Gujo Hachiman journal Gujoinus(グジョイナス)

プロフィール
gujoさん
I am TAKADA Yuka, living in Gujo-Hachiman, a wonderful rural town in Gifu, Japan. In Gujo you can experience a lot of interesting things/spots/festivals. And enjoy talking with local people here.
I can supply useful information for English speaking tourists who want to make a trip to Gujo area.
Just send me email at the following tub, please.




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養老孟司講演会と郡上①
養老さんの話をずっと聞きたいと思っていた。
その養老さんの話を郡上で聞くことができて本当にうれしかった。

調子が悪かったので、もう行けないかというところだったけれど
夫のパスケルのおかげで行けました。

養老さんの話は本当におもしろく、
いろんな例をあげて、”自分と環境”や”自然と都市”について、
本当にていねいに分かりやすく話してくれた。
(*今までに養老孟司さんの本をいろいろ読んでいます)

養老さんの話の結びは「あとは自分で考えてください」。
私なりに課題をいろいろと頂いたので、
今後またじっくりと考えていきたいと思う。

この機会を用意してくださったみなさんに感謝です。
                  
                 ◇

彼の声は思っていたとおり、”意識が肥大化している”人のものではなかった。
私も自分の考えていることを
こんな声で話せるように年々年を重ねていきたい。

                 ◇

養老さんは、
このほんの100年ほどで日本人や日本の世間(社会)が影響されている
「西欧近代的自我」の確立に警鐘を鳴らしている。
近代自我の確立に警鐘というより、この種の自我をもつ人間が大多数を占める社会が向かう先には
自然との共存はない、未来はないということに、だろうか。

”西欧近代的自我の人間”とは、都市に住み、自然をコントロールできると考え、
この世界の仕組みを理解していると疑わない人々だ
と言いかえられると思うが、

長年死体の解剖を行い、脳学者でもある養老さんには
人間(の脳)がこの世の仕組みを理解できるはずが無い
という直観があると思う。
彼のその直観による言葉にはまったく疑問の余地が無い
と私は直観している。

だから、
理解できていないのに理解できていると誤解し、
自然界や人間社会の仕組みをこれだけコントロールしつくそうという現代人=私達のやり方に
「ちょっとまってよ。もともとの日本人や日本の世界観ってね…」
と対話をし続けている彼の言葉を聞き考え続けている。

養老さんの話の中で
「今の地球上で西欧近代的自己の意識のある人間が8割ぐらいに広がっていますかね」
という言葉があった。

確かに、この数十年で、アジア地域ではこの10年あまりで
それは加速していると思う。

ただ、インドやタイ、バリ
あるいはブータンやチベットあたりではどうだろう。

1世紀前ごろは、日本も”自我でなく無我”の人々が大半だっただろうと私も想像する。
無我の自分とは
「世界でひとつだけの花」なんて思う必要の無い自分であり
「仕事は世のため人のため」と自然にとらえ日々務められる自分である。

”無我の自分”の土壌には仏教がある。

さて、養老さんの話が理解しにくいと感じているみなさんは、
まず夫のブログ記事を読んでいただきたい。
”自分と環境” ”自然と都市”など、とても大切な視点が
分かりやすくまとめてあると思う。

パスケルの記事はここ


郡上に住み”郡上と世界を英語でむすぶ”をテーマにしている私にも
これからやっていくことがたくさんあるなぁと思う。

養老さんの言っているこのことはなぜか英語で話しにくい。
今までの経験上、すごく実感している。
その話しにくい、あるいは本当のところを伝えきれないと思ってしまう
そこにこそ、大切な見落とせない何かがあると直観している。

それをまだ言葉化できていないけれど。

                ◇

養老さんのお話が、郡上のこれからの「森林と地域と人と」というテーマの中で扱われたこと

郡上わりばしプロジェクトの動きのサポートに位置づけられていたことが
本当によかったと思う。

ゆかりママさんもパネラーで大役を務められました。
タグ: 養老孟司 郡上
この夏のバリを見に

◇岐阜市で開催中の写真展 ↓

知人からお電話をいただき今日行ってこようと思います。
この夏の滞在中に撮影された写真ばかりだそうです。

バリの舞踊家たちのバックステージの写真などもあるそうです
もう長らくいっていないバリですが、写真展のなかで
”当時と変わらない”バリと”当時と変わった”バリの表情を
それぞれ感じるかもしれないなぁと思います。

   

     ◇ガムランの風◇

岐阜県大垣市のタイヤショップ「いなり大垣」日記(タイヤ激安・持込みパーツ交換)



岐阜県大垣市のタイヤショップ「いなり大垣」日記(タイヤ激安・持込みパーツ交換) 


期日:平成22年11月26日(金)~30日(火)

   AM 10:00 ~ PM 5:00 ※最終日は PM4:00まで

場所:ロイヤルホール (ロイヤル劇場ビル3F)

   岐阜市日ノ出町1-20  TEL 058-265-3958


こんなに旅好きが!
先週の”旅好きカフェ”なかなかのものでした。
郡上にこんなに旅好きがいるとは!

今回はB.Y.O.→はたまたなどを自分用に各自持参する形の集まり

の予定でしたが、
自分で運転して帰らなくてはいけないので
お茶やジュースでの女子会になりました。

あれば写真を持ち寄り、ということだったので…
いろいろと写真を拝見しながら

日本人、ロシア人、イギリス人(英語ではUKですね!)
という顔ぶれだったので、会話の中の英語率60%
みんな自然に英語を使いながらコミュニケーション
しましたよ






フランスはツールへの短期語学留学の話

バリ島への一ヶ月の一人旅

マレーシアの珍道中

料理教室体験、9歳のバイクドライバー映像公開のタイ旅行

ロタ島の海体験(今回、地球儀で位置確認も)に屋久島

料理のおいしかったブルガリア

茶道とアフタヌーンティの文化交流のための英国旅行

などなど、本当に盛りだくさんでした。






いろいろと語りあい たくさん笑いました
そして おいしい デザートも…



 

本当に 楽しい 楽しい 夕べでしたよ

とても語りつくせない 旅の思い出や経験を
みなさんが持っていらっしゃいます。

これはシリーズ化しなければ!


今回来れなかった方
興味のある方
ぜひ次回ご参加いただけるとうれしいです。

旅は海外に限りません。
今回も、「国内の旅情報を交換したい!」
という声がたくさんありました。

また次回が楽しみです♪



お祭りっ
このごろ全国でお祭りが増えている
多くは観光化に力を入れている影響から?
一度廃止されたものを復活させたりして

はじめはタイヘンやなー
と言いながらも、
やり終えれば、おもしろかったり学ぶことがあったり
うれしかったりして…
だんだん、何十年もかけて
お祭りの本来のあり方に近づいていくものも多いかも
人は本来祭り好きなのか

        ◇ ◇ ◇
 
随分前にバリに行っていた時期があり
地元の方の暮らしをともにさせてもらい
お寺のお祭りに連れて行ってもらったり
日本でいうお正月のような日を
いっしょにすごさせてもらったりしていた

今、バリは”神々の島”とかパワースポットと呼ばれて
たくさんの人が訪れる場所となっている

私の記憶にあるバリの人々の日々の暮らし
早朝 家長の妻が 家のあちこちに 供えものを置き
祈ることで 一日が始まる
バリの女性はとても働き者で 大切な役割を担っている

バリにはバリの暦があり たくさんのお祭りを 熱心に行う
その祭りに欠かせないのが バリ舞踊であり ガムラン音楽だ


    人々が祈るところに神あり


        ◇ ◇ ◇


さて、今日は”食の祭典”へ
去年は別の予定で行きそびれたので
今年は行かなくっちゃ






明日は”ハローギフ ハローワールド”へ
世界のいろんな民族の歌と踊り
いろんな文化の自慢料理やスウィーツ
民族衣装や振袖を着て撮影できる

明日9月25日(土)のこのイベントでは
いろんな楽しみがあるけれど
ぜひ外さず見たいのは

サラマンカホールで演じられる
バングラディシュのダンス
スコティシュダンス
ペルーの民族舞踊
ハワイアンミュージック&フラ

◇このイベントの詳細情報は


それから 
もしかしたら私もガムラン(バリの民族楽器)を
披露することになるかもしれない
にわか練習はしたけれども…
演奏というより楽器紹介というスタンスでいこうと思う

やっぱりガムランの練習を日ごろからしておきたいなぁ
太鼓とならあうかなぁ
などなど思い巡らせております…





             ↓


~14階展望レセプションルームでのDVD上映会~
 「それでも生きる子供たちへ」

        時間:13:00-15:15

ストリートチルドレン、少年兵士など7ヶ国で生きる
子供たちの厳しい現実を描く 7物語のオムニバス映画









むすび目=ガムラン

郡上に戻って10年。
私にとって最も大切なモノといえば、このガムランです。
郡上で初めて皆さんにその音色を聞いていただいたり
さわったりしてもらえた”88 Gujoの森ひろば”
なかなか感慨深いものがあります。

郡上に戻って何年も箱の中にしまいこんでいたのを
数年前の引越しを機に家の中に取り出しました。




そして今回、このガムランは
あのひろばで再びその音を響かせることができました。
郡上ではじめて、
この土地の空気を振動させて響くのびやかな音色でした。

ガムランはもともと、お寺の儀式や、地域の集会などで
演奏されます。
踊り手の伴奏として、影絵芝居の演出として、儀式の進行としてなど…。
やはり戸外で響かせるべき楽器なのだなぁとあらためて感じました。

ところで、このお盆にふとしたきっかけで
当時何度もバリでお会いしていた日本人女性と連絡のやり取りがはじまりました。
彼女は私以上に、私が習っていた先生との交流を深く長く
もっていらっしゃった方です。

この郡上や長良川流域にも、バリに縁のある方が
いらっしゃると思います。

郡上に住んでいないけれども、
郡上を大切に想い、心寄せて、縁を結んでいるみなさん
がたくさんいらっしゃるように…

私にとってのバリも
たとえこの20年足を運んでいなくても
いつも心の中にありつながりを感じている…

それは、ある先生との出会いから
ずっと結ばれている縁なのですが。

心のはたらきというものは、
目に見えることは少なく、
不思議でおもしろいものですね。

88 でガムラン見に来て下さいね♪
昨夜、夫がガムランの修理をしてくれました。







本来はブタの皮ひもで鍵盤をつってあったのですが、だんだんその皮ひもが伸びたのか、鍵盤が支柱にくっついて音の出ないものが出てきてしまいました。

そこで、88を控えて大修理。
見事どの鍵盤も音がきれいに出るようになりました
今回、ブタの皮ひもの代わりに使った紐は…
アウトドアショップで購入いたしました。Ukulele-Yujiさんにお店を教えて頂きました。バッチリでした



このタイミングで修理完成ということは、練習はできていません
それに、
もともと演奏の腕前がすぐれているわけでもない私…

この楽器は、バリのガムランの中のガンサー(グンデルといわれたこともある)です。
一応今でも覚えている旋律があるので、
”88Gujoの森ひろば”で、うまく気が乗れば弾いてみようと思っています。
あくまでもバリの楽器紹介の形で。

バリのガムランはいろんな楽器で構成されています。
その中のクンダン(太鼓)は、この楽器と相性がバッチリなのですが…!

さてさて、こんな楽器もあります。
よかったら会いに来てください♪
他にもどんな楽器が集まるか?
身の回りのモノでつくる簡単楽器(?)を作るコーナーもあります。

みんなで音遊びしましょう


        ◇ 88 Gujoの森ひろば ◇
 ~手作り体験と異文化交流を楽しむひろばです~
 ・日時:8月8日(日) 9:00-16:30
  *時間内に自由に各コーナーを体験していただけます
 ・場所:郡上市明宝 大谷森林キャンプ村
     *明宝道の駅「磨墨の里公園」の奥
 ・参加費:1200円/1800円 
  *体験できるコーナーの数で値段が違います。
  *施設使用料金1人300円が含まれています。

  <お問い合わせ・参加予約>
  tel:0575-65-2908 高田まで
  メール:pupi@zd.wakwak.com
インドネシアのミ・ゴレン
ミ・ゴレンというインドネシアの”やきそば”があります。
食べたことありますか?

88 Gujoの森ひろば にはインドネシアの方が2人
来てもらえるので、いっしょに作って食べたいなぁと
計画しています

決め手は、ソース。
どうにかして手に入れなければと思っています。

ケチャップ・マニス(Kecap ABC)とサンバルという
辛いソース。

インドネシアへ旅する人はきっと一度は
ミ・ゴレンを食べると思います。
サンバルを好みでかけて辛くして食べる日常食。

私が行っていたころは、インスタントラーメンの麺で作った
やきそばのようなものでした。
今でもやっぱりインスタント麺なのかなぁ

実は、昔は辛い食べ物が代の苦手だったのですが、
バリなどにずっといるときに、辛い食べ物が多いので
毎日食べているうちに
慣れてきたのか、だんだん好きになってしまいました

食習慣といえば、
ほとんどベジタリアンだった時期もあった私。

今は家族のために毎日食事を作り、いっしょに食べるので
自分だけの好みということでもなく
いろいろと食べます(ポリシーが無いのか!

今日はまた岐阜へ。
途中で”インド人のお店”を見つけたら
ケチャップ・マニスを探してみようと思っています。

でも…インド人のお店っていうだけの手がかりで
果たしてみつかるかなぁ

岐大のそばのカネスエの近くにはあるそうだけど、
もっと郡上寄りにないかなぁ…

タイ編 その⑥ 

このときのバンコク滞在中、機上で私を引き受けることになった研究者の女性とは、朝晩に挨拶をする程度で、ティックが何かと私の世話をしてくれた。
バンコクに着いた当日も、食事をする前に汗を流せとティックが案内してくれた。

このお風呂場がとってもおもしろい作りだった。
個室にはなっているが、外側の壁面に幅20cmほどの腰高の水路が通っていて、透明な水が豊かに流れている。すぐそばの壁面に打ち付けられた釘には、プラスティックの手桶がかけてあり「それで水を汲んで使うのだな」とわかる。

壁で囲ってはあるものの、水路である以上、その水がその家専用というわけではない。どこから来てどこへ流れて行くのか・・。その流れを何軒人々がどんな用途で共用しているのか・・。とにかく、1本の用水路を、隣り合わせた各家が室内に通して使っているような形だ。

ところで、バリでもホテルやよほどのお金持ちでない限り、人々はお湯ではなく常温の水で髪や体を洗う。今では事情が変わってきたかもしれないが、私がよく行っていたころは、バリの山間部の村では、川にマンディ(水浴)に行く人々も多かったし、私自身も水のシャワーを使っていた。

タイもバリと同じように水なのだ、と思った。後にティックが連れて行ってくれた、彼女の友人の家でも同じ作りのお風呂場を見た。蒸し暑い気候のバンコクの人々も、いつでも水を浴びられるような作りにしておいて、インドネシアと同じように、日に3度ほどは汗を流す習慣があったのではないだろうか。
当時でさえ、バンコクには欧米式の「9時から5時の会社勤務」が増えていたようだし、大きなビルやデパートにはエアコンがよくきいていたから、日に2度も3度も水を浴びて汗を流す習慣はどんどん無くなる一方だったかもしれないけれど。

ティックと私はよく話した。簡単な英語でゆっくりと話した。タイ人の英語の発音には、このとき初めて接したので、聞き取りには苦労した。私も今よりもっと下手だったから、彼女も苦労しただろう。

彼女は貿易に関わる会社の事務職に就いていて、自分も海外に行ってみたいという気持ちが強かった。同年齢でひとりで海外を旅している私に強い興味が湧いたようで、いろんな質問をしてきた。私たちはずいぶん辛抱強く時間をかけて語り合ったものだ。

ティックは、通勤するのに、ホロつき大型トラックに乗っていた。ホロのついた荷台に、スーツ姿の人々がたくさん乗っているのを見たときには、とにかくびっくりした。というのは、バンコクは高層ビルや清潔なデパートが数多くあるし、道路は広範囲に舗装されていて、すでに大都市の様相だった。それなのに、通勤にトラックだなんて・・。

ティックは、「とにかく渋滞がひどい。考えられないくらいにひどくて頭にくる」とうんざりしていた。そして「本当に急いでいるときには、車ではなくて、バイクタクシーを使ったほうが確実に早いよ」と教えてくれた。バイクタクシーは、お客をバイクの後ろに乗せて渋滞している車の間をスイスイ縫って走ってくれる。でも値段は乗る前に目的地を伝えて、直接交渉だ。相場を知って交渉しないと、いいようにカモにされる。

バスの種類はいくつもある。料金はバスの質に応じて変わる。新型バスになるほど高いし、エアコン付のバス料金は一番高い。市街地ならエアコン無しの小型バスに乗るのも楽しい。ただし、バス停など無いに等しく、歩道から道路の2車線分ほど内側を走っているところに素早く駆け寄り、さっと飛び乗らないといけない。

その場合バスはバス停に停車しない。速度を落とした瞬間に、開けっ放しになっているドアステップの空きを見極めて、さっと飛び乗るのだ。タイミングを計る勘と思い切りのよさ、そして丈夫な足腰があれば、誰にでも利用できる。あれは、公共の交通機関にしては、スリリングな乗り物だ。

ある朝、ティックは「今日は屋台で晩御飯を食べよう」と誘ってくれた。会社帰りのティックと大きなバスターミナルで待ち合わせて、私たちはマーケットに繰り出した。日中の過酷な暑さはひとまず治まったものの、空気はまだ熱気と湿度を帯びている。辺りには、日本では嗅いだことのない匂いが雑多に混在していた。露店に並ぶ様々な衣料品や装飾品は、白熱灯に照らされて、カラフルに輝いている。そして、行き来するたくさんの人々は、元気で平和に見えた。

すっぱいのと、辛いのと、甘い砂糖。この3つを入れるのがタイ式の食べ方だよ」。ティックは、私たちが頼んだ麺類のどんぶりをもらうと、手元の調味料入れのふたをとった。まず、自分のどんぶりに小さじで3種類とも入れた。酸味のと砂糖はたっぷりと入れるのが好きなんだと言っていた。私も同じようにしてみるというと、3種類の調味料を入れた後、ていねいにスプンでかき混ぜて味を調えてくれた。最初は唐辛子の辛さに加わった甘みが、不思議な味わいだった。でも、食べるほどにおいしいと思った。

夜のマーケットには活気があった。 

このティックとは、日本に戻ってからも手紙のやり取りをした。

タグ: 海外体験
こんなことありました^^;。。。
別のブログで書きためていた体験談、ちょっと紹介してみます。
今ではなつかしい”こんなことありました^^;編”です。。。
今日のお話は、かれこれ20年近くも前になる、かな?


初めてタイへ行ったのは、飛行機のチケットのトラブルがあったからでした。

インドネシアジャカルタと東京間の往復チケットで行ったので、バリで2ヶ月近くを過ごしたあと帰国するために、バリから電話でジャカルタのオフィスにリコンファーム(搭乗確認電話)を入れておきました。
しか~し…、
ジャカルタへ高速バスで移動し、いざ空港で搭乗手続きをしようとした当日、「あなたのリコンファームは確認されていません。座席はありません」の一点張りで、いくら交渉してもだめだった~! のです。

私は途方にくれてしまいました。というのは、その翌日に私のインドネシア滞在期間が切れるという、ぎりぎりのときだったのです。今ではインドネシアに行くにもビザが必要になったようですが(また解除されたかな?)、当時日本人は、2ヶ月まではビザ無しでインドネシアに入国し滞在することができました。
バリ島でガムランの楽器演奏を習っていて、ときどきバリへ行くことにしていた私は、パスポート上のトラブルを起こしたくないという思いでいっぱいだったのです。

インドネシアをフィールドにしているライター仲間などから、「ビザのことでトラブルを起こすと、次の入国審査でなかなか入れてくれないよ」と聞いていました。ある友人は、「いつも入国審査でいろいろといやがらせみたいに言われて、なかなか入国を許可してもらえないよ~」とのことで、結局そういう時は「役人にお金を払うしかない」そうで…。当然それは役人のポケットマネーになるわけで…(いわばワイロ)。そんな話は父からいやというほど聞かされていて…。


私もバリへの入国審査で、「商売しているのか?」などといちゃもんをつけられ簡単ではないときもあったけれど、それまでは一応トラブル無く切り抜けていました。

さて、
どうしよう…
これは空港にいてもラチがあかない!
こんなときお役人をあてにしてはいけない!

そこで私は、空港のロッカーに荷物を入れ身軽になって、とにかくダウンタウンへ向かいました。
なんとか、明日中に出国しなければ!という想いを胸に。

私の話せるインドネシア語ときたら
「朝ごはんを食べたいです」
「甘くないコーヒーお願いします」
「〇〇はどこですか?」
程度。これでは、こんな窮地を脱出するには役に立ちません。とにかく英語が話せて、今日中に航空券を買うための旅行会社がどこにあるか教えてくれる“救世主”を見つけなくては!

外資系企業のオフィスがたくさん入っている高層ビルの1階出入り口あたりに行き当たった私は、服装や顔つきからめぼしをつけながら、何人にも声をかけました。はじめは礼儀正しく、
“Excuse me, but can you speak English?”

でもなかなか英語を話せる人は見つかりません。
焦りはつのります。私は祈るような気持ちで、だんだん声だかにあたりに響くように叫んでいました。

“I need somebody who can speak English! ”
“Please!”

誰か英語を話せる人はいませんか!
お願いしまーーーーーーす!

何度も叫んでいると。。。。
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