Gujo Hachiman journal Gujoinus(グジョイナス)

プロフィール
gujoさん
I am TAKADA Yuka, living in Gujo-Hachiman, a wonderful rural town in Gifu, Japan. In Gujo you can experience a lot of interesting things/spots/festivals. And enjoy talking with local people here.
I can supply useful information for English speaking tourists who want to make a trip to Gujo area.
Just send me email at the following tub, please.




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父から聞き書き
オイルタンカーや貨物船で通信長をしていた父から、
聞き書きを始めました。

先日聞いた話は、船団を組んで北洋へ行っていたころの話。
アリューシャン列島近海で鮭鱒を捕獲する仕事。
総勢30隻を従えた船団の母船に乗り、
毎年函館を5月頃に出発したそうです。

まず最初の目的地はアッツ島
先の戦争の激戦地

乗組員は甲板に出て花束や酒などを海に
線香を手向けるなどして戦没者への慰霊式を行ったそうです

そういえば、小学生低学年の頃
折り紙で鶴を折って預けていた頃がありました

今、そのことを思い出しています
年代的にアッツ島ではないので、
フィリピン界隈だったかもしれません
東南アジアへよく行っていた時期もありました

ところで、アリューシャン
あの列島は本当に地形が火山の上部が海面から突き出している”島”
が連なっているのだとか

網で鮭を捕獲する際に、マンモスの大きな大きな牙が
いっしょに掛かってきたりしたんだそうです

マンモスがあのルートを歩いてアメリカ大陸へ
渡ったということなんですね…本当に

オホーツク海では
昭和30年あたりを境に当時ソ連との交渉が年々きつくなり
昭和33年か34年には日本の船団は入れなくなったそうです。

日本は 海洋6マイル説
ソ連は 海洋12マイル説
これでは両者に国境のの認識のズレがあるのですよね
なるほど、
聞いてみないとそういった点すら、何もわかっていませんでした

公海であるはずの海域で漁をしているのですが
ソ連の保安庁の巡視船が 
大砲を向けて父の乗っている母船に横付けし
視察と称して乗り込んできたそうです 毎年

日本国籍の船であれば、一歩船内に入れば
日本の領土圏だそうですが、
なにしろ、保安庁といってもソ連の場合は軍ですから
上官の目配せ一つで、すぐに砲撃に移れるような
人員配置と統制を作って迫ってくるので、
船内に入れるしかなかったそうです


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先般の中国漁船の件やなんかのことで
ちょっと刺激を受けているのかもしれません

いろんな国での
いろんな体験の話を
父が元気なうちに
聞いて残しておこうかな、と思っています。