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いとしろカレッジ卒業式、そして映画上映会(3/26@池田町)
今日明日は、昨年7月から毎月9回の講座を行って来た
「生きるを学ぶ いとしろカレッジ」の卒業式でした。

全部で10名ほどのメンバーが
半年以上、石徹白に毎月1度通って、
さまざまな学びを得ていくという取り組みの
第1期が、明日で無事に終了いたします。

(長男が撮った写真なのでちょっとゆがんでいますが。。。)


案内人(企画したの)は、
3年前に名古屋から石徹白に移住してきた
加藤万里子ちゃん(まりっぺ)です。

彼女が、地域おこし協力隊の任期を終え、
自分自身のやりたいことを石徹白で実践。
それが「いとしろカレッジ」でした。

石徹白で「生きる」を学ぶ。

どんな内容になるのか、
どんなメンバーが集まるのか、
昨年の7月が第一回目。
どきどきわくわくでした。

私は、週末開催のいとしろカレッジには
子供と遊んでいたりしてなかなか参加できませんでしたが、
スタッフをしていた夫いわく、
「自分を省みて、見つめ直すことができる
仲間や場が、見事にできていた」と
いとしろカレッジのことを評価していました。

石徹白の地元の人との交流の中で
何かを学び取ることはもとより、
仲間とともに時間を過ごし、
自分のことを振り返って、
これからのことを考えていく、という機会は、
社会に出てからはなかなかないなあと思います。

これまでのバックグラウンドが異なるけれど、
そういう人たちが、同じ石徹白という場に
集まることで共有できたさまざまな思いや、
尊重できた、あらゆる考え方、方向性。

その仲間、場、というのが、本当に貴重だったのだと
私は夫の話を聞いていて思いました。


確かに、皆、最初に出会ったときとの印象が
かなり変わりました。

どう変わったのか、うまく言葉にはいえませんが
(変わることだけが大事とも思いませんが)
みんな、とてもはつらつとして、
顔を上げて、未来を眺めているような、
そんな思いがしました。


きっと、仲間ができて、
帰る場所ができて、
みんな心強かったんだと思います。

そして、石徹白に住む者として、
こうして一年を通して石徹白に通ってくださって
四季折々の変化を感じながら、
石徹白で過ごしてくださったことを
ありがたく思います。


いとしろカレッジは、来年度、第2期も開催予定です。


募集開始はまだもう少し先となりますが
いとしろカレッジの根底にある思想をご紹介する
イベントが、3月26日、岐阜県池田町の
「場所 かさじゅう」(土川商店)にて
開催されますので、
ごきょうみのある方はぜひ足をお運びください。

********
3/26 sun 13:30-16:00

「いとしろカレッジとサティシュ・クマールの
今ここにある未来」

いとしろカレッジの活動紹介と映画上映を行いま
す。スイーツもお持ちします。

参加費:1500 円 ¦ 定員:20 名

お申し込み先:
info@itoshiro.org
TEL/FAX 0575-86-3360
*********


 
映画「おだやかな革命」制作にご協力・ご支援ください!
あたたかくなったり、寒くなったりを繰り返しながら
春に向かっていくのですね。

快晴が続いたとおもったら
今朝は雪がちらついていました。
まだまだ気が抜けない寒さを感じます。

同じ郡上の中でも八幡あたりはもう畑にも雪はなく
耕作を始めている人もいるようですが、
石徹白はだいたいGWくらいからが本格スタートです。
それまでもうちょっと冬眠気分を味わおうと思います。


さて、映画「おだやかな革命」が今年秋に公開予定です。
映画監督の渡辺智史さんは、ここ3年ほど石徹白にも
通って撮影を続けて来られました。

この作品は、「市民による地域エネルギーの事業が
きかっけとなり、地域での暮らしが魅力的に変化を遂げて行く姿を
記録したドキュメンタリー映画」
(FBページより)です。



石徹白での発電所ができるプロセス、
石徹白洋品店の工房建築もずっと撮影されていました。
(実際に映画に登場するかは分かりませんが!)

渡辺さんは、石徹白以外でも何カ所かの地域で
撮影をされてきたので、その内容もとっても気になります。


撮影を続ける中で、渡辺さんの中にも
いろんな変化があったようで、
それが反映されての作品化。

私自身、渡辺さんと話をしている中での
気付きも多かったし、同世代として
これから築いていきたい社会をどうとらえているのか
意見交換のようなことができたのが
大きなことでした。

カメラマンの佐藤さん(右)、渡辺さん(右中)と。


ドキュメンタリー映画は、私は好きで、
見ることで刺激をもらったり、
次の行動が変わったりして、
やはり、生の現場を見られることって
リアリティ溢れ、そのまま自分の暮らしにはねかえってくるような
そんな思いがしています。

そういう意味で、石徹白での取り組みが
観た人たちにどういう反応として受け取られるのか
とても気になります。どきどき。


制作のための資金集めとして
3月1日よりスタートしたクラウドファンディングの取り組み。
ぜひたくさんの人にご支援いただければと思います。

どうぞよろしくお願い致します。


 
糸カフェで糸紡ぎ
今日は糸カフェさんでの企画展中のWS第1弾、
糸紡ぎワークショップでした。

近くで栽培された木綿をこよりにした状態から、
スピンドルで糸を紡いでいく、という体験。

午後から、私も時間ができたので
参加させていただきました。

教えてくださるのは、
助産師・鍼灸師さんなんだけれど、
糸紡ぎエキスパートになりつつある
もりのこ鍼灸院の加藤祐里さん。



なんと、スピンドルも自分で開発しちゃって
手作りし、今回の参加者に分けてくれました。
すごい!

いろんなスピンドルを経験して、
自らアレンジし、家庭で簡単につくれるようにしたものでした。
(カラフルなテープがあしらっているもの)



わたくし、今日、とても久しぶりに糸を紡ぎました。
(次男もいなくて自由だったし!)

久しぶり過ぎてぼっこぼこだったけれど
(といっても、もともとたいして上手でもないし
経験も浅い、、、)
もう楽しくて楽しくて。


ぼこぼこした糸も、手編みや手織りに使うなら
風合いがよくて好きなんだけれど、
紡いでいくうちに、
どうしても細くてきれいな糸が紡ぎたくなります。

細くてきれいなのは、機械に任せておけばいいのに、
なんでしょうね、よりよいものを、と思うのは人の性でしょうか。
(何をもって、よりよいもの、と言うのかは、それぞれですが)

ああ、私も糸車を使って紡いでみたいな、とか、
紡いだ糸で織ってみたいな、とか
いろんな妄想が膨らんできちゃいます。

作家さんって、それを追求してお仕事にされている、
すごいなすごいな、とか、、、なんだか
頭の中が、糸紡ぎワールドで終始していました。


そういえば、小学生くらいのとき、
おばあちゃん(昭和4年生まれ)が、
「機織が好きで好きで、でも病気になったから
おじいさんに機を燃やされて、悲しかった」
という話を聞いたことを思い出しました。

病気になるほど(?)機織が好きだったなんて
どういうこと?って、そのときは思ったのですが、
(機織と病気は関係ないかもしれませんが、
小学生の私のそのときの解釈)
なんだか分かる気がしました。

それくらい、もくもくと熱中して取り組んで、
形づくっていくもの。それが糸仕事、織仕事。

もちろん、機械でつくられる工業製品としての
服がない時代は、大変な労働を強いられてきたのかも
しれませんが、それが、ただの苦労じゃなくて、
楽しみの部分もあったのかも・・・と
糸に関係したことのある先人らの口調から
読みとれたりもします。

大変な労働をなくしていこうと
産業革命によって工業化が進み
構築された現在の繊維業。

しかしながら、人の楽しみの部分も
同時に、工業化されてしまって、
それがめぐりめぐって手仕事ブームにも
つながっているのかもしれないなあ、と思います。


私の課題は、いかに、そういう心が落ち着く作業をする
時間を創り出すか、ということ・・・。

今はとにかく、子どもと一緒にいる時間が
ほぼすべてなので、
子らのあらゆる「欲」を満たすことに向き合うことが
最優先で、自分のための手仕事にまで
至らなくて・・・
そういう時期は誰でもそうだと思いますが。。。


とにかく今日は糸を紡ぐことができて
本当にいい一日でした。

そういう機会に恵まれて幸せ。
ありがとうございました。


明日はこぎん刺しワークショップ。
こちらも、きっと楽しいに違いない!

ご参加されるみなさま、ご期待くださいね。
お待ちしております。 
糸染めの日
秋の日はつるべ落とし、
とはよくいったものです。

もう17時を過ぎれば暗くなりはじめ、
17時半には、夕食を子供たちに迫られる日々と
なってまいりました。

石徹白は山奥の集落とはいえ、
開けた場所なので日当たりが良く、
それほど日が沈むのが早いわけではないのだけれど
この季節は、なんだか心が切なくなるような
お天道様の去り方です。

そんな昼間の光を愛しみながら、
ここ最近は染めに勤しんでいます。

今日はマリーゴールドの花と葉っぱで染めました。

花と葉っぱは分けて、2種類染め液をつくりました。

以前、両方混ぜて染めてみたら、
花だけで染めたときよりも
渋い色になってしまったので、
色が違うんだ、と思って、今回は別々に。

藍を育てたとき、虫除け対策に、マリーゴールドを
畑に植えていました。

それを活用。
今花盛りですが、これをすぎるとすぐに種をつくるため、
枯れていってしまいます。チャンスのときです。


最近、糸染めを学んでくれているSさんと、
子連れで染めの実践会。


彼女は、これまでも、ニット作品を数多くつくってくれています。
いつか、染めた糸で、編んでもらいたいと期待しています。

私も彼女も、子供が小さいので、
子供たちとの時間も大切にしながら
一緒にできることを探していきたいです。

よちよちの彼らと過ごせるのは、
今しかないから大切にしたいですね。



とはいっても、ガスも使うし、
子供たちには危ないこともあるので
注意しながら作業を・・・。

子供が小さくても、やりがいのある仕事づくりを・・・と
思っていますが、糸染めがその一つにいつかなればなあと
考えています。


今日は久しぶりにお天気が良かったので、
以前染めた糸を少し洗いにかけました。

洗って乾かして、まきまきして、
織りや編みに使える状態にします。

来シーズンからは、糸での販売も考えていますし、
エコ染めから、草木染めへの以降を試みようと
わくわくしています。

できるところから、
なるべく環境に負荷をかけない、
目で見える範囲での、
気持ちのあたたかくなる
やさしいものづくりへ。

すぐにすべてを、草木染めのものに、
というのは、難しいかもしれませんが
目指していれば、必ずできると信じて。

藍の栽培もその1つ。

もっとも大変な自然染めと思っているけれど
大変大変と思って、何もしなかったら
何も進まない。

10年後かもしれない、もっと先かもしれない、
けれど、諦めずに、やっていこう。
そうしたら、きっと明るい未来にたどりつけるはず。

私のカンボジアにいる師匠が言っていました。

どんどんスピードが早くなる。
時代が後押ししてくれるから大丈夫。
信じてやりなさい。

進むのみ。

ありがとうございます。

今日もいい一日になりました。

 
「いとしろカレッジ」スタートしました!
7月30日より、「生きるを学ぶ いとしろカレッジ」という
講座が、9カ月間に渡って、石徹白でスタートしました。

これは、地域おこし協力隊で、石徹白に移住して3年目の
加藤万里子ちゃんが企画して、運営しているもの。


*****

いとしろカレッジは、自然とともにある暮らしが脈々と続いてきた石徹白で、
古くからの生きる知恵や精神を、現代によみがえらせる取組みにふれて、
これからの持続可能な生き方を考える学びの場です。
近年の気候変動や不安定な社会情勢の中、
今の暮らしや社会に対して、このままでいいのだろうか?と
疑問に思ったり、悩んでいる人も少なくないのではないでしょうか。
過去と今、未来をつなぐこの地(石徹白) で、
自分たちの暮らしは自分たちでつくる「生きる力」をともに学び、
望む未来への一歩を踏み出しませんか?

*****

 

 私自身も、石徹白に2007年から通い始め、
いつも石徹白に住むみなさんから、
そして周りの自然や歴史から、
様々なことを学んできました。

机上では学べない、本からでは教えてもらうことのできない
本当に大切な、「生きる」ということを
全身で学びとることができるのが、この土地の真の強さ、
そして魅力なんではないかと、考えてきました。

これをより多くの人に伝えたいと思い、
石徹白洋品店という形で、
一つの、石徹白を知ってもらえる方法で
今までやってきたわけですが、
いとしろカレッジはまさに、石徹白に学ぶということを
前面に唄っている素晴らしい取り組みだと思います。


9名の受講生が集まり、
また、地域スタッフという形でIUターンの若者、
NPOの賢者たちが一緒になり、一カ月に一度、
1泊2日の濃密な時間を過ごすことになります。

私はスタッフとして関わらせていただきますが、
昨日一日だけでも、その学びと出会いの豊かなこと。

参加させてもらえて、本当にありがたい限りです。

今日も一日フィールドワーク。

これから9カ月間で、
どんなことが起こるのか、楽しみです。 
藍の畑を耕す
4月11,12日の二日間かけて、
1反弱の畑をコマメ(小さな耕運機)で耕しました。
(写真が分かりにくいですが、右側の2枚です)


今年から、藍の栽培を始めます。 

楽しみで仕方ありません。

先日、郡上市白鳥町に住む織物作家さんの個展に
行ってきました。

彼女が数年前に師匠のもとで染めた藍色の糸を
使った作品をつくってみえました。

その藍の色は、他で見たことのないような
透明感のある藍の色でした。

藍のもっとも深い、濃紺も好きですが、
この瑞々しくも深みのある何ともいえない色が
印象的で、こんな色が、藍の葉から出るのか・・・と
感動を覚えました。


私は畑も素人だし、
藍染めのことも、
ほとんど知らない。

どこまで何ができるか分かりません。

子供も小さくて、できることも限られます。

今回も、10カ月の次男をおんぶして畑をしたので
肩が痛くて、ああ、畑って大変だなあって
へこたれそうになりもしました。

けれど、やってみたい気持のほうが大きいし、
できる気もします。

自分が無理して、届くか届かないか分からないところに
手を伸ばしているときって、
大変さももちろんあるけれど、
それ以上に、やらずにはいられない衝動によって
突き動かされていて、無我夢中になっている。

それくらいの原動力によってしか、
新しいことって生まれないし、
届かないだろうと思っていたことが
この手に届くことって、ないと思うんです。


無理することが、私自身がしんどかったり
周りの人に迷惑をかけることになるかもしれない。

だけれど、そうやってやってきた一つ一つのことが
今につながって、今の私が在ることを考えると、
いや、もはや、考えるより前に、
動かずにはいられない、そんな心持ちで
藍畑を始めています。


4月末頃には、種蒔きをし、苗が育ったところで定植。
8月頭には一番刈りができれば・・・と思っています。


土に触れずして、何も生み出せない。
畑をかまっているうちに、何をつくりたいか見えてくる。

師匠の言葉を頼りに、
私なりにできることから
始めていきたいと思います。

土に触れられる、今のこの暮らしに感謝して。 
春の訪れ
こんなにも春の訪れを
はっきりと感じ、
それによって心がぱあっと
明るくなる感覚を持つようになったのは
石徹白に来てからです。

冬が暗くて冷たくて、寒くて・・・と
マイナスに思っているから。というわけでは
ありません。

しんしんと積もる雪の中で、
ちくちくと手仕事がはかどる。
お腹がすいたら、肉のつけものや
にしんずし。
冬の体が欲しがる味を
すぐに楽しむことができる、
そんな冬の醍醐味を満喫もしている。


でも、やはり、雪が沈んで、かってこになって
その上を歩ける日が増えてきたり、
風にのって、春の香りがどこからともなく
漂ってきたりするのを
より敏感に、明確に感じたりするのは、
冬の間、じっとそれを心待ちにしているからなのか、
冬と春の境目が、よりはっきりと分かるからなのか。


少し明るい色のたつけをつくってみようかな、とか
ふんわり羽織れる薄手のストールを
織ってみようかな、とか、
杉葉の草木染めをはじめてみようかな、とか、
アクティブに動きたい気持ちがみるみる芽生えて、
具体的に、実質的に
からだを動かすことが多くなる。

冬はいろんなものをためこんで(脂肪も・・・やりたいことも・・・)
それを明るい季節になった途端に、
実行したくなる、という、毎年同じスパイラル。

この解放感といったら。

雪の深い、石徹白に住んでいるからこその
これも、季節の変わり目の醍醐味というもの。


田舎に住みたい、という願望があって
田舎に移り住んだわけではない私ですが、
(もちろん、ここは大好きなのは揺らがない事実だが)
やはり、ここでしか分からないからだと心の
自然の移り変わりとともに変化する内実が
とても心地良く感じるのです。

からだと心に正直に生きられる。


人がたくさん居過ぎて、
ごみごみしていて、
心の解放もままならない
都心に、
どうしてあんなに人が集まるのだろうか・・・

と時折思ったりするけれど、
私自身も都心に(2年くらいだけだけど)
住んでいたことを思うと、
人生において、そういう時期が在る人もいるだろうし、
そういう場所のところのほうが
心落ち着く人もいるだろうし・・・と想像して終わるのです。


それよりも、この場所の、
ここにしかない雰囲気をめいっぱい感じ、
思いっきり羽を広げて飛び立つ鳥のようなかんじを
分かち合えるような人に
ここに来てもらって、何かともに手を動かしたいと
常々考えています。


工房の建築は終盤。
5月頭には完成見学会をして、
店舗オープンも予定しています。

これから慌ただしくなる。

息子も目が離せなくなった。

でもきっとなんとでもなる。

子供を育てるように
藍も育てていければ・・・と
藍染め師匠の言葉を思いながら、
また一歩踏み出そうと思うのです。

春の空気を吸いながら
つれづれに、久しぶりに書くことのできる時間を
いただきました。
お昼寝中の次男に感謝。 
宝物のBOROたち
かねてからお世話になっている
石徹白のT翁。

石徹白の歴史や文化、
暮らしの話しをいつも聞かせてもらっています。

その中で、「うちのおばあさんは
機織をしていた」ということを
おっしゃっていたので、
「古いたつけはありますか?」と
お尋ねしたところ、
「探しておくわい」。

そして今日、それらを見せていただきに
お邪魔しました。

それらは、もう、私にとって、
本当に宝物ばかりで興奮しまくり。

見たことのないような
布の組み合わせのたつけや、
あまりにもふわふわした気持ちのいい
麻の「はかま」などを見せていただきました。

そしてその中に、
「何に使ったか分からんのだが・・・」といって
見せていただいたのが、
あまりにも美しい刺繍が施されたもの。

黄金色にみえる糸はまぎれもなくここの土地で
栽培された麻の苧(お)。
そして地は、細かく織られた麻布に藍染めを施したもの。



思わず息を呑む美しさ。
意匠はこぎん刺しと限りなく似ていて、
でも、刺し方はこぎんではなく、刺し子風。

しかも、デザインは一種類ではなく
何種類もの異なるものが差されていて圧巻です。

一体何に使ったものの残りなのか
分からないと言いますが、
丸い形で、何かを入れる袋なのか、
足や手を包むものなのか・・・

なんとも大切に大切につくられ、
大切に大切につかわれ、
そして、大切に大切にとっておかれているということが
一目で分かる、光り輝くBOROです。
見ているだけで愛おしくて涙が出そうです。

博物館のショーケースじゃなくて、こうして、
ここのおばあさん(大正2年生まれの方)がつくられた、
というおうちに今もあることが、
より私の心に、大きく響くものを残しているように感じます。

さらに、これ。何でしょうか。



これは、赤ちゃんの「金太郎さん」的前掛けです。
これも胸のところに刺繍がされていて、
子供を思う母(もしくは祖母)の温かく包み込むような
愛情が溢れて来るものです。

すべて麻、ここで育てられ、績まれ、そして織られた麻布。

あんまり素敵なので、寸法をとらせてもらって、
我が子にもつくってみようと意気込んでいます。


ものづくりには
そのものをつくる人の心が
映し出される
ということを言いますが
私はこれらを見せてもらって
まさに、そのことが
いっぺんに
心の中に、ずしん、と入って来ました。

もちろん、心のこもった美しいものって
たくさん見てきて、感動してきた。

でも、やはり、今、私が住むこの石徹白で
それほど昔ではない時代において、
この土地で育てた麻で、
この土地の人が糸を績み、布を織り、染めて仕立てて
大切に大切に使ってきたものが、
今の私の目の前にある。
という事実。

私はこれらを自分の手元におかせてもらって
色々と調べたりしたい、と願望を持ったのですが、
それよりも、一目でも見せてもらえた喜びと、
燃やされることなく、大切に保管されていた背景にある
T翁のお気持ちを共有させてもらったように思え、
もう、心が満たされるばかりでした。


私もいつか、これらのようなものを
創り出すことができるのだろうか・・・

それは私の一生の挑戦、
一生の問い、投げかけのように思えてきます。

それほど、圧倒的で、
美しくて、輝いているものたちだったのです。


そして、やはり・・・
石徹白でも藍染めがされてきて、
それは欠かせないものであったことが
T翁に見せてもらった布ものたちから
分かりました。

どれもこれも基本的に藍染めが施されている。
だからこそ虫にも食われず
丈夫に使い続けることができたのでしょう。

さらにさらに、
今つくっているたつけやはかまのような
すべて直線断ちの縫い方だからこそ、
小さな布もすべてとっておいて、
後で何かにすべてきれいに使い切れる。

カーブでつくる洋服とは全く違うこの効率の良さ。
私はこの国の先人らに、本当に頭が下がる思いで
布たちを眺めました。


こんな素晴らしいものたちを
お借りすることができたので、
ゆっくりとじっくりと
手元にあるうちに
見せてもらい、
その心の部分を
学んでいきたいと思います。

T翁に心から感謝して。 
辻信一さん来石
先日、辻信一さんが石徹白にいらっしゃいました。

NPO/NGO業界で、知らない人はいない
(と私は思っている)辻さんが
まさか石徹白に、石徹白洋品店に
来てくださるとは!

石徹白洋品店の服作りの考え方にも
共感してくださり、嬉しかったです。

夜には、うちで懇親会も。


辻さんは、文化人類学者なのですが、
実は私も、学生時代は文化人類学の先生のゼミに
お世話になりました。

辻さんは、自分がやっていることは
「聞き書き」だとおっしゃったので、
カンボジアや石徹白で聞き書きをやってきた私としては
興味深々。

どんな方にお話を聞いてみえるのかと聞いてみると、
アジアの叡智を伝える賢者たち・・・と。


そう、今回、辻さんは、郡上八幡の糸カフェで行われる
糸カフェキネマの上映会に来られたのです。

辻さんがつくってみえるDVDシリーズ最新作
上映会があったのです。

これからの新しい時代を築いていく
人々を日本に紹介しています。


私も上映会に参加しました。

内容は、とても学びが多く、
同時に励みとなるものでした。

今までやってきたこと、
そしてこれからやっていこうとしていることが
大切なことと信じて続けるべきということ、
そして、「絶望」する必要はないということ。

木が倒れるときは大きな音がするけれど、
木が育つときは、静かに音を立てずに育つ。

社会を変革していこうとする芽は確実に静かに
育っている。信じて、育ち続ければいいんだということ。

様々な、今の日本の流れに危機感を感じるとともに
無力感、絶望感を抱いてきたけれど、
そんな思いを抱く必要もなく、
前を向いて進んでいけばいいと背中を押された気分です。

また、ローカルこそが、広がりがあり、
よりリアルだということ。

グローバル化が進み、今や最終段階にまで至り、
外へ外へ意識が向きがちだけれど、
石徹白のような、小さな地域で、足元を見て、
地域の歴史に、文化に、人々に向き合って
着実に生きていくことこそが、
もっとも求められていることなのだと・・・

辻さんは、第6作目は、ブータンの村で
撮影されているとおっしゃっていました。

本当に小さな辺境の村だそうで、
そこで、コットンを栽培し、糸を紡ぎ、
布をつくっているそうです。

小さな小さな村での小さな取り組みに
着目される辻さんの、次回作が今から楽しみです。



思えば、私も、高校時代から
外へ外へ、グローバルなほうへ
目が向きがちで、
実際に、岐阜から、日本から出ていくことを
目指して、アメリカに、カンボジアに
足を運んでいました。

そこでは、本当に様々な経験ができたし、
知見も視野も広がったとは思うけれど、
いつも、何か宙に浮いたような、
掴んでいるようで、何も掴めていないような
虚無感にとらわれていました。

「地に足をつける」ということが
実際的にできるようになったのは、
石徹白に来てからです。

それは、土とつながる生活ができ、
そこで生きることを決めて、
この土地で人々とともに生きることに
しみじみとした幸せを感じ、
ようやく、自分の軸がぶれないことに気がついたのです。

海外で活躍する人もいるし、
田舎より都心のほうが合う人もいるでしょう。

私についていえば、
やはり、命の源となる
水、光、土としっかりとつながることができ、
人々との有機的な関係性を築くことができる土地が
私らしく生きられるフィールドだったのだと
振り返ったときに、そう知らされました。


この土地で、
役割を見つけて生きていくことが、
とるにたらない小さな実践だとしても、
続けていくことで重ねられるプロセスが、
世界を大きく変えていく一つの歯車に
なりえるかもしれない・・・

大げさかもしれないけど、
大げさじゃない、
土に根差した実践者たちの
やってきたことの意義深さを
改めて思うとともに、
私自身が歩むための、大きな勇気を感じています。



ここ最近、辻さんもそうだけれど、
背中を押してくださる方との出会いを
重ねています。

この人に会いたいなと思ったら
その人が石徹白に来てくださった、
という奇跡的なタイミングの出合いにも
恵まれました。

いただいた勇気を糧にして、
これからも、走りながら考えていきたいです。 
美しき石徹白
昨日、今日は本当にいいお天気に恵まれました。
今朝は、早朝から雲行きが怪しく、
午前中は激しい雨も降りましたが、
次第に晴れ間が広がってきて、
昼間は暑いくらいのお天気に。

秋の空はすっきりとした透明感を帯び、
雲の形も様々に変わっていき、
飽きない様子を見せてくれます。

そんな中、プチ登山をしました。

イトシロシャーロットタウンスキー場の
跡地を、途中まで軽トラで上がり、
石徹白の全景が見える場所まで
登って行きました。

石徹白ってなんて美しい集落なんだろう。

 

険しい山々に囲まれて、
その中でぽっこりと開けた集落。

家は密集して在り、
その周辺に田畑がまとまっています。

家が集まっているところは、
おそらく、清水が湧いていたり、
水が引きやすく、住みよい場所だったのでしょう。

縄文の時代から人が住んできた地域といわれても
何の不思議も感じない、
そんな住み心地のよい土地だったのだと想像できます。

山が近く、木の実や獣を採ることができた。
盆地のような地形は、
強風を避けてくれた。

土もあり、川もあり、木もあり、
すべての自然の恵みが手の届く範囲にすべて存在する。

恵まれた土地、石徹白。


今の時代に大切にされている
お金がなくても、
ここで幸せに生き抜いていけることができた。

自分の手で、自然の恵みを活かして生き、
楽しみを生み出し、力を合わせて人々が暮らしてきた。

その痕跡は、今でもしっかりと残り、
受け継がれています。

私はそれに大いに魅かれて、この地に移り住んで来ました。


釣りをして、魚を食べること。
田畑で米や野菜をつくること。
冬は漬物を漬けて食料とすること。
雪降る中でちくちくと家族の着るものを縫うこと。
家は普請で皆で建てること。

生きるということはどういうことか。

私は、それは、お金を稼ぐことだと思っていました。
お金をいかに上手に使えるようになることか、と
教えられてきたように思います。
もちろん、今の時代においては、
そうなのかもしれません。


でも、それによって得られる喜びは、
自分の力で暮しを営んでいく過程で
得られる喜びに比べたら
それほど大きくないような気がしています。


食べるために田畑を耕すというのは
本当に大変なことです。


凶作の年は、米が必要な分だけとれなくて、
米の混ぜるために、木の実を必死で集めたといいます。
それほどおいしくないものも混ぜて
量を増やして食べていたと。

春夏秋冬、全ての季節において
家族皆のお腹を満たすだけの食べ物を準備するって
本当に大変なことと想像する。
想像はできるけれど、実際に、実感として、
その大変さは、きっと私には理解できないんだと思います。 

必要なのは、野菜や米だけじゃない。
水も汲んで来なければならないし、
薪も十分に準備しておかなければならない。

一家の主婦は、朝から晩まで
そのためだけに生きて働いてきたといっても
過言ではないでしょう。

ありがたいことに、
今は、大変な思いをしなくても、
ガスコンロのスイッチを押せば火が出て、
どこかで買ってきた調味料でもって
料理をすることができる。

そんな時代に生まれ育った私には、
かつての暮らしには耐えられないのだと思います。

それと同じように、
かつての暮らしの中だからこそ
得られた喜びや楽しみを
私はきっと理解することも
できないのかもしれません。


この日、私は石徹白のとあるお蔵を
見せてもらい、素晴らしい藍染めのハッピを
いただきました。

それは、おそらく、手織りのものでした。
すごく緻密に織ってあって
本当に素晴らしい仕事。

糸を紡ぐところから、
染めて、織って、仕立てて・・・

気が遠くなるほど大変な作業でしょう。

一つ一つの工程を同じ人がやったのか
別々の人の仕事なのかは、分かりませんが、
今の時代において、
同じものをつくろうとしても
きっと無理なんじゃないかと思ってしまいます。

なぜなら・・・
そのハッピを見た瞬間、
つくった人の心・・・
楽しみながらつくったような感覚が
伝わってきたのです。

きっと、家の人が着るものをつくるのは
それこそ大変なことだったのだけれど、
絣模様の藍染めの、
あれほど美しいものが
出来上がるというのは、
楽しくなければ、叶わないことだと思うのです。

つくっていてわくわくする、
よりよいものにしようと工夫する。
いいものができることの喜びを知っている人の
仕事だと思うのです。


もちろん、私も、普段からよりよいものが
つくれるように、楽しみながら、
着る人のことを想像しながらつくるけれど、
すべて手仕事でモノづくりをしていた時代とは、
その程度が、まったく違うように思うのです。

今だと、機械でひいた糸を使うし、
ミシンも踏む。

手紡ぎ、手縫いを途方もない作業と思うのか、
それぞれの仕事の間に、いくらでも技術を向上させる
チャンスのある、すばらしい契機のある作業と思うのか、
まったく異なることだと思います。


東北のこぎん刺しが総刺しにされた
「たっつけばかま」という野良着を
見たことがあります。

まさに、「途方もない」刺し子をした野良着と
私は思ってしまったのだけれど、
その時代、女性らは、こぎん刺しを刺すのを
いかに美しいものを生み出そうかと、
夜なべするのを楽しみにして、やっていたという
話を聞いたことがあります。

今よりもずっとずっと生活に余裕がなくて、
夜も様々な夜なべ仕事に追われていた時代なのに、
いや、だからこそなのか、
自分の手仕事の技術を向上させ、発揮させる場として
ちくちくちくと1針1針縫っていた。

その喜びとは、いかに大きなものだったのだろうか。

それは、想像はしても、
私はきっと、分からないままなのでは・・・と
残念に思うのですが、
できる限り、
私もその領域に近づいていきたいと思うのです。



そんなことを、石徹白の風景を眺めながら、
私の少し先の目標を確かめつつ、
思っていました。



この土地に根差し、
それによって、私の生きる意味を
見いだし、深めていきたい。

そんなふうに思うのです。 
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