
主に寺イベントや告知。寺院様の紹介等をボチボチ書いて参ります。
昨日は夏以降、初めて長袖のシャツに袖を通しました。
いい加減に衣替えですかね~。
開成堂です。
昨日、岐阜グランドホテルでロータリークラブ主催の講演がありまして、各務原市の真言宗 高家寺 北川住職が
「徳川宗春の真実」
についてお話しになられました。
開始30分前位から凄まじい雷雨となりましたが500名近い来場者がお越しになられました。
主催のロータリーの方々も驚かれていました
開場前に御住職に呼ばれ、私が微力ながらお手伝いさせていただいている竹腰家の末裔の方が関係者の中におられたとのお話しをいただき、久々に鳥肌が立ちました。
何かしら色々は力が働いている様で、どうも導かれている感が多いのは不思議でなりません。
天候が不順に関わらず多くの方に来場いただき、急きょ椅子を追加した程でした。
(開場前)
受付に飾られたYさん手作りの『めでた尽くし』素敵な作品です。
徳川宗春公は今までの通説と異なり、調べれば調べる程、現代感覚で政治をされておられた事が次々と判明しています。
その頃の江戸幕府も現代の政治と同じ様に官僚(幕閣)によっておかしな政策がとられていたのを次々と改革され、尾張地域(現在の岐阜市鶯谷辺りまで当時は尾張藩領です)を加賀藩を凌ぐ都市にされておられます。
ちなみに岐阜の花火大会を最初に行ったのも宗春公です。元々花火の打ち上げは先祖供養の為なんですね。だから夏のお盆前後に開催されているのですが、既に意味も分からなくなっているので大災害等があった際に自粛しろと言う方々が出るのは悲しい限りです。
今回は宗春公のほんのさわりと言う事で、駆け足でお話しされたのですが時間が足りません
それでも多くの方に良かったと言って下さったので有難い限りです。
前にブログで書かせていただいた、『我慢』と『辛抱』についてもお話し下さいました。
プロジェクターで漢字の説明を受けていて凄く納得したのですが、
『我慢』
と言う字。良く見てみると全然良い字では無いんですよね。特に『慢』と言う字が他に使われている例では
『自慢』『傲慢』『怠慢』
等、ろくなもんでない(笑)それに『我』(が)が付きます。
どうも人の言う事を聞かなそうな漢字ですな。
一応、辞書で引いてみると。耐え忍ぶ事と言う意味にもなっていますが、
『我意を張ること。また、そのさま。強情。』
とも書いてあり、本来はこちらの意味合いが強いんでしょうね。
その証拠に『我慢の角』と言う言葉があり、こちらは
『高慢・強情の気持ちが強いことを、角の堅いのにたとえていったもの』
と書いてあり、益々ろくでもない
反対に『辛抱』は字のごとく、辛さを抱えると言う事でこちらは納得。
また御住職のお話しで、『辛』と言う字に自分の『心棒』を足す事で、『辛』と言う字が『幸』と言う字になると言う素敵なお話しもいただきました。
打ち上げの際にもこのお話しが出て、お年の方が
『そう言えば昔は「我慢しろ」なんて言われた事が無い。全部、「辛抱しろ」と言われていた』
ともお話しされておりました。どこかで変わっていったのかもしれません。
これ以外にも『老』と言う字の本来の使われ方等、色々とお話しいただきましたが、またの機会にブログにしたいと思っています。
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