月音(つきのね)∞風音(カヂヌウトゥ)

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[mixi] 員弁の猪名部とは 〜伊勢忌部の天叢雲剣と織田信長の神剣
[mixi] 日記(2009年03月25日02:22)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1118242189&owner_id=4857509



2009年3月24日(火)/如月廿八夜(春社)


今日は春の社日、春社でした。
社日とは、生まれた土地の守護神である産土神をお参りする日です。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=23160558&comm_id=1110372

この日はたまたま、仕事で三重県の員弁(いなべ)を訪れていた。
以前から気になる言霊だった「いなべ」の地名。
その土地を感じながら、ふと、忌部(いんべ)氏とも関係あるんじゃないかと勘ぐってみたのだった...



中臣氏(後の藤原氏)とともに古代日本の宮中祭祀を司っていた忌部氏。
四国には讃岐忌部のほか、麻や玉作りなど大和建国にも関わるという阿波忌部が千葉房総の安房(あわ)へ移ったり。

この地にも天目一箇神を祖とする伊勢忌部がある。
天目一箇神は神話に登場する鍛冶神であるが、さらに伊勢志摩の伝承では天叢雲剣(草薙の剣)を作った神とされている。
さらにこの地ではダイダラボッチと同神であり、一目連という暴風雨の神という性格も併せ持っている。
例えば、三重県桑名の多度大社内にある一目連神社に祀られているご神体は蛇であり、なぜか龍神信仰とも習合している。
こうした信仰は志摩から桑名にかけて残っている。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=894873837&owner_id=4857509



桑名の北にある員弁(いなべ市と員弁郡)は三重県最北端で、岐阜県最南端の海津市に接する。
調べてみると、やはり忌部氏由来の地名だとわかった。

猪名部神社の祭神は伊香我色男命で、この地における猪名部氏の祖とされている。
境内は猪名部氏の古墳群が散在しており、社殿は前方後円墳の上に建っている。
猪名部氏は法隆寺、東大寺、石山寺などの建立に携わり、宮中に仕えた名工として日本書紀にも登場する。
なんと世界最大の木工建築物である東大寺は、猪名部百世が大工(棟梁)として総指揮をとり、飛騨の匠の益田縄手が少工(副棟梁)として完成したのだった。

ところでてっきり祭神は天目一箇神だと思っていたが、伊香我色男といえば饒速日の6世孫でなぜか多くの氏族の祖神とされており、香香背男の別名という説もあるので気になる祭神である。
となると、桑名の伊勢忌部との関係がありそうでなさそうな員弁の猪名部氏。
はたしてどうなのかよくわからない。
近くには天白神社やカモ神社も目立つ。
麻生や丹生川や藤原の地名まである。
背後に藤原岳がそびえ立ち、鈴鹿山脈から養老山脈でつながって伊吹山で倒れた日本武尊や美濃一宮南宮大社の金山彦とも関係してきそう。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=828844775&owner_id=4857509

もう一度ゆっくり訪れてみたい魅力的な土地だ...



それから直接は関係はないが、織田信長も実は忌部氏出身だということはあまり知られてない。
尾張織田家は越前の織田剣神社の神官がルーツで、地元では忌部氏の出自とされていたようだ。
そもそも、古くからの神職ということで中臣氏か忌部氏の可能性が高い。
ところが藤原姓を名乗っていた織田家が越前から移り、やがて尾張を制した信長は天下統一のために自ら平姓を名乗ったという。
織田家が仮に忌部氏出身だったとして、表に出さずとも桑名や員弁にいた忌部氏を頼って清洲(清須)に入った、あるいは因につながっていた可能性もあるのではないか。

そしてここにも忌部と剣が関わってくる。
剣神社のご神体は、なんと蝦夷討伐を果たした五十瓊敷入彦の神剣なのだ。
大和の武器庫だった石上神宮や物部とも関係の深い五十瓊敷入彦は美濃国(岐阜市)伊奈波神社の祭神で、こちらの地元では東北蝦夷と同じ大和の鬼門である稲葉山(金華山)に神剣を隠したという伝承が残っている。
このことを当の信長も知らなかったわけがないと思うが、美濃と越前の関係がなんとも因縁深く感じる。

ちなみに剣神社の祭神は素盞鳴尊で、信長が津島天王社(現在の津島神社)の牛頭天王を崇敬したのも関係があると思う。
古事記にある天岩戸隠れでは、タヂカラオがアマテラスの手を執って引き出すと同時に忌部氏の祖神であるフトタマ(布刀玉命)が注連縄をその後ろに引渡したので戻ることができず、天上界も地上も平常に復した。
スサノオはこの一件で手足の爪を剥がれ髭を切られ出雲の国に追放されたあと、八岐大蛇を退治し天叢雲剣を手に入れた。

ここにも歴史のいたずらか、目に見えない力が働いたようです。
信長は稲葉山城を攻め落とすため各務原に入り、周辺の神社仏閣を焼き払いながら那加にある手力雄神社に迫りました。
しかしそのときこの荒々しい神の姿を見て畏れひれ伏し、稲葉山城主になってからも崇敬神社として武運長久を願ったという。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=775771366&owner_id=4857509





という感じで、この先どうつながっていくのかワクワクしています...




追記(2009/3/27)


猪名部神社の例祭には、多度大社と同じ上げ馬神事があります。
さらに員弁が忌部氏由来の地名であるという記述をあちこちで見たことがきっかけとなり、この日記を一気に書き上げてみました。
しかしその根拠となるような伊勢忌部と猪名部の関係はなかなか見えてきませんでした。
ここからは猪名部氏と忌部氏を一旦切り離して考えることにしてみます...


『青銅の神の足跡』(谷川健一著)によると、猪名部は物部氏の伴部だったことがわかりました。
伊勢国朝明郡布奈木郷(現在の四日市市)の耳常神社は舟木明神と呼ばれていた。伊勢の舟木直の祀る神社で、即ち船木氏が居ました。
この朝明郡の一部を割譲して伊勢国員弁郡を設け、ここには物部氏の伴部の猪名部の居住地であり、猪名部神社もいくつか鎮座しています。造船用の材木を切り出す船木氏と造船の猪名部氏が隣り合わせに居住している事例です。

現在の地形を見ても、員弁川の上流側に猪名部氏、下流側に船木氏が水運でしっかりつながっていたことがよくわかります。


『先代旧事本紀』に饒速日尊が五部人を副へ従と為して天降り供へ奉るとあり、その中に物部造等の祖は天津麻良とあります。
そして、為奈部等の祖は天津赤占であると。
さらに『新選姓氏録』によると、猪名部造は伊香我色男命之後也とあります。

『日本書紀』の応神条に、新羅王が派遣した工匠が猪名部らの先祖になったことが詳しく書かれています。
新羅の国から船を焼いた代償として送られてきた帰化人の子孫で、建築・造船など非常に木工技術が優れていたと。

もしかすると朝鮮半島との交渉拠点であった伊丹など、大阪から兵庫をまたぐ猪名川流域が拠点だったのかもしれません。
猪名川は上流域で大阪箕面山から流れる箕面川と合流します。
その箕面には、なんと為那都比古神社があることがわかりました。

祭神は天津赤占か伊香我色男命なのではないかと思いましたが、為那都比古大神と為那都比売大神の男女二神でした...


また、天白神の天白とは、太一(北極星)=天照大神=大日如来、太白(金星)=素戔嗚尊=虚空蔵菩薩の総称であるとされてます。
海の守り神である市杵島姫を天白神と同一神としたり、養蚕の神、織物の神でもあります。
この地方では川を鎮めるともいわれ川の神や龍神として祀られておりますが、もともとあった瀬織津姫の信仰と習合したものと思われます。

しかしその一方で、斎部氏の祖先に天白羽鳥命の名を見ることができ、員弁周辺の天白信仰が忌部氏と関係あると見ることもできますね。





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