーダーやストライプ、
あじろ織りのストールを
秋冬用にお願いして
織っていただいています。



彼は、きちんと数を数えながら、
規則的にかっちりと織っていきたいタイプだそうで、
その彼の強みが、
私の要望とぴったり合っていて、
ありがたいのです。

Kさんの他に、もう一人、Hさんという
若い女性にも織ってもらっていますが
彼女はふんわりとしたやわらかい布を
織ってくれます。

KさんとHさんとでは
同じような糸を用いても
作品がまったく違って、
それぞれの特性が表現されます。

こうした違いも含めて、
KさんとHさんの個性にマッチした
作品づくりを進めてもらい、
一点物として、
使う方が思い入れと愛着を深くするような
ものづくりを進めていきたいと思います。


みずほ園さんでKさんの姿を見て、
ますます意気込みがおおきくなりました。

秋の企画展に向けて
少しずつ私も準備を進めていきたいです。
 
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