月音(つきのね)∞風音(カヂヌウトゥ)

プロフィール
∞音∞_a.k.a._風*月さん
えーさんの紹介で登録しました。
母方が郡上出身で長良川流域にとてもご縁を感じておりますので、どうぞよろしくお願いします!

キーワード:宇宙/巨石/縄文/葦船/磐座/褌/大麻/神社/旧暦/お祭り/音楽/アート/映画…

ムスブログでも以前のmixiのようにリアルタイムで日記を書きたいのですが、今はツイッター中心に書くようにしています。
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大領神社(岐阜県不破郡垂井町宮代森下)
◆大領神社
岐阜県不破郡垂井町宮代森下765
祭神:不破郡大領 宮勝木實命
配祀:伊邪那美尊、速玉之男神、泉津事解之男神

創立年代は未詳。
祭神は、不破郡の大領(たいりょう)であった宮勝木實(みやのすぐりのこのみ)。
壬申の乱の際に、天武天皇に味方して不破関を守り、勝利に貢献した人物。
壬申の乱後、不破郡を賜り大領となった。
不破郡初代の大領である彼の事跡を慕って祭神の死後(霊亀元年、715年)、当地に祀られた神社で、当社は円墳の上にあるという説もある。
宮勝(みやのすぐり)の姓から、南宮大社の祀職であったといい、また「すぐり」が帰化人特有の姓であることも指摘されている。

大領神社(玄松子)
http://www.genbu.net/data/mino/ooryo_title.htm



















■関連リンク

南宮大社ふいご祭

養老の隼人神3社巡り【前編】

養老の隼人神3社巡り【中編】

養老の隼人神3社巡り【後編】

比女神社(岐阜県不破郡垂井町表佐)

大領神社(岐阜県不破郡垂井町宮代森下)




比女神社(岐阜県不破郡垂井町表佐)
◆比女神社
岐阜県不破郡垂井町表佐(おさ)1379-1
祭神:市比女明神(または速秋津姫命、あるいは氣長足姫命だったとも)
合祀:息長足姫命、速秋津姫命、金山姫命、木之花開耶姫命

創祀不詳。
慶安の棟札写しに再建とあれば、其れ以前の創建と見ゆ。
美濃國神名帳にある正六位上市比女神は此社なり。
而して明徳寺の棟札写には祭神氣長足姫命、元禄享保の棟札には速秋津姫命、爾来の棟札は金山姫命、氣長足姫命、木之花開耶姫命を合祀すとあるより、此社を以て南宮七社と唱ふと雖も、何の拠あるを知らず。
里伝によれば市比女明神の比女を取りて往古より姫の宮と称し来ると伝へり。
神宝は丸き小石なり。
神剣あれども近世の制作と見ゆ。

比女神社(岐阜県神社庁)
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=2567&shrname=%E2%98%85%E6%AF%94%E5%A5%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85

























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南宮大社ふいご祭

養老の隼人神3社巡り【前編】

養老の隼人神3社巡り【中編】

養老の隼人神3社巡り【後編】

比女神社(岐阜県不破郡垂井町表佐)

大領神社(岐阜県不破郡垂井町宮代森下)




養老の隼人神3社巡り【後編】
◆隼人神社《写真6枚》
岐阜県養老郡養老町上之郷字上ノ切459-1
祭神:火闌降命(ほすそりのみこと)

社伝曰く、堀川天皇寛治元年八月祭神火闌降命を美濃國不破郡宮代村よりこの地に鎮座す。
寛文年間改造す。
享保十年九月修繕。
明和元年正月火災に罹り社宇悉く灰燼となり、仮建築明和三年六月再建築。
その時高須藩より白銀十枚を寄付せらる。
文政六年正月拝殿建築。
明治二十四年十月震災に罹り倒壊。
明治二十八年八月二日建築落成。

岐阜県神社庁
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=3214&shrname=%E2%98%85%E9%9A%BC%E4%BA%BA%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85














◆早戸神社《写真8枚》
岐阜県養老郡養老町下笠西江下1489
祭神:手力雄命

通称は、早戸さん。
創立年月不詳なれども里老の口碑の傳ふる処に依れば、往古信徒有志相謀り社地を寄付して創立せるものにして、明治初年大洪水の為古文書流失して詳ならず。

岐阜県神社庁
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=3211&shrname=%E2%98%85%E6%97%A9%E6%88%B8%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85


















◆早扉神社《写真6枚》
岐阜県養老郡養老町岩道249
祭神:手力雄神

創立年月由縁不詳。
現存する棟札左の如し。
早戸大明神社内御本寺、延宝六年八月吉日。
奉再興早扁大明神社一宇所享保九年正月吉日。

岐阜県神社庁
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=3175&shrname=%E2%98%85%E6%97%A9





















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南宮大社ふいご祭

養老の隼人神3社巡り【前編】

養老の隼人神3社巡り【中編】

養老の隼人神3社巡り【後編】

比女神社(岐阜県不破郡垂井町表佐)

大領神社(岐阜県不破郡垂井町宮代森下)




養老の隼人神3社巡り【中編】
金山彦神を祭神とする南宮大社の縁起に、当社の御祭神が斎庭の弓矢をもって平将門の怨霊の首を射落とされたとも伝えられている。
境内社に、弓の名手の隼人神を祭る「隼人神社」がある。
その伝説とは、将門公が京の都で晒し首となり、再び関東へ戻ろうと飛びゆく首を、南宮大社の隼人神が射落とし、その落ちた場所が近くにある御首神社であるというもの。

伊吹山から養老山地の谷間となるこの不破は、古伊勢湾の西端最奥の湊だったはず。
この真北に、冬至祭の朝鳥明神が鎮座している。
その南北線上にある金生山(かなぶやま)は、この古伊勢湾沿岸にある最大級の鉄の産地で、ここからこの地方のタタラがはじまっている。
間違いなく弥生時代から古墳時代にかけての聖地であり、いにしえから東西南北をつなぐ湊と道のクロスする辻であり、古代ヤマトにとっては東国との境界であった。
敵対する側の神は、ときとして鬼となる。
尾張の熱田宮から伊吹山へ、素手でやってきたヤマトタケルを山の神が襲いかかった。
壬申の乱の前、吉野宮を出た大海人皇子はまず美濃国に入ってこの不破道を封鎖。
そこに仮宮の不破宮を建て、高市皇子が前線本部を置いた。
壬申の乱の後、大海人皇子は天武天皇となり、東山道の関所として不破関を設置している。
戦国時代末期には東軍と西軍、天下分け目の関ヶ原合戦と、縄文時代以降は戦いの絶えない地であったともいえる。
平安時代中期に関東でおこった平将門の乱のときも、この南宮大社周辺には隼人が護衛や警護に当たっていたのだろうか。
その隼人の弥五郎どんが中濃ではヤングルドンとして伝わっていたり、西濃一帯には隼人神社が点在している。


“岐阜県西部「関ヶ原・不破の関・南宮大社・大垣市」一帯に、『東国をにらむ美濃の国の超人的な弓の名手・隼人神』の伝説があり、その伝説に基づく「地名」まである。
更に不思議なことは、祭神を『隼人の祖・火闌降(ほすせり)命』とする『隼人神社』もあり、なかには「ヤゴロウ」のまつりを執り行う神社もあって、近隣には「早戸・早扉神社」もある。
加えて、日本書紀は、この近辺を舞台にして『返し矢おそるべし(返矢可畏)』の諺を生んだ『矢』にかかわる神話を載せ、そこに『かご弓・かご矢』、そして『は矢』のことではと思われる『羽羽矢』なども載せている…”

笠沙路探訪 2008年号
http://www4.synapse.ne.jp/yatusiro/newpage8.html


隼人の祖は海幸彦。
その海幸彦は、日本書紀では火闌降(ほすせり)命、古事記では火照(ほでり)命。



この養老にある3社では、隼人の「人」を「戸」や「扉」に改称したことで、祭神が手力雄神となっているところもあります。











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南宮大社ふいご祭

養老の隼人神3社巡り【前編】

養老の隼人神3社巡り【中編】

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比女神社(岐阜県不破郡垂井町表佐)

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養老の隼人神3社巡り【前編】
垂井にあった美濃国府は、東海地方最大級の前方後円墳である昼飯大塚古墳がある地。
もともとそこ辺りにあった美濃国一宮の南宮大社は、国府から南にある南宮山の麓に遷座したため、南宮と称するようになったとされている。






その南宮山の東南端に位置する小高い山が象鼻山。
その山頂は、70基以上もある古墳群となっている。






この辺りの養老に、隼人神社3社が集中している集落があるというのでお詣りさせていただきました。
わたしごときではどうやっても理解できぬほど重層的に折り重なった歴史のある土地。
それだけ魅力のある土地だったともいえる。






それでも幾度かここら辺には縁があって訪れ、重くて暗い歴史とは裏腹にとてもいい氣が流れるエネルギーの高い場所だとわかる。













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養老の隼人神3社巡り【前編】

養老の隼人神3社巡り【中編】

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比女神社(岐阜県不破郡垂井町表佐)

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南宮大社ふいご祭
昨日は、美濃一宮の南宮大社の金山祭(鞴祭)でした。

“刃物や金物の神様として知られる岐阜県垂井町の南宮大社で8日、伝統行事「ふいご祭」が行われた。鍛錬式で、3人の刀匠がオレンジ色に焼けた鋼を小槌で打ち、出来上がった小刀を神前に奉納した…”

垂井町の南宮大社で「ふいご祭」(中京テレビ)
http://www.news24.jp/nnn/news86221954.html


このお祭りは日付が11/8と決まってるらしく、今まで平日だったからか気づかなかった。
今年は土曜だったので、とにかく時間もわからないまま向かった。








“美濃国一宮、南宮大社の金山祭は通称「鞴祭」と呼ばれ、地元の野鍛冶の奉仕で古式ゆかしい鍛錬式が行われる。祭神が府中の地から現在の南宮山の麓の地へ移った日に由来する鎮座祭。その日は、崇神天皇五年霜月上申日(十一月九日)。炉から鋼を取り出して鉄床にのせ、奉行三人が「トンテンカン、トンテンカン」と鍛錬して小刀ができあがり、神前に奉奠。その間、舞楽「陵王舞」や雅楽が演じられる…”
http://www.nangu-san.com/sub2/




見たかった野鍛治の鍛錬式はとっくに終わった、後の祭りの場に到着。






それはそれで気にしてなかった。
祭りがはじまる高揚感もいいけど、祭りの後の凛とした清々しい空間も大好きだから。








いろいろきいて詳しいこともわかったので、またの機会に来ようと思う。
久しぶりに来たけどここはいいところですね。




空もすごかったな。
感謝。











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南宮大社ふいご祭

養老の隼人神3社巡り【前編】

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養老の隼人神3社巡り【後編】

比女神社(岐阜県不破郡垂井町表佐)

大領神社(岐阜県不破郡垂井町宮代森下)




2014年11月04日のツイート 〜今年は新月と冬至が重なる“朔旦冬至”/ハロウィーンは神無月大晦日/宣化天皇を奉祀する吉野神社が美濃長森に三社あり

2014年11月04日(火) 30 tweets


“映画の舞台は今井友樹監督の出身地、岐阜県東白川村。あるとき祖父から、かつて故郷の空が渡り鳥の大群で埋め尽くされたという話を聞かされる。孫である監督は“鳥の道”を探し求めて旅に出る…”

▶ 記録映画「鳥の道を越えて」(劇場用予告編)
youtu.be/-YsjyKK2MOY

posted at 01:59:33


11月21日(金)まで渋谷イメージフォーラムにてロードショー公開中
12月23日(火・祝)より名古屋シネマテークにて公開決定

ドキュメンタリー映画「鳥の道を越えて」HP
www.torinomichi.com

posted at 02:01:13


旧暦では、今年が三年に一度の閏年。
十二の月のどこかに閏月を入れて、一年が十三月となる年です。
それが今回は九月だったので、九月(長月)の次が十月(神無月)とならず閏九月(閏長月)が入るので、九月の年中行事なども二度あることになります。

posted at 03:02:21


G暦11月に入った1日からなにか変わったなと思いましたが、その日は旧暦で閏九月の九日。
つまり二度目の重陽の節句、閏重陽でした。
九月に閏月となるのは171年ぶりととても珍しいことだったのですが、それが今年であることの意味を感じずにはいられません。

posted at 03:02:54


他にも九月には「十三夜の名月」があります。
閏月が八月にあれば、二度目の名月を「後の十五夜」と呼び、九月なら「後の十三夜」と、お月見が三回ある年があるわけですが。
今年は、11月5日の閏十三夜が、171年ぶりの「後の十三夜」となります。

posted at 03:04:08


『ハワイ島の溶岩が活発です。』
http://ameblo.jp/powerspot88/entry-11947542518.html

posted at 03:27:23


今年は“朔旦冬至”といって、冬至の日が新月と重なります。
太陰太陽暦の旧暦において、太陽と月のサイクルが19年周期でぴたりと合わさる、とてもめでたい日。
新しい一年どころか、新しい一章のはじまりなのです。

pic.twitter.com/rEmIDutajI

posted at 11:02:54


前回の朔旦冬至は、19年前の1995年。
冬至と新月が重なる旧暦の十一月一日でした。
古代中国ではこの日を暦のはじまりとし、一年のはじまり正月元旦であり、19年毎の一章のはじまり朔旦冬至として盛大に祝いました。

pic.twitter.com/poy2DKw4dA

posted at 11:06:10


朔は、月のはじまりの新月。
旦は、年のはじまりの元旦。
古代中国の暦のはじまりは、冬至の新月。
子の月を冬至の入る霜月とし、元旦(新月)が冬至となるのは19年周期であることも知っていた。
19年を1章という単位とし、宮廷では19年毎に祭壇をもうけ朔旦を祝う儀式をおこなってました。

posted at 11:10:15


昨年は、伊勢と出雲が遷宮というめでたい年でしたが、その仕組みが動き出すのが今年の冬至。
現在伊勢の遷宮は20年周期ですが、はじまった当初からしばらくは19年周期でした。
つまり、朔旦冬至に関わる行事だったと思われます。
今年の冬至は、そのすべてが整うめでたい年となることでしょう。

posted at 11:15:24


“太陽の東端でMクラスの中規模フレアが発生し、規模も次第に大きくなっています。その黒点も姿を現し、2205黒点群と番号が付けられ…”

宇宙天気ニュース(2014/11/ 4 11:27)
http://swnews.jp/2014/swnews_1411041127.html

pic.twitter.com/3BOvS1bFhD

posted at 11:51:11


古代中国の太陰太陽暦では、子の月である霜月の十一月が新年でした。
しかし大陸では王朝ごとに暦法を変えてしまうため、日本に伝わった暦はすでに冬至正月(子の月)から立春正月(寅の月)を新年とするものでした。

posted at 18:33:49


G暦11/1がケルトの新年で、その前夜がハロウィーンとされてます。
ここで見落としがちなのが、当時のケルト暦は太陰太陽暦だったこと。
だから日付に31日はなく、29日か30日のどちらかだったはず。
これは霜月朔日を新年とし、前夜の神無月大晦日が年越しだったのと同じことではないか。

posted at 18:35:29


G暦12/25のクリスマスも、本来は冬至祭。
ケルト暦の新年が冬至に置かれていたなら、古代アジアと同じように朔旦冬至を意識してたのだろうか。
暦法が時代とともに複雑になる前は、どこの世界でも同じようなことを考えてたはずだから、同じような祭をしていたと考えた方がわかりやすいと思う。

posted at 18:38:43


太陽のウルナミを受けて育つ、いのちのねっこ。

pic.twitter.com/tv9bLo5Wh0

posted at 21:16:50


芒種に植えたイネを、立冬に収穫。
今年手植えした田んぼの稲刈りは、今度の週末となりそうです。

pic.twitter.com/tNvX7MQkCM

posted at 21:17:33


この辺りでは、北の方から順番に稲刈りが南下してくる感じ。

pic.twitter.com/DFlZQJE0au

posted at 21:18:23


北に金華山、西に伊吹山。

pic.twitter.com/9QhtRQMK89

posted at 21:19:03


今日は北東の御嶽山もよく見える。

pic.twitter.com/6AGSgiZTYo

posted at 21:19:27


“欽明天皇御宇創祀か。岐阜市長森地内に宣化天皇を奉祀して吉野神社と称する三社あり。”

pic.twitter.com/XL4Ox3L1ra

posted at 23:38:03


“而して他に宣化天皇を奉祀せる神社の有るを見聞に及ばず。”

pic.twitter.com/AsmzOIYULC

posted at 23:39:19


“私に史を按ずるに上古雄略天皇前後の時代大和地方治安十分ならず、皇族は各々地方に分散し給ひ、清寧天皇も亦継嗣の御皇子ましまさず、漸く兵庫に顕宗、仁賢両天皇を迎へて皇位を後世に垂れ給ふ。”

pic.twitter.com/Bsgp2Z8Vzx

posted at 23:40:26


“嘗て立ち給ひし武烈天皇も崩し給ひて後嗣子の皇子ましまさず。”

pic.twitter.com/qcgdL5yX1e

posted at 23:41:44


“即ち継体天皇を近江に迎へ奉る。”

pic.twitter.com/oaCgIsdSRR

posted at 23:43:04


“之れ宣化天皇の御父天皇なり。”

pic.twitter.com/dBO9I0LNM8

posted at 23:44:24


“而して御兄安閑天皇を奉祀せる御社本巣郡にあり。”

pic.twitter.com/N8Hx471Fau

posted at 23:45:52


“安閑天皇の崩御の後を受け給へる皇弟宣化天皇を奉祀せる神社が前記の如く此の長森地内に三社存するも深き由縁無くぱあるべからず。”

pic.twitter.com/J1BOl6oaSl

posted at 23:47:25


“御父継体天皇が近江にましまして、御兄安閑天皇を奉祀する神社が西濃にあり、しかも宣化天皇を奉祀する神社三社が中濃長森にある。”

pic.twitter.com/6PzAGGNAGo

posted at 23:48:31


“宣化天皇御登極前に当地に居住したまひし由縁か。”

pic.twitter.com/By5ASbegeX

posted at 23:49:29


“琴塚古墳は此の帝の墳墓ならんか。”

pic.twitter.com/EdA9FJVYvL

posted at 23:49:59











※2014朔旦冬至の関連リンク

2014年11月04日のツイート 〜今年は新月と冬至が重なる“朔旦冬至”/ハロウィーンは神無月大晦日/宣化天皇を奉祀する吉野神社が美濃長森に三社あり

2014年の冬至は新月と重なる【朔旦冬至】

2014年12月18日のツイート 〜冬至に向かう禊の浄化で真っ白な銀世界に

2014年12月19日のツイート 〜布瑠の言(ふるのこと)/朝鳥明神の冬至祭まとめ2/爆弾低気圧が去って地球ダイナミズムが始動

2014年12月20日のツイート 〜19年周期の朔旦冬至と朝鳥明神の冬至祭/M5.8の地震とX1.8の大規模フレアが発生

2014年12月21日のツイート 〜冬至前夜の神無月大晦日/22で冨士を超えてゆけ/ふるべ ゆらゆらと ふるべ

2014年12月22日のツイート 〜【祝★朔旦冬至】2014朝鳥明神冬至祭/銀河でクロスする南十字星と北十字星




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