卒業式、そして春が来る。
石徹白小学校の卒業式が、
3月25日に行われました。

その前日まで、またもや雪が降り
あぁ、またたくさん積もるのかなぁと
心配しましたが、50センチそこそこで
それほど降らずにありがたかったです。

とはいえ、集落はまたまた美しい雪化粧をしました。


でも25日は快晴。
卒業式にふさわしい晴れ日となりました。

卒業式には、保護者だけではなく
地域の方も参加されます。
私たちも、家族で参加してきました。



あたたかく、小春日和。

今年は卒業生は5名。
こんなに多い卒業生を送り出す卒業式は
私は初めてでした。

11名の小学生のうち、5名が卒業し、
6名のみ残ります。
来年度の入学生は0なので
4月から、6名の児童に。

少し寂しくなりますが、
その後の年からは
途切れることなく子供が続いているので、
この少なくなる一時期を
地域でどう支えていくか、なのかなと思います。



小規模の学校ではありますが、
子供たちの合唱の声色は素晴らしく
涙が出そうになりました。

たくさんの地域のみなさんに支えられて
こうして卒業生が巣立っていきます。

中学生になっても
運動会や文化祭には
参加してきてくれるので
成長がよく分かって、
私自身うれしいです。

それに、保育園の子供たちの相手も
よくしてくれていたので、
これからも、お姉さん・お兄さんとして
息子たちとも遊んで欲しいです。



地域に小学校があり続けるって
本当に大切なことです。

小学校や保育園があるから
ここに移住ができた、ということもあります。

小学校からバスで通うより
やはり地元の文化や郷土を大切にした
教育がなされる学校が身近にあるほうが
ありがたいです。

保育園も、今は7人で少人数。
とはいえ、7人兄弟みたいに
みんな本当に仲良く過ごしてくれているし、
先生も地元の方なので
地域の自然の中でめいっぱい遊ばせてくれます。


これからも、小学校・保育園があり続けられるよう
私もできることは何でもしたいと思います。



4月6日は入園式。
2歳の息子も一張羅を着て、
入園させてもらいます。

それも楽しみ~。

春、うきうきする気持ちで
新しい年度を迎えたいと思います。 
ガラ紡布の「たつけ」
この冬の間につくりたかったものの一つとして
ガラ紡布の「たつけ」があります。

ガラ紡とは、明治時代に日本で初めて開発された
紡績の機械で、ぽこぽことした手紡ぎのような風合いの
やわらかい糸が紡がれます。

その後、細くて均質な糸が引ける
西洋の紡績の機械が入ってきてから衰退の一途をたどり、
現在では、数えるほどの機械しかありません。

確かに、服をつくる者として、
裁断しやすい、扱いやすいタイプの布では
ありませんが、日本の紡績のはじまりという象徴として、
または、均質なものが安く普及する中で
手の温もりの感じられる布であるという側面からも
私は大切にしていきたいと思っています。

実際に、身にまとうと、とっても温かくて
やわらかい、そして優しさが伝わってくる布なので
特に冬用のコートや、パンツにふさわしいのではないかと
かねてから思ってきました。

ただ、流通しているガラ紡の布はほとんど全てが
生成り色なので、パンツに使うには汚れが目立つということと
冬なので少しダークな色が欲しいということで
なかなか作ることができませんでした。

そんなときに出会ったのが、
岐阜市内でガラ紡糸をつくっている会社さん、
マインド松井さんです。

マインド松井さんは、色々な経緯から、
ガラ紡の機械を入手され、
国産の綿花と海外の綿花、両方を材料として
ガラ紡糸を紡いでいらっしゃいます。

最終的には国産を目指しておられるのか、
今、九州で様々な方たちと連携され、
綿花栽培の面積を増やしてみえます。

加えて、染めも、草木染めでやってくださるということで、
九州のその地域で伝統的に栽培されてきた
「紫紺」を使った染めをお願いすることができました。

今回の布は、私の希望の色を叶えるために、
紫紺と化学染料の割立てですが、
将来的には、紫紺染めのみの布でも
作ってみたいと思っています。

とても上品な紫色です。


この色の、また、異なる織り方のガラ紡布で
コートを仕立てる予定です。
(といっていたら、春が来てしまった・・・)

そして、今回作ったたつけ。


ガラ紡の布は、糸が空気をはらんでいて、
織り方もふっくらしていることもあって、
融通が効く布だということが、
最近よく分かってきました。

いせこむこともできるし、
完成品を履いてみると
少しだけれどストレッチ性もある。

扱いは、思ったよりしやすいものです。

だから、パンツのフィット感もあるし、
スリムに作ったとはいえ、
窮屈な感じではありません。

さすがに、縫うのは、分厚い布であるため
慣れないと難しさはあるのですが、
慣れてしまえば、それほど難儀ではないです。

これまでガラ紡の手織り布でコートを作ってきたので
このたつけを仕立てるのは、難しいことでは
ありませんでした。


そしてこのたつけ、
これまでと異なる寸法の裁断で作りました。

これまでは、Sおばあちゃんに伺った
作り方をベースにつくってきましたが、
石徹白で目にするたつけは
もっとスリムなものが多かったので、
Rおばあちゃんにも作り方を聞いてみたのです。

すると、本当に少し違うだけなのに、
あるところの裁断寸法を変えると
とってもスリムなパンツになったのです。


たつけは、あらゆる部分で、
体に合わせるための調整がききます。

足の長さ、ももの太さ、ふくらはぎの太さ、
ヒップ、ウエスト・・・もう、ありとあらゆる部分が・・・

だから、色々つくっていても、
これ、という正解はなくて、
履く人のサイズや希望によって
変更することができるのです。

これまで、誰もが着られるような
ワイドなものばかり作ってきましたが、
やはり、たつけらしいといえば、
足首がしぼまっていて、
作業しやすいとされる
このタイプの形だと思います。

実際に、私もこの作り方でつくって履いてみて、
レギンスとしても使えることがよく分かりました。

しかも、ヒップとウエストのサイズが同じなので
妊婦でも全く問題なく着用することができて
産前産後、大活躍しそうです。わーい!


そう考えると、ただ、初めてたつけを作る方には
何をどこまでお伝えすべきかということが
迷うところです。

あまりお伝えしすぎると混乱されるようですし、
でも、せっかくだから、自由自在に
サイズを変更して、家族みんなのものを
お仕立てしていただきたい。

とはいえ、そこまで至るには、
やはり、少なくとも3、4本は作ってみないと
難しいと思うのです。


今、たつけの型紙をネットショップで販売していますが、
その作り方が、一人のおばあちゃんに教えてもらった寸法や
縫い方のみ描いてあるのも、
「正しい」解がないために、
実際に、石徹白でつくられてきたものを
まずは知っていただこうという考えがあるからです。
(縫い代の始末の仕方や、縫い方そのものも、
実際のたつけは千差万別なのです・・・)

そう考えると、やはり、たつけを作っていただくには
ワークショップで実際に、ことこまかく様々な方法を
お伝えするのが一番だというところに辿りつきます。
ここ、石徹白に来ていただければ、
昔使われていた、古いたつけをお見せすることもできます。

ということで、できれば、4月に入ったら、
またワークショップを開催しようと思っていますので
興味のある方は、ぜひ参加してくださいね。
詳細は追ってお知らせいたします。
4月4日は映画「つむぐ」上映会@郡上八幡
映画館のない郡上でも
観たい映画は観たい!ということで
映画館をつくってしまおうと
有志で立ち上げた「糸CAFEキネマ」。

郡上八幡の街中のカフェ、糸CAFEさんで、
先日、第一回めの映画上映会を行いました。
上映した映画は、「うまれる」。

お蔭さまで満員御礼。
たくさんの方のご協力で
私もかねてから観たかった
映画をゆっくりと観ることができました。

昼の部ではママさんタイムということで
お子様連れもOK。
なかなか子連れで映画を見ることはできませんが、
たくさんの子連れママが参加してくださいました。
しかも、子供たちもみなとってもいい子にしてくれていて
騒がしいことも一切なくて!

本当にいい会になったと思っています。


そして、第2弾を、4月4日(土)に行います。
今度上映するのは、「つむぐ」です。



この映画もかねてから観てみたかったもの。
監督さんとご縁をいただいて、
当日は、上映後に監督さんのトークも盛り込まれています。


そして、映画の内容に関係する
ワークショップも、
昼の部と夜の部の間の時間に行われます。


この映画は、
ある3人の生き方を映し出すものです。

どう生きるのか。

今の社会の価値観に惑わされることなく、
自らの生き方を選びとった3人。

深く考えさせられる
様々な側面からの問題提起を
私は感じました。


これからの時代、
いや、すでに今、
答えはありません。

名門といわれる大学を出て
大企業に勤めて立身出世するというような
単純な方程式のような生き方をすれば
幸せになれる・・・そんな世の中ではありません。


いかに自分らしく生きて
自分らしく死んでいくか。

その中に、いかに幸せを見いだしていくか。

ある意味、迷い出したらきりのない
厳しい社会なのかもしれません。

でも、逆にいえば、
自分らしい生き方を見つければ
誰もがいつからでも幸せになれる・・・

そんなふうにも言えます。

映画「つむぐ」は、
これからの社会における
生き方について、
考えさせてくれます。

ぜひ、幅広い年齢層の方に
観ていただきたい映画です。


定員になってしまうと、当日券はありませんので
事前予約をおすすめします。

ワークショップの詳細については
後日、お知らせします!

みなさまのお越しをお待ちしております!



 
民話の絵本
来る春、ゴールデンウィークに向けて
着々と進んでいる「民話の絵本」プロジェクト。

石徹白洋品店として、
(名前は洋品店だけど)
石徹白の様々なすてきなところを
残して、伝えていきたいと、
前々から妄想していたプロジェクトの一つです。

第一冊目として作り始めているのが、
「根後の二又朴葉」のお話の絵本です。

妖怪(?)のような化け猫が出て来る
こわーいお話ですが、
なぜか、怖い話って、好き♪

小さい頃から、日本昔話の番組も好きで
怖いものほど、何となく頭に残っているような・・・

きっと石徹白で、この話が伝えられてきたのも
怖いお話だから・・・?
いや、それだけではなく、実際にその場所が
今でもみられるから・・・?

私はまだそこには行ったことがないのだけれど、
この絵本が完成したあかつきには、
ぜひとも行ってみたい場所があるのです!

それがどういう場所なのかは
完成してからのお楽しみ!

絵描き(?)の南景太くんから届いた
下絵のラフです。



これを見せてもらって
よりわくわくが高まりました!

すごいすてきな絵本になりそうです。

GWの営業日には、
絵本が完成できたら
朗読イベントも開催したいと思っています。

お楽しみに!!

 
直線縫いの服たち
最近の二つのお仕事をご紹介します。

私は洋裁を学校で学んできましたが、
石徹白洋品店としては、
布を無駄にせずに、
「布にからだを合わせてきた」日本の伝統文化を
重んじて、直線断ち・直線縫いをベースとした
服づくりを行っています。

この日本の服「和服」に対して、
「洋服」は、人の体に布を合わせるという思想。

だから、カーブがふんだんなく出てくるために、
捨てざるをえない布がたくさんあります。
服づくりを学んでいるときの
私の葛藤は、ここにありました。

せっかくすてきな布なんだから
捨てる部分なくすべてを使いたい。

そんなことを思っているうちに出会ったのが
和裁の考え方でした。
すべて直線断ち、直線縫いで、布はまったく無駄にならない。

直線で断たれているので、
分解して、リメイクすることもできる。
なんてすばらしい発想なんだろうと、
改めて、日本の考え方の奥深さを知りました。

これは、自然の恩恵をいただきながら
手紡ぎ手織りで、自ら布を生みだし、
その大変さを知っているひとびとだからこそ
思い至ったことなのだろうと、感じ、感銘を受け、
そして、私自身、そういう心持ちのなかで
暮らしていきたいと思ったのです。


そういうわけで、今、石徹白に残る野良着を
おばあさんからお借りしてきて
それらをベースに服づくりをしているというわけです。


ここ数日でお仕立てしたもの。

「さっくり」のデザインからつくった
チュニック。




これは(写真では分かりにくいですが)
袖が特徴的でドルマンスリーブのようになっています。

長方形一枚で、袖が作られていて、
着物とはまた違う形で、とても面白い縫い方だったので
真似してみました。

身頃もまっすぐの長方形。
襟ぐりのみ、カーブでくってあります。

リネン布で作らせていただきました。


そして、クメール伝統織物研究所から仕入れさせていただいた
手紡ぎ手織り、草木手染めによる織物で
つくらせていただいた巻きスカート。



このデザインは、現地(カンボジア)の巻きスカートと
ほとんど同じ形です。

カンボジアにおいても、布をそのまま活用して
巻きスカートが作られていて、
和服の考え方を通じるものがあります。

四角い布に、ウエストダーツをつけ、
あとは手縫いで仕立ててあるので、
リメイクすることも可能なデザインになっています。


このような和服ベースの服を作っているときは
私自身、精神的にとても気持ちがいいです。

だって捨てるところはどこもなくて、布が
喜んでくれているように思うのだから。

作る者として
素材が、
そしてお客様が
喜んでくださることを
想像できるようなものづくりのときが、
本当に幸せを感じる時間です。
 

ご注文くださったみなさま、
どうもありがとうございます。

これからも、このような方針で
ものづくりに励んでいきたいと思います。 
3月になりました
今年は本当に雪が多い冬となりました。
昨年は少なかったので、
その差が歴然です・・・

3月になっても、まだ石徹白は
雪に埋もれたまま・・・

手で除雪をするうちの周りは
本当にかまくらのようになってしまっています。



屋根の雪下ろしをする主人と
それを見上げる息子・・・

屋根へは地面からそのまま行けてしまうくらいです。
雪下ろし中にあやまって落ちても
全然大丈夫ですね(笑)


今年は、昭和56年の豪雪以来の
雪の多さだと、地元の方がおっしゃいます。

ただ、今は、除雪が機械で入るので
その頃の大変さと比べればまったく苦労なく
普段通りの生活が送れるとのこと。

確かに、これだけ降っても、
峠道が封鎖されることもなく
白鳥に下りてお買いものに行けるし、
主人も峠を下りて仕事に行くこともあります。

車社会のおかげさまですね。


こういうところに住みながらも、
インターネットで世界中のつながり、
どこのものでも、宅配で取り寄せることができ
何の不便も感じないどころか
都心のようなストレスもなく・・・

時々、これほど贅沢な暮らしはないと
何だか、石油&科学技術文明の恩恵に
乗っかりつつも、大自然を味わうという
矛盾した生活に、
何かしわ寄せが出て来るのではないかと
不安になったりもします。

このままで本当に良いのか・・・

限界が見えたときにはもう遅いのではないか・・・

田舎で過疎が進み、
それを食い止めるために
様々な施策が打たれ、
でも、本当に、根本的な解決に向かっているのかと・・・。

暫定的にちょこっと人が増えただけで
どうするのだろうかと、考えたりします。

こういうところで本当に暮らしていくためには
物理的な環境は、もはや今の時代においては
前提かもしれないけれど、
心のほうを、見つめ直していかなければならないのでは
ないのでしょうか。

お年寄りが、昔の子ども時代の話を
目をきらきら輝かせながら語っている姿を見ると、
今のような消費社会ではない質素な暮らしの中にこそ
人が生きていくことの幸せの形が
あるのではないかと感じたりします。


でも、その暮らしの素晴らしさ、しかし同時にあるだろう
大変さを経験したことのない私には
本当の意味では理解できることではないのだろうとも
認識しています。



・・・
なんだか久しぶりにぐるぐると考えがめぐりますが・・・

私が今できること、
それは、なくなりつつある
ここでの暮らしを支えてきた生活の知恵や技術であったり
先人らが残してきた心持ちだったりを
伝えること

しかないのかなと、
そのためにやれることをやっています。



3月、春の陽気が少しずつ
気持ちを明るくしてくれています。

前向きに、
楽しく、
動きながら考えながら、
これまでのことを
これまでのように、
そして、新しいことも加えながら
進んでいきたいと思います。